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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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戌角、動く

 僕にコンビニ前のゴミ箱の上に置かれた紙袋を駅のコインロッカーまで運ぶ単純な仕事が来たが、目つきが悪く背の低い男に先を越されてしまった。

 悔しいがこればかりはどうしようもない。

 単純に、あちらが先に来たのだからたまには他の人に仕事を譲らなきゃな、と割り切りながらも憎々しく睨んで見送った。けれどあれはどうも<組織>の構成員ではないらしい。

 今日来た指示が『○月✕日にセブンイレブンのゴミ箱の上にあった運送品を奪った人を調べる』だった。意外だ。どこで<組織>の指示を見たのか知らないが、あいつは<組織>の人間でなかったのだ。そういうことならあのとき強引に紙袋を奪い返すんだったな、と後悔した。しかもあいつは鼻歌混じりに事も無げに紙袋を破って手のひらサイズの中身をとっていった。僕は<組織>がなにを運び、どうやって金を稼いでいるのか知らない。(おそらくは拳銃? 麻薬、覚醒剤?)知る必要もないとも思っている。だから運ぶだけであれだけのお金をくれるのだろう。沈黙は金なり。

 それより、まずはあの男たちのことだ。

 背の低い男が紙袋を手に取ると痩せた背の高い男が慌てて来て、なにやら話すとコンビニの裏へ歩いていった。背の高い男は油に汚れたツナギを着ていた。そしてコンビニの裏は『カネダ整備』という車やバイクの小さな整備工場があった。おそらくはそこの人間に間違いはない。

 僕は適当な用事をでっち上げ学校から早く帰り、カネダ整備を通りがかった。スマホで電話をかけるふりをして少しの間、路上駐車をして様子をうかがっていた。

 作業員のふたりが車のオイル交換をしており、背の高い男はバイクをいじっていた。バイクをいじりながらも作業員の仕事を目端にみていたのだろうか。背の高い男はオイル交換が終えた作業員に交通事故でバンパーのへこんだ車の修理を指示していた。おそらく背の高い男は社長かなにかだろう。僕は<組織>に今のところ、僕の知り得る情報を整理し連絡をした。すると<組織>からすぐに返信がきた。やはり運送品を奪われたことは緊急事態なのかもしれない。

『カネダ整備の社長の名前は兼田将虎(カネダ マサトラ)。二年前に親から修理工場を任されている。父親は胃癌。手術は成功したものの体調が思わしくない。母親は看護と家事に忙しい。彼女有り。結婚を考えている。一緒にいたと思われる背の低い男は日高健(ヒダカ タケル)。市役所勤務、土木建設課。現在は市営住宅団地横の舗装道路の工事計画に従事。家族構成不明。おそらくはひとり暮らし。土曜日は草野球チームで練習、及び試合をしている。ポジションはファースト。観るよりやる方が好き。野球がない日はジョギングをしているか市営体育館のジムで筋トレをしている。ふたりは暴走族仲間。いままで疎遠だったが、あの日に再会したばかり』

 その情報と顔写真が添付されてきた。なかなか詳細な情報だ。兼田将虎は飲み会の写真らしく居酒屋でこちらをみながら楽しそうな顔で写っていた。そして一緒に写っている人間の顔は黒塗りにされている。おそらく兼田将虎の周囲に<組織>の構成員がいるのだろう。そして日高健の写真は防犯カメラに写ったものを引き伸ばした荒い写真で、そもそも情報は少ない。おそらく日高の周囲に<組織>の人間(役所に少数か?)はあまりついていないようにみえる。

 僕はとりあえず動くことにした。


 土曜日の午前の部活帰りにカネダ整備の近くのセブンイレブンに入って雑誌を立ち読みしていた。カネダ整備の人間がここに寄らないか期待していたからだ。近くのコンビニなら必ず利用するだろう。そして(偏見だが、僕の経験上)ああいった仕事をしている人間はタバコを必ず吸う。修理工場はオイルやガソリンが近くにあるので火の気のあるタバコなんか吸うことはできないはずだ。だから近くのコンビニの外の喫煙所を使うに違いない。

 我ながら楽観的な推測だが僕の読みは的中した。

 カネダ整備にいたふたりの作業員のうちのひとりがコンビニに来て、入るなりレジに進み店員にタバコの販売番号を棚すら見ずに注文していた。どうやらタバコを買うためだけにコンビニに入ったみたいだ。そして、三箱買ったうち二箱をポケットに無造作に突っ込み、一箱のパッケージフィルムを剥がしゴミ箱へを捨てた。まるでパッケージに書かれた発癌性の注意書きなんてデザインの一部としか認識してないかのように当たり前に口に咥えながら、灰皿だけが設置された喫煙所に行きタバコに火をつけた。

 僕も喫煙所にいくと少し距離を置いてタバコに火をつけた。

 僕は好んでタバコを吸う人間じゃないが、人づきあいが円滑になるのならこうやって吸うこともある。(最近、タバコが手放せなくなりつつあるが)

