日高の独白
十代のころのことってわりと色々覚えているもんじゃないか?俺だけかな?
とりあえず、俺はそうなんだ。
多感な時期っていうか、自己確立っていうかさ。肉体は成長真っ盛り、精神は自分でも持て余すくらいどろどろな状態でさ。そのせいか、そんとき受けた衝撃っていうか、感動とか傷とかって、その人自身を形作る最中にできたものだから、跡としてずっと残るものなんじゃないかって思っているんだ。刺青だか焼印だかみたいにその人を象徴するものですらあると思う。
違う人もいるだろう。跡もなく綺麗な人間だって、そりゃいるだろう。けど俺はそうじゃないんだ。傷跡がくっきり残ってる。しかもいい思い出とともにできた傷跡だ。いい思い出がなければこんな傷跡は残らなかったんだろうな。いい思い出だから傷跡として残ったし、傷跡としてくっきりと刻まれている。
まだ二十代後半だ。いつか傷跡も時間が過ぎれば塞がって跡形もなくなってしまうものかもしれない。けどいまはその傷跡は痛みをもち、なにかの拍子に疼くんだ。もしかしたらみえないところで血も流れているかもしれない。
だから俺はこの痛みを終わらせたいんだよ。
そのために危険なことだってするさ。
傷跡が塞がればいい思い出が本当にいい思い出になるじゃないか。蔑んでいた奴までいい奴だって最近気づいたしな。もしかしたら、すべては俺を守るためにやっていた可能性すらあるんだ。俺はその可能性すら気づかず……いや、矛盾はあった、可能性すらあったのに、気づかないふりして、無理に悔恨を背負って生きてきた。おかげでこうやって天下泰平に生きている。それは彼らのおかげだし、俺が勝手に背負っていた悔恨のおかげだ。
ああ……なんか、むしゃくしゃするんだよ。
すっきりさせたいわけ。すべてが綺麗さっぱりいくわけはないだろうけど、のうのうと生きてきた俺に対する恨みかもしれなかったり……ああ、もう! なにがいいたいかわかんねぇや。
それでいってなかったかもしれないけど、俺、母子家庭でさ。
最近、母さん、亡くなったんだよ。
なんつーか、母さんは悔いに悔いて死んだんだよ。
些細なことが積もり積もって重荷になって。病気になったらあっという間だ。なにを悔いていたのかわからないくらい悔いたんだろうな。心がどこまでも沈むと、人間、それだけで弱っていくんだ。俺はどうしようもなかったよ。
いいつけ通り、役所勤めで安定した生活。馬鹿みたいだろ?
実は父さんも調べたんだ。弱っていく母さんみていくのつらかったし、母さんのつらさの大元は父さんのことじゃないかって思っていたからさ。
調べるのは役所勤めだから簡単なものさ。
もう死んでたけどな、他県で。
たぶん、母さんは知らなかったんだろうな。
だけど教えたらいいか、教えない方がいいか、わからなかった。そうこうするうちに意識不明になって、どうしていいからわからないから、意識不明の母さんの耳元で父さんがどこで暮らしていたかとか、いつ死んだのかを告げた。死因も含めて。次の日に母さんは死んだよ。
俺も母さんの子だから思い詰めるとヤバいかもな。
だから尚更、悔いのない生き方しないと。
やりきらないといけないことがあるなら、やりきりたいし。嘘いって人を騙すなんてできやしない。真っ当に生きて、真っ当に死んでやる。
……て、南魚、聞いてるか?
ああ、この野郎。寝てやがる。
いやでも恥ずいこと話しちまったから、聞かれなくてよかったかもな。
恥ずかしついでに橘とは中一だったかのときに一時期つき合っていたんだ。まぁ、お互い、そういう時期だからな。盛った犬みたいにヤってばかりになってな。つき合うというか……セックス研究だな、ありゃ。だからさ。いや『だから』ってわけじゃないけど、俺が間違えるわけないんだよ。あれは橘だ。間違いない。ただ、なにかが変わっていたけどな。
そうじゃなきゃ、スプレーのまえに一発入れてる。
相手が橘だったから一瞬鈍っちまったんだよ。
ああ、くだらないこといってるな、俺。
鈴木んとこのジンフィズ、一口だけだけど美味かったなぁ。今度ゆっくり飲みにいこう……まぁ、いいや。寝よ寝よ。




