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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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黒咲と南魚

 私を連れ去ったと思われるUFOの映像をもっているという『MU』所属のライターがこの△市にいるらしい。しかもあと少しでここに来るという。期待は高まるが、この待っている時間というものが、どうにも好きになれない。私は田島さんに「少し、館内を拝見させていいですか?」と訊いた。

「ああ、もちろんいいですよ。無料ですしね。ライターの方がこられたら呼びますね」

 せっかちな性格は元来のものか、記憶を失ってからのものか、判断がつかないが、妹たちの話から元来のものなのだろう。そんなとりとめのない自分のことを考えながら、私は古びた展示品を観ながら歩く。古い武道場らしいが、どうにも薄暗い。今歩いている通路。本来、この壁はなく雨戸かなにかで通常、開けっ放しの状態でお侍さんたちは稽古に励んでいたのかもしれない。今は建物の保存のために壁となり光を遮っている。そして電灯もLEDではなくまだ白色電灯のようで薄暗さが際立っていた。珍しい武徳殿としての保存を優先し、歴史民俗産業資料館としての役割がイマイチできていないようだ。壁に掛かった古びたプラスチック製の説明文もレトロな昭和の香りがした。

「資料館というよりお化け屋敷だな」と私は独りごちた。

 中央(おそらく昔の稽古場)に催事場があり、市内の美術家らしき作品が展示してあったが、美術センスのない私にはありきたりな薄暗い風景が描かれた油絵にしかみえない。その催事場の周囲をぐるりと廊下がある。そこに歴史の資料が展示してあった。

 現在の△市の状況、△市の著名人(失礼ながら誰も知らない)、近代の産業、北越戦争で川を挟んで西軍と対峙した陣形、昔の田植えの道具……どうやら順路を間違えたようで過去へと遡る形に閲覧してゆくと、最後は古墳時代になった。

 こうやってみると不思議と歴史の出来事は覚えていることを再発見している。私の記憶喪失とはいったいなんなのだろう。実は家族のことを思い出したくないとか、本当は拉致監禁による心的外傷後ストレス障害などで、いつまでも助けに来ない家族に絶望してしまったとか、そういうことなのだろうか。

 悩んでも仕方ないことを悩まずにはいられない悔しさを忘れるように顔を上げ展示パネルをみると、この△市の古墳は△山の周りに点在していることがわかった。この辺は湿地帯で洪水の難を逃れるためなのか、古代より聖地として崇められていたのか。そういう場所でUFOにさらわれた私はなんなのだろう。しかも帰って来れた。なぜなのだろう。

 そして最後の一文に目を奪われた。

『……△山の中腹には石を積まれた入口のようなものが発見されました。ですが、宮内庁により△山古墳調査は禁止されており、真偽のほどは謎のままです。この△山自体が巨大な円墳という可能性があり、その一族が△山を中心に古墳をつくったのかもしれません』

 確かに田んぼが広がる平地の真ん中に突然現れるようにある△山は人造の山なのかもしれない。だからこそ周囲になにもなく天体観測をする人が絶えないのだ。

 これだけの山を造るにはかなりの人が必要なはずだ。古代日本の中央が京都奈良付近だとして、かなり離れたこの地で絶大な権力を持っていた人物は誰なのだろう。

 さきほどの自分への悩みなど忘れて古代のロマンに思いを馳せる。中央から遠い土地にこれだけの規模の円墳を造り、その周囲には十数体の円墳がある。比べるまでもないがエジプトの王家の谷を思い起こさせるような王墓の集合体だ。

 規模としてはかなり大きな一族だったのだろう。そして縄文式の土器が大量に見つかっており、その奇妙な形状は実用さの欠片も見当たらない。これを使って煮炊きしたのではなく、もっと別な用途につかわれたのか。簡単にいってしまえば祭事用なのだろうが、その祭事の際、この土器を作った人はこの土器になんの思いをこめたのだろう。

