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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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黒咲と拝屋雫

「そうそう、この髪は地毛なんだ。ほら、眉毛も白いでしょ? これは巫病の後遺症なんだと思う。あ、巫病っていうのは簡単にいうと霊能者が本物の霊能者になるときに精神、肉体的に異常をきたす通過儀礼みたいな病気なんだけど、私の場合は頭痛と高熱で寝込んだあと、次第に髪の毛の色が抜けちゃって……でもグレイアッシュなんてちょっといいっしょ? この髪の色のせいで、よくバンドマンに間違えられるけどさ。ギター、ドラムは無理なんよ。まぁ、正直、楽器なんてリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしかさわったことないしね。だからボーカルやってますって答えてる。歌は好きだからね。バンドやるならいつでも呼んでね。あ、そうそう、話がズレたわ。自慢じゃないけど、霊力のほうはお父さんよりもあるんじゃないかなぁ。知識、実戦では遠く及ばないけど、霊的なものはハッキリ見えるし、簡単に祓えるし。そして、なんで私があなたがUFOに誘拐されたのか知っているのかは、追々話すわ。ここじゃあ、なんだしね。うん。そうそう、なんかあったらいつでもいってよ。勉強、進路、金銭、力仕事、人間関係以外ならなんでも力になれると思うよ。ではまぁ、お隣の席同士、仲良くやっていこうよ、黒咲さん」

 教壇から担任の五島先生が私たちを注意している声が、遠く別の教室から聞こえる声のようだった。それだけ拝屋雫(オガミヤ シズク)の言葉に私は衝撃を受けている。人生初ともいえる衝撃なのだろう。おそらく記憶喪失前と今を含めて、初めて出会ったからだ――重度の中二病罹患者に。


 実際、UFOのせいで無為に五年という歳月を一瞬で失い。しかも記憶まで失った。幸い、失った五年は私には実感できない。むしろ瞬時に世界が五年経過していたのだ。だから私は年齢を重ねていないのだ。つまり、こうやって高校生活をし、学力、社会性を身につければどうということはない。このまま社会に出て歯車にでも馬車馬にでも、馭者にでも社長にもなんでもなれる身なのだ。今は悩んでいる時間が惜しい、と高校に来てみてはいいが、やはり居心地はいいとはいえない。見知らぬ人に囲まれて緊張するし、自分がこの場所で酷く場違いな異物になったかのような感じさえする。自分に過去はなく何者か自分でもわからない人間なのだから尚更だ。だから逆にこの重度中二病罹患者に懐かれたことは孤独に高校生活をおくるよりはよかったのかもしれない。

 そんな私の頭の中にひとつの諺がよぎった。

『溺れるものは藁をも掴む』

 今の状況はまったくもってその通りだ。

 藁はただ水面(みなも)に浮いている。それだけだ。沈む私を引き上げるどころかなにかドツボにハマらせそうな頼りない雰囲気だけは異常なほど感じられたが私は掴まざる得ない。好むと好まざると高校生活という多感な少年少女の押し込められた蠱毒の壺のような環境で少しでもサバイバルしてゆくためには(妹たちのように高校生活が黒歴史なんて真っ平御免だ)必要な藁だと願いたい。いや、この掴んだ藁を餌に藁しべ長者よろしく、短い高校生活でなにかビッグな地位でも掴んでやるぜ、と意気込みさえしたが、どうやらこの藁をツテに色々交友関係を拡げたり築こうにも藁は所詮、藁であるらしかった。休み時間に話しかけてくれたり、昼ごはんを一緒に食べてくれたり、トイレにいってくれるのはありがたいが、彼女は微妙な時期に転校生としてきた私に興味を持って話しかけようとする人たちまで遠巻きにするオーラすら纏っていた。ひょっとしたら彼女のいう霊力だの退魔の力だのは一般人すら退けてしまう強力なものなのか、それとも彼女のとりまく状況や性格からくる人望のなさにあるのか、学校に来たばかりの私には判断が着きかねたが、おそらくは性格に由来するものであるらしかった。それはずけずけと私に話すデリカシーのない会話の内容から察しられた。「拐った宇宙人てレプティリアン? それともグレイ? タコ型?」「宇宙人に×××された?」「あっごめんごめん。なんかリアル異種姦とか近くに経験者いないから気になっちゃって!」悪気のないセンシティブな発言は酔っ払った(オタク寄りの)おじさん並だな、拝屋雫。休み時間にみんなワイワイガヤガヤしてる教室でいう話ではないだろう。意外に会話しながらも不思議にみんな人の話を聞いているものなのだ。寒々しいのは窓の外の寒の戻りの春風だけで十分だ。頼むから教室全体を寒々しくしないでほしい。季節は時間とともに過ぎゆき温かくなるが、冷え切った人間関係を温めるのは時間だけでは不可能だ。私たちの会話に不本意なレッテル貼りの視線しか感じられない。

