黒咲と拝屋と南魚
私の心配をよそに雫は日常のくだらない話をしながら歩いていた。また突発的に自殺したくなり、走っている車に飛び込むのではないか、と少しビクビクしていたが、雫は平気で最近YouTubeで観て推しているという歌手の歌なんか歌っている。その聴いたこともない上手いか下手かわからないが、ノリだけはいい歌を歌いながら雫の家に着いた。雫の家は駅近の住宅街の一角にある白壁と焦茶色の屋根のなんの変哲もない少し大き目の家だった。
私はてっきり拝屋家は代々、お祓いや除霊をしてきた、といっていたのだから神社仏閣のような御殿をイメージしていたので肩透かしを食らった気分だ。本当にこんな普通の家で霊媒師みたいなことをやっているのか謎だ。看板ひとつも立っていないじゃないか。いったいどうやって客寄せをしているのだろう。ホームページか? SNSか? それとも霊感訪問販売なのだろうか? いや、絶対無理だろう。お祓いするまえにお払い箱されるのがオチのような気がする。
それに彼女をよくみれば髪だって巫病で白くなったというが、街灯にオレンジ色に照らされ艶めいており、普通の白髪と違ってちゃんと美容院で染めてもらったような健康そうな毛髪だ。やはり虚言癖でもあるのだろう。そして自殺願望をみせつけるかまってちゃん……拝屋雫、強く生きろよ。私は見送りついでに彼女の背中を強く叩いてあげたかった。そしてせっかく雫の家に来たのだ。私の旺盛な好奇心が刺激される。こんな子を持つ親の顔が見てみたい。そして一見普通の家だがなかにはなにか特別なものでもある気がしてきた。
「ねぇ、せっかくだし、家に寄ってかない?」
雫がいった。無論、願ったり叶ったりだが奥ゆかしい私は「え? でも、今日はもう暗くなったし……」と遠慮を口にしたが、頭のなかでは「是非ともお邪魔します」といっていた。やはり部屋には御札が貼られていたり、玄関の下駄箱には妙な壺や仏像などが飾られているのだろうか。それとも廊下の一角にくたびれた人形が吊るされているとか? 無駄な想像力しか働かない。
「いやいや、お茶でも飲んでいってよ。マック奢ってもらったり、送ってもらったりで、なんか悪いしさ」
いやいや、マックの件はあとで返してもらえるつもりだったのだが、雫のなかではすでに奢りになっていたか。まぁ、いいや。そのぶん、期待を裏切らないでくれ、拝屋邸。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「よかった。話の途中だったしね。二十二歳の黒咲夜子のことなんだけど、実は夢で会ってさ」と、また妄想を語り始めた。いや、なんだか少しわかってきた。彼女のなかでは現実なのだ。
まぁ、ちょっと話にのってやろう。
「ふぅん」と相槌を打ちつつ一緒に玄関に入った。
「ただいま」と雫がいうと「おかえりなさい」と母親らしき人の声が聞こえ、「では今日は帰ります……」と聞き覚えのある男性の声がした。
その声が誰の声だったのか考えながら「お邪魔します」と小声で家に上がった。
「ああ、そのまえにお代をお返ししますので……」
「いえいえ、これはもう仕方ないと……」
客間だろうか。やりとりが聞こえた。
雫はその声を聞くと「あちゃぁ」と顔に手をやりなにか困っていた。
「ちょっとごめんね、夜子。謝ってくる」
意味がわからない。なにかやらかしたのだろうか。このかまってちゃんのことだ。いきなり道路に投身自殺を試みて車に乗っていた人を驚かせて、車が電柱にぶつかり大破してしまったとか、川に身投げするのを止められ、雫は助かったが、助けた人は重要書類を無くしてしまったとか。うん。おそらくこういった話だろう。
「夜子さ、なんか、失礼なこと考えてない?」
「ううん。さぁ、謝ってきて」
そして、さっさと私を家のなかを案内するんだ、拝屋雫。
すると雫はあの瓶を返すように催促してきた。
「じゃあ、瓶返して。うん。それ。あれ? 紙は?」
「ああ、破いたから、風に吹かれてどっか飛んでった」
「うん、まぁ、いいや」
「あ、おかえりなさい」
客間から出てきた見覚えのある眼鏡をかけた癖毛のおっさんが……。
「南魚さん?」
