MU編集部
窓の外は真っ暗で星すらみえなかった。夜の帳は空を覆い、その下には街の灯りが煌々と照っているせいかもしれない。
そんな夜も更けきったMU編集部にふたりの男がいた。
ひとりはパソコンに向かい文章を書いており、もうひとりはスマホで電話をしていた。どうやら後輩に説教をしているようにもみえた。電話が終わるとパソコンに向かい、仕事の続きをはじめた。
「飯島、南魚に電話か?」
さきほどからパソコンで文章を書いていた男が電話をしていた男に話しかけた。
「あ、はい。ちょっと、南魚の記事がいまいちだったので。それにしても雑誌で小さなコラム持ってて、安い金でフリーライターなんて。なんでうちであいつ、正規で雇わないんですか?」
仕事を再開しようとしているときに声をかけられたせいか、少し不機嫌そうな口調だった。
「ん? だって、正社員にしてください、ていってこないからなぁ。文章力、取材力、フットワークの軽さ、色々力量あるから即戦力になるし、正社員になったら仕事に見合った給料も払うんだがね」
男も仕事の手をとめ、飯島にいった。
「酷いっスなぁ」
飯島は気晴らしの為か、デスクからピンクのロリポップを取り出して口に咥えた。「飴かよ」と男が意外そうにいうと「禁煙中なんで」と飯島が苦々しく答えた。きっと何度目かの禁煙なのだろう。
「まあ、今の世の中ガツガツしてないと生き残れないからな。あいつももっと貪欲にならんと……それはそうとバーキンズについて訊いてたみたいだが」
男は南魚の話は軽い口調だったが、バーキンズについて話すときはやや緊張感のある声色になっていた。
「……ちょっと噂を聞きまして、南魚ならなんか知ってるかなぁと。でも話すら知らなかったみたいです」
飯島は男もバーキンズについて知っていたことが意外な様子だった。しかし、なぜ男がバーキンズについて知っていた理由を飯島は察し、事実をそのまま話したが、顔は意外なものをみるように男の顔をみていた。
「そうか。で? おまえは今回はなにを書くんだったっけ?」
男は飯島の言葉になんの反応を示さず平静と会話を続けた。
「三柱の三人神主か密教の放浪阿闍梨かで迷ってまして、どちらも旅をしながら霊能者として怪異を鎮めているらしいんですよ。最近、話をよく聞くようになりまして、それぞれにインタビューを……」
「止めとけ」
飯島の会話を切るようにいった。
まるでしてはいけない会話をたしなめるようでもあった。
「部長、なんでです?」
「その原稿もらっていいか? 謝礼は弾むよ」
戸惑う飯島に対し、部長と呼ばれた男はにこやかに、けれど反論の余地を許さないと言外ににじませながらいった。
「はいはい。わかりましたよ……色々とね」
飯島はこれは従うしかないとあきらめたように了承し、部長がなにを考え、情報を欲しがったのか察したようだった。
「なにかいったか?」
その態度が気に入らないのか部長はいった。
飯島は部長の気を損ねたくないのか、話題を変えた。
「いえ、それより今回の特集は突飛すぎませんかね。謎の惑星テイア。月誕生のジャイアントインパクト説ですよね? その起因となった地球に衝突した惑星テイアは宇宙人が造った巨大構造惑星で地底人はその子孫。地下に食いこんだ巨大構造惑星の名残りが超大陸パンゲア。地殻変動、地軸の歪みは巨大構造惑星の衝撃の残滓。アフリカはパンゲアの名残り。地殻変動でアフリカの大地に剥き出しになった巨大構造惑星から漏れ出した医療ナノマシンが、宇宙人と身体の構造が近かった猿をみつけ医療を施し、DNAを書き換えて進化を促し巨大構造惑星に住んでいた宇宙人に近い姿の人類になったとか、それを世界各国に伝わる神話に絡め、神は人の似姿、異形の神々とか情報量多すぎていうか、話がデカすぎません?」
興味深そうに、でも呆れながら飯島はいった。
「これくらいインパクトがあった方がいいんだよ。そういってるアメリカの学者が……まぁ畑違いの経済学者だが……いっているんだ。うん。ちゃんと裏もとってある」
部長は自信満々に答えた。
「……でも、ファンタジーすぎません?」
「いいんだよ。第一、最近は現実の方がぶっ飛んだ話ばかりだからな。読者はそういう現実突きつけられてストレス溜まってるんだ。こういう、新たな発見をセンセーショナルに紹介するくらいがちょうどいいんだよ」
自信に溢れる部長の言葉に「そういうもんかな」と飯島は納得したようだった。




