表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
△▽の怪異  作者: Mr.Y
38/68

黒咲と拝屋と

 賑わいをみせてきたマクドナルドの店内にそぐわない死人のように青ざめた拝屋雫(オガミヤ シズク)にホットミルクティーを勧めると、雫は紙コップを両手で覆うように包み、コップのふちに唇をつけ、それをゆっくりと飲んだ。あたたかいミルクティーを飲む度に彼女の頬に赤みがさしてきて生気が戻ってきているようだった。次第にうつろな目にも力が入ってきている。どうやら病院にはいかなくてよさそうだ。私もほっとして椅子に深々と腰を下ろすと安堵のため息がでた。

 それにしても雫は思い込みが激しいというか、なんというか、高三にもなって中二病というには激しすぎる。いや、普段は開けっぴろげなくらい明るいが、雫は躁鬱症候群とか鬱病的ななにか精神的な病気を抱えているのではないだろうか。そうなれば、いまひとりにするのは危険かもしれない。

「大丈夫?」

 私の問に雫は力なく頷く。

 店内には人々が入ってきて座れる席はもう少ないくらいだ。外は部活帰りの学生や定時帰りのサラリーマンが行き交っている。そして藍色を帯びた空は次第に暗くなってきており、歩道の街灯に灯りがついた。

 雫はもう一口、ミルクティーを飲む。

「家まで送るよ」

 私の言葉に雫はまた力なく頷いた。その疲れきった顔はマラソン大会に無理矢理参加させた運動音痴の生徒が最下位で走り終えたときに似ている。けれど、どちらかといえば疲れたのは私の方だ。

 ポケットから空の小瓶を出してテーブルのうえでポテトをつまみながら指で弄び、さきほどの学校の屋上で起こったことを思い出していた。

「……私、なんでマックになんかいるん?」

 雫が唐突に目を瞬いて私にいった。

「え? 覚えてないん?」

「……えっと」

「ほら、私を守れって、私じゃない黒咲夜子に頼まれたって。その説明するって紙に巻かれた小瓶が証明だって……」


 なにか足元が覚束ず浮遊するかのような感覚はまだ続いている。そうだ。屋上で確か雫は私の他に黒咲夜子と名乗る人物に私を守るように頼まれた、という話をしだしたのだ。その話というのが、この世ではないもうひとつの世界があると雫は説明しだした。目に見えない。けれど確実にある別の世界がある。それは夢や白昼夢。または怪異という形をとりこの世界にやってきている。それを拝屋家は代々祓い、あちらの世界の者を送り返し、あるいはあちらの世界に迷い込んだ者を連れ戻し、世をあるべき姿に戻していた。

 ありえない話だ、と私は一笑に付した。そして、ああ、そんな話をするために、わざわざ人気のない屋上に呼び出したのか、と私は嘲笑いもした。私は現実主義者だ。馬鹿馬鹿しい。あっちこっちに世界があって行き来してるならこっちの世界にあるCO2をあっちにでも送ってやれば地球温暖化もあっという間に解決だ。なんなら核廃棄物をそこへ廃棄するというのもありだと思うが、結局、荒唐無稽なものはどこまでも荒唐無稽な話。夢は夢、怪異は目の錯覚。

「UFOに拐われた人がよくいう……」

 だって宇宙人は科学的じゃないか、という私の言葉に雫は呆れるどころか、そういわれるのを待っていたようだった。

「みてよ。これが怪異の一端。もしかしたら何年も前にあなたが分離したのも、この地域に起こりつつある怪異のせいかもしれない。UFOもその一端かも。もしくは宇宙人が一枚かんでいるかもよ……真偽はわからないけど。わかる? 確実に怪異は身近にある」

 雫はその言葉の証明のように、ポケットから手のひらサイズの物を私に手渡した。それは細長い紙に巻かれたもので紙には文字とも記号ともつかないようなものが描かれている。

「感じるでしょ?」

 雫は得意満面の笑みを浮かべていたが、これが証明なのだろうか。私にはなにも感じられない。紙に包まれたなにかは瓶のように感じられる。見た目通り、重くもなく軽くもない。内容物はなにかの液体のように感じられた。けれど紙が邪魔でみることができない。なんか不器用な人がラッピングしたような邪魔な紙を破りなかをみた。そこにはなにか液体の入ったアロマオイル用の小瓶がでてきた。