「あ、もしかして、夜子さん? うわぁ、奇遇だなぁ」
なぜかまたハリウッド映画で親友にあった人みたいにハグされた。そして「あ、ごめん」と弾かれたように顔を赤くして離れる。こっちが反応する前に瞬時に行動するから、こっちがなんの反応もできない。なにかの達人か。よくわからん、おっさんだ。とにかくこっちが恥ずいわ。
「え? 夜子さん、拝屋さんちの娘さんと知り合い?」
そんな私の視線も気にせずに南魚さんは話した。
「いやぁ、まぁ、知り合いというか、えーっと、こちら、雫さんが二十二歳の私に私を守ってくれと頼まれたとか……」
「え? なに、その話! ちょっとメモ取りたいから……」
「あっ、お取り込み中すみません! 実はあの御札の瓶は……」
「ああ、南魚さん、瓶の件はやはりこちらの不手際なのでお代をお返しします。今、しばらくお待ちください……」
狭い廊下で四人でわちゃわちゃと四人が四人とも話し始めて収集がつかない。
「一度、部屋に入って話を整理しません?」
私の提案に三人とも頷き客間へ入った。
客間は畳で田舎の農家の客間を思わせた。拝屋家は霊媒師かなにかじゃないのか。なんだか普通の客間でつまらなかった。こうなるともしかしたら家族がおかしいのではなく雫ひとりが中二病という可能性が高い。
まずは拝屋邸の詮索は後回しだ。みんな、いいたいことをいついえるのかうずうずしているらしい。だが話の断片からなにが起こったのか推察しているようだった。そして、みんな、私が差し出した座布団(雫、おまえの家だろ? やれよ)に座り、雫の母親がみんなにお茶をだした。お茶をだし終えるのを見計らって私が「では、南魚さんから」といった。
「あ、僕は夜子さんとUFO関係の取材で知り合い……」
話し始めだったがなんとなく南魚さんの話は長くなりそうなんで私は間に入った。
「長くなりそうなんで割愛してください。とりあえず、拝屋さんちにどうしているのかを」
「とある件でなにかが封印された瓶を手に入れまして。その瓶というのが長細いお札に巻かれていたんです。しかもその封印の文字は神代文字と呼ばれる文字だったんです。驚くべきことに三種の神代文字なんですよ! ルーツの異なる神代文字なのか祀らる三種の神ごとの文字なのかわかりませんが、それをひとつに纏めて強力な封印としていました。普通ならひとつで十分なはず。それを……」
「あの! かいつまんでお願いします!」
話している最中申し訳ないが熱を帯び、さらに長引きそうな南魚さんの話に割って入った。この人、いったん話し始めたら終わらなそうな予感しかしない。
「えっと、その瓶を拝屋さんに預けたんですが、なくなってしまって……」
「じゃあ、次は雫さんのお母さん」
雫のお母さんは四十代といったところか、私の母と違い、ほっそりとした少し神経質そうな女性だった。がさつな雫とはあまり似ていない。どちらかといえば雫は父親似なのだろうか。そしてお母さんのほうがどちらかといえば霊能力者みたいな雰囲気ではある。
「南魚さんから小瓶を預かってまして……あ、本来、霊能力者である夫の拝屋礼にお願いするべき仕事なのですが、物は小さいですので霊感のない私でも管理できると思いまして、お預かりしましたが、なにぶんこの仕事に関しては手順を間違えないことだけではなく、専門的な知識が必要ということを忘れ……いえ、忘れてはいませんでしたが知識が不足しておりました。呪物などは呪いのみを残して消え去るものもあると注意を受けていたことに対し自覚が……」
「あの! かいつまんでお願いします!」
神経質というか責任感が強すぎるというか、なんか話し出したら止まらない大人ばかりだな。
「つまり、お預かりしたものをなくしてしまいました……南魚さんには本当に申し訳ございません」
「じゃあ、雫」
雫は暗い顔で「あ、あの小瓶盗んだの私です。すみません」と珍しく小声で申し訳なさそうにいった。
「じゃあ、夜子」
「いやいや、話そうよ。そこは! この話し合いのなかでおそらく一番重要でしょ? あんたが諸悪の根源なんじゃない?」
「はぁ」となんか面倒臭いなといいたげなため息をつき話し始めた。