 このままでは確実に妹たちのように過去を振り返って身震いするような黒歴史を彼女とふたりで黒々(うずたか)く築きあげそうだった。しかし、この藁、掴んでしまったものは仕方ない。いや、これをネタにこの拝屋雫と敵対する勢力に取り入ろうか? 「私、あの人、デリカシーなくって苦手で……」よし、この線でいくことにして、とりあえずは彼女に合わせておこう。「え? 宇宙人と? そりゃ、ちょっと憧れるけどね。あははっ」恥を忍んで合わせた。それはトロイを攻略するための巨大な木馬のような言葉のはずだった。しかし、その恥を忍んだ言葉も無意味だった。彼女に敵対する勢力は皆無だったのだ。進学校を舐めていたかもしれない。みんな、勉学に励み休み時間にアホな会話をしている女子ふたりには興味をもたず、ただ生暖かく見守っているばかりで、それはまるで勉強の息抜きとして深夜に聴くラジオ番組のように私たちの話を聴き流しているようでもあった。

 好むと好まざると、数日間で私と彼女との結束は強いものになっていった。


「あの……黒咲さんてどこに住んでいるんですか?」

「よかったら、駅まで一緒に帰らないか?」

 だが一週間が経ち雫との仲(というか腐れ縁)がよくなってくるに従って、なぜか私に興味を持つ人たちが増えてきた。まるで誘蛾灯にでもなった気分だ。いや、誘蛾灯というには私に興味を持ってくれる人に失礼だ。彼らは蛾ではなく。蝶ですらある。そうなれば私は誘蛾灯というより蜜の香り漂う彩やかな一輪の花か。いまの状況を言い換えるならば乙女ゲームの主人公になった気分ですらあった。

 しかも女子に人気のある、体育教師でサッカー部顧問の戌角先生が「困ったことがあったらいつでも連絡してね。LINEで直に繋がってもいい?」と(橘先生のいないところで)電話番号の書かれたメモまでくれた。

 あまりにも声をかけられるので興味のない人には冷たくしてしまう。いや、自惚れているわけではない。すべての人に優しくしたいのだが、勘違いされても困るし、私に好意を持ってくれているのに頼みを断るというのも精神的に疲れる。身はひとつしかないのだ。だからつき合う人は選り分けなくては身が持たない。

 そんな身分不相応で不遜なことすら思い浮かぶほどに自惚れてしまう。やはり高三で進学校に転校してきた人というのは思っていたよりミステリアスな存在なのかもしれないし、学年問わず私に話しかけてくるということは、これは世にいうモテ期なのでは、と確信したが、いつも私の隣にいる拝屋雫がことごとく邪魔をした。

「夜子の住んでいるとこなんて知ってどうすんの? あんた、ストーカーかなにか?」

「駅まで一緒に? なんのメリットがあるん? ひとりで行ったら?」

「こんなメモ、橘先生にみせたらどうなることやら……」と電話番号の書かれたメモを破り捨てるわけでもなく、ニタニタと黒い笑みを浮かべ、人質とばかりに自身のポケットに突っ込み私の腕に手を回し、夜子は私のモノ、とばかりにぎゅっと掴むと、戌角先生をキッと睨み私を連れて廊下を歩き始めた。

 一時期は雫のことを藁とあだ名したが、なかなか可愛いやつめ、と思うくらいに酔っ払ったおじさんのような色呆けをかましていたが、雫が私の顔をみながら眉間に皺を寄せ「ちょっと勘違いしてる?」と覗き込んだときに、どうやらこのできごとにはなにか裏があることのではないか、と察した。