「え? それ、破っちゃう?!」

 雫は私がなんの躊躇いもなく紙を破ることを予想していなかったようだ。あわてて私から小瓶をひったくり……そのあとのことがどうもあやふやなのだ。ぼんやりとした雫や小瓶から零れ落ちた水、屋上のコンクリートを濡らす、暗い夕暮れの濃い藍色。溢れ出すなにか……いや、どこかから(さざなみ)の音が聴こえたような気がした。まるで学校の屋上は船上であり、周囲は河か海のようにも感じられ……それより雫は私から小瓶をひったくったのに途端力なく腕を落とし小瓶を落とす。かつん、と小瓶はコンクリートに当たり、跳ねたのち、ころりと雫の足元で円を描いた。そして雫はまるで私から興味を失ったように横を向き、歩き出しフェンスを掴む。その横顔は幽霊のように生きることからすでに離れた者のようにみえた。まさか、と私は雫を止めるが、雫はフェンスを登ってゆく。頂上に立ち、風に髪をなびかせ口からは希死念慮に取り憑かれたように死を口にし……。

 おかしい。

 そうではなかったはずだ。

 そしてなぜ、私は気が狂い、しかも具合の悪そうな雫を保健室にも連れていかず、学校から出たのか。なぜ駅前のマクドナルドに駆け込んだのかわからない。ただ考えるまでもなく、そうなってしまった妙な感覚だけがあった。しかも私はマクドナルドにはあまり足を運ばないし、ポテトのLなんて初めて注文した。

 それらの感覚や感情、状況を言葉にして説明をすればするほど事実から遠のくような妙な感覚があった。


「じゃあ、見た順に前後の事実関係を無視して箇条書きのようにいってみて」

 雫はこの状況になったことがあるのだろうか。もしかしたら雫が精神的におかしいのではなく、私の頭がおかしくなったのだろうか。私は雫の言葉のまま話した。

「雫が小瓶を取り上げる。水が零れ落ちる。コンクリートに染み込む水。円を描いた小瓶。屋上は船。周りは漣立つ音。フェンスに登る雫。雫は死を口にする。雫を私は引きずり下ろす……」

 おかしい。フェンスから引きずり下ろしたならコンクリートに落ちたはずだ。私たちに怪我もなければ服にほつれもない。

「……最後にマクドナルドでホットミルクティーとポテトLを注文した」

 私の言葉を聞きながら雫は小声で「おんあびらうんけんばざらだとばん」と何度も呪文のようなものを唱え、指は妙な印?のような動きをしていた。

「すぅ……はぁ……」

 私が言い終えると呪文を止め、ため息のような深呼吸のような息をついた。

「もういない。あれは私の中から去った。誰とも会わずに賑やかなところに来て正解だよ」

 なにがなんだか知らないが雫に感謝されたような気がしたが、なんだかしっくり来ない。

「怪異だよ。さっき、夜子が感じたのが怪異。言葉で説明できるものじゃないんだよ。見た人によって見方が違うし、感じ方が違う。昔の人は総じて狐狸に化かされた、といったんだ。夜子も今日のことはいずれ忘れるか、別の理屈だった事柄に当てはめられると思う」

「なんで?」

「人は理屈に合わないものを理解することはできないから。だから理屈に当てはめ怪異に名前をつけ妖怪にしたり都市伝説にしたりするんだ。もしくは完全に忘れる。霊感のない人は特に……だから夜子も忘れるんじゃないかな。夢みたいなものだから。霊能のある私にはそれを確認でき、捕まえ、消すことができる。けど焦ったわ。夜子がいきなり封印を解くから。あっ、あの紙が封印だったんだけどね。初めて会う強い怪異だった。正直、あちらに持っていかれかかったし。夜子の機転のおかげで助かったよ」

 ヤバい。中二病もここまでくると譫妄症なのかもしれない。

 私は……あれ? なにを不安がっているのだろう。

「それとこれ」ポテトをひとつ摘んで目の前に出した。

「山盛りの塩が効いたかも」

 雫は冗談めかして笑う。なにかナメクジ的なものでもいたのだろうか。フライドポテトの塩で溶けてゆくナメクジを想像して食欲を削がれた。私はそっと雫の方にポテトを差し出した。

「サンキュー」

 嬉しそうに雫は礼をいった。

 この自殺願望に取り憑かれた妄想家の女の子はよくわからない。

「とりあえず、家まで送るわ」

 またどこかで飛び降りてしまうかもしれない心配があった。いや、私に飛び降りをみせようとするなんてどういう趣味なのだろうか。やはり死にたがりだが未練があり、誰かに止めて欲しいのだろうか。それともかまってちゃんのパフォーマンスか。拝屋雫……本当に妙なやつと仲良くなってしまったかもしれない。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