 作業員が灰皿にタバコを落とすタイミングで話しかけた。

「知ってます? 最近、コンビニの喫煙所も撤去されつつあるんですって」

 何気なく話す。

 作業員は一瞬、自分に話しかけられたのか確認するように僕の顔をみた。そして僕の顔をみると面倒くさそうに「へぇ……」と作業員は相槌をうった。

 これは引っかかりがないなぁ、と僕は思ったが「ここ、なくなると困るんだよなぁ。工場勤めだから仕事場で吸えないしな。事務室は客が来ると使えないし」と作業員はいった。

「へぇ、もしかして裏の整備工場ですか?」

 作業員は「ああ」といった。

 こうなれば僕のペースだ。バイクに興味があって以前、カネダ整備の前を通りがかったときにみた、背の低い男が乗っていたバイクがカッコよかったが、あれはどういうバイクなのか、と訊いた。バイクにさして興味もなかったし、背の低い男がバイクに乗っていたのかも定かではないが、元暴走族らしいから旧友に会いに行く際はバイクだろう、という推測だった。とりあえず日高健のアシがわかれば追跡もしやすいというものだ。あと、もしやと思うがこの作業員が<組織>の構成員だとしたら背の低い男という表現で話が通じるだろう。

 作業員は俺の駆け引きなど気にもとめずに数日前に来た社長の友達の背の低い男が来たことか? そいつのバイクはホンダのレブルに乗ってたとか、欲しいならうちの整備工場でも取り扱っているからいつでも寄りなとか、兼田社長はバイクいじりばかりで、なかなか仕事しないから困るとか、話しながらタバコを一本吸い終わると仕事に戻って行った。<組織>の構成員ではないようだし、情報らしい情報も得られなかったが、まぁ十分だ。

 次に昼ごはんをコンビニでサンドイッチとサプリメントバー、お茶を買い、僕の車、ブルーのスープラに乗り△市グラウンドへと向かう。

 草野球チームが午前午後、どちらで練習しているのかしらないし(まさか丸一日はないだろう)、やっていない可能性もあったが、一応だ。

 だが来てみて正解だった。なかなか練習熱心な草野球チームらしい。グラウンドにある野球場をみると試合をしているのがみえた。僕はベンチでコンビニで買ったものを食べながら大人が楽しそうに野球をしているのを観戦する。

 ときおり大声で応援や野次が飛ぶ。そのなかで「日高」という声を聞いた。確かに日高健はここにいる。

 スマホでレブルというバイクについて調べると駐車場を歩いた。

 レブルはすぐ見つかった。

 グロスブラックのエンジンタンク、ホイールカバーにマットブラックのフレーム。後輪についている防水レザーのサイドバッグ。バイクに興味はなかったが、なかなかワイルドな車体で黒で統一されたカラーリングはスタイリッシュだった。

「なかなかいい趣味してんじゃん。さて、どうしたものか」と僕は独りごちた。

 そして周囲を見渡し、誰もいないのを確認すると、ポケットからGPS発信機を取り出す。それをバイクのエンジンタンクとフレームの隙間に取りつけ、次にナンバーが写るようにスマホで写真を撮った。

 この情報を<組織>に送ればお金がもらえる。ただ今回はGPS発信機の情報をふせてナンバーの入った写真のみ送った。GPS発信機は僕だけが使えばいい。もう少し情報を独り占めして高く買い取ってもらおう。

 もう日高健を追うのに苦労はいらない。スマホのアプリで追跡できる。

 僕はしばらく野球を観ていた。

 春の陽気のなか、いい歳をした大人が暢気にボールを追いかけ汗をかいている。

 今晩のビールはさぞ美味いだろう。微笑ましいじゃないか。

 僕もバイトの収入源も確保できた。

 それにしても、あの手のひらサイズのものはなんだったのだろう。日高健が<組織>の構成員で裏切ったのだろうか? 運送品の中身をみた者は消されるという……都市伝説ではそうなっている。だからこそ僕のように高校教師になり個人情報を<組織>に渡している人間は重宝されているのかもしれない。<組織>は人を消すときはすべて事件や事故にみせかけいるらしいから。つまり日高健は消されることを覚悟して運送品を奪ったのか? それとも草野球を楽しんでいるがヤク中かなにかで<組織>の運送品が必要になったとか?

 そのとき、こ気味の良いバット音がグラウンドに響き、ボールが三遊間へ飛ぶ、それを遊撃手がキャッチして一塁へ投げた。

「走れ! 日高!」とチームから声援が飛ぶ。

 僕はプロ野球じゃあるまいし、アウトだな、と思った。しかし日高健の脚は地面を蹴り、一塁目掛けてまっすぐに加速してゆき、走りきった。セーフだった。そしてそれが当然かのごとく一塁ベースを踏むと次の打者に気合いを入れるよう声をかける。

 その走りの後でも息は上がっていないようにみえる。なかなかの健康で強靭な人間(背は低いが……一六〇くらい?)だ。ヤク中でもなければ、死にたがりでもないようだ。

「面白いな」

 俄然、興味が湧いてきた。

<組織>の仕事は好きだ。個人情報を<組織>に与えたり、正体不明の物品を運んだり……おそらく反社会的なことをしているのだろう。だが非日常的なことをすることで一般人とは違う自分になれることが快感だった。

 それがそれに対抗する人間が現れた。

 これが警察や公安とかいった組織なら僕も考えて行動しなければならないだろう。しかし、相手は役所の役人でこうやって休日に仲間と野球を楽しんでいる一般人だ。そいつが鼻歌混じりに<組織>から物品を奪った。<組織>の情報は構成員以外知らないはずだ。その情報を盗んだのか、<組織>の裏切り者なのか。

 僕はこれからのことを考えるとワクワクしてきた。

 僕がなにをしても<組織>は僕を庇うはずだ。

 そう、なにをしても……今晩、日高健に会おう。そしてあの品を奪い返そう。

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