 たしかに一週間前まで私たちのアホな会話に冷たい目線で遠巻きにしていた人たちが、手のひらを返したように昨日今日転校してきた私に声をかける(しかも後輩までが)なんてどうかしている。

 雫は「はぁ」とため息混じりに腕をとき「ちょっと顔貸してよ」と階段をのぼり始めた。

 私は雫の後ろを歩きつつ、考えていた。

 以前、私の記憶を少しでも思い出そうと、私を拐ったと思われるUFOの映像を探そうとしたときがあった。だが、その映像を消されたり盗まれていた。どうやらそれは<組織>と呼ばれる集団が何の目的か知らないが消し回っているということらしい。市のボロい博物館の田島さん、オカルトライターの南魚さんがそう推測していたが、真偽のほどはわからない。ただ、映像は南魚さんが保存したものが残っていた。それをみる限り私には重要な映像にはみえなかった。ただ、南魚さんにはなにか鱗のようなものがみえるといっていた。それが<組織>にとって重要なことだったのだろうか。そして私自身もまたその映像で起こったことの当事者でもある。もしかしたら<組織>が私を監視するために生徒や教師の構成員を差し向けたのだとしたら……いやいや、単純に私に対する親切心や好奇心もあるだろう。そこまで疑っては身がもたない。だが、この数日の声のかけられ方は異常だったかもしれない。あのなかに<組織>の構成員がいたとしても不思議ではないか。そう考えるとちやほやされて浮かれていた自分がバカみたいだ。

 階段は最上段の屋上へと入れるドアのある踊り場で終わっている。そのドアには『許可なく立入禁止』と書かれたプラスチック製の看板が貼りつけてあったが、雫はこともなげにドアノブの鍵穴にポケットから取り出した鍵を入れ、ドアを開けた。

 ふたりで屋上に出ると夕方の冷ややかな風が私たちの髪をたなびかせた。はるか下の方から下校する生徒の喧騒、グラウンドからは部活動を楽しむ生徒のかけ声が聴こえてくる。しかし、この屋上はただ静かに存在し、まるで下の方から聴こえてくる音が別世界のものに感じられた。雫は屋上の中央までいくと私の方を振り向いた。

 夕闇迫る空に白髪(はくはつ)の女というコントラストはまるで異次元から這い出た夢のような光景だった。

「ここならたぶん監視カメラも盗聴器もないから」

 休み時間にアホなことをいっている人とは別人のような雰囲気をまとった雫は物騒なことをいった。そしてその言葉は暗にこの学校にもいる<組織>の存在を教えてくれていた。

「夜子はどこまで知ってるの?」

「全然わからない。でもあなたが<組織>の人かも知れないってことだけはわかる。そして、最近、私に声をかけてくれる人たちのなかも<組織>の構成員がいるかもしれないってことくらい」

 私の言葉に雫はいつもの顔に戻り、ハリウッド映画の女優のように肩をすくめる。

「さすがは黒咲夜子」

 その言葉はまるで目の前の私ではなく別の黒咲夜子を指しているような感じがした。

「半分正解で半分は間違い。私は<組織>を知っているけど構成員じゃない。もしかしたら恨まなきゃいけない集団かもしれない。まぁ、その話はいいや。あなたを守ってくださいって頼まれたからさ。なにから守るかしらないけど、とりあえず<組織>関係と思われる人から守ろうかなって。あ、でもこの時期に赤点採ったら守りきれないから、それは自己責任ね」

 真面目なんだかふざけているのかわからないが、雫は雫の方で私を探っているようでもあった。しかし、誰が私を守ってくれ、と頼んだのだろう。拝屋雫とは学校で初めてあったばかりだし、家族に接点があるとは思えない。私の小さな世間では知り得る人は限られており(田島さん、南魚さんくらいか?)その誰とも拝屋雫とは知人ではない気がする。

「私を守るって誰に頼まれたの?」と私は正直に訊いた。

「黒咲夜子。おそらく二十二歳の黒咲夜子」

 現実が溶けていくような浮遊感を感じた。

 そして、雫のいう黒咲夜子は私の記憶を持っていると、なぜだか根拠もなく確信した。

挿絵(By みてみん)

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