 縄文というのは縄を当てて模様にしたと訊いたことがある。その模様は魚鱗だろうか、古来から日本人は魚を食してきた。この△市も隣の市まで足を伸ばせばすぐ海がある。魚などの収穫物に対しての祭事用品だろうか。いや、そういった直接的なデザインなら魚を描けばいいのではないだろうか。それを避け、ただ鱗模様を施し幾学的なデザインだ。魚などの収穫物を願うものではないかもしれない。もっと別の広範囲的なものを抽象的にデザインしたものにみえてくる。そもそもなぜ縄なのか、その模様を祭事用の土器に映さなければならないのか。ふと陸上に魚鱗のような模様を持つ存在を思い出した。トカゲや蛇などの爬虫類だ。形状からするとトカゲの可能性は低い。鱗を持ち、長いもの……縄文はもともと蛇なのではないか? 蛇を模した縄で祭事用品を作ったのではないか? その鱗模様を縁取るように細い管のような模様がデザインされている。これは樹木だろうか、蔦だろうか、それとも動脈だろうか……いや、縄文の時代にそんな解剖学的なデザインをするはずはない。けれど鱗に覆われた肌の上を脈打つ動脈が禍々しく縁取られている姿に淫靡かつ神秘的なグロテスクな魅力を感じた。外皮があり、それを生かす血脈が巡っている。そしてこちら側は身体を維持する大事な内蔵なのか? それでは外皮、つまり土器の中には禍々しい異界が広がっており、その異界から身を守るために蛇の力を借りたのだろうか。

 そんな深夜に汗をかきながら飛び起きてしまいそうな悪夢のような幻視(ヴィジョン)が降りてきて、血の気が引いた。私は身体が冷たくなるような動悸を覚え事務所に戻った。

「どうぞ」と田島さんはお茶を出してくれる。

 よほど私は顔色を悪くしていたのだろう。

「ソファに横になってもいいですよ」といわれたが、私は丁寧に断り、お茶と茶菓子を頂いた。なにか口にして気が紛れたのか、体調は戻ってゆく。それにしても休日だというのに誰も訪れない資料館だ。

「たまに人は来るんですよ。元観光課としては悩ましいところで当初は武徳殿としての保存と資料館というか地域の博物館としての両立ができ、お金がかからないと思っていたんですが、いやはや」と私の考えを察したのか秀でた額を叩きながら応えた。

「そうそう、古墳時代のコーナーが気になっていたようですが」

 田島さんがいってきた。受付窓口からすぐに古墳時代のコーナーがみえた。私が食い入るように熱心に古墳時代のコーナーをみていたのをみられて少し恥ずかしいような気持ちだった。

「確かに△市の古墳は実に興味深いんですよ。縄文時代が終わっても古墳に縄文式土器が出土するんです。いやね。古代の人だって弥生時代になったから弥生式土器しかつくらないとかいうんじゃないんですが、古墳の周りから出土するのは決まって縄文式土器が多い。祭事用にどうしても縄文式土器が必要だったのかもしれない……」

 さきほどの幻視(ヴィジョン)がまた降りてきた。

 異界からのものがあの土器のなかに在ったイメージ。頭を軽く押さえ、田島さんの言葉を追う。

東日流外三郡誌(つがるそとさんぐうし)や竹内文書、出雲口伝、神床口伝。これらは古事記、日本書紀などの日本神話の正伝とは反し、一般的には偽書とされている日本神話があります。物的証拠もなければ、近代になってわかったことが盛り込まれていたりする。ですが、それらは出どころも内容も異なりますが、不思議と重なる部分も多い。それによると朝廷が日本の頂点に君臨する前に多くの部族が群雄割拠していました……出雲神族、ホヒ族、天孫族、ヒボコ族など。もしかしたら△山古墳も朝廷とは違った一族だったかもしれません。ですから周囲とは違い、縄文式土器をつくり続けた。そうそう東日流外三郡誌や出雲口伝はご存知ですか?」

 そこで遮るのを躊躇うかのように受付窓口からもしゃもしゃ頭でメガネをかけた男が「あのぉ……面白そうな話ですね。僕も混ぜてくれません?」とニコニコと人懐っこい笑顔でいってきた。

 お客だろうか? それとも「知り合いですか?」と田島さんに訊いたら「顔は見覚えあるんですが、誰だったか……」と少し困った顔をした。

 私たちがそんな話をしているうちにもしゃもしゃ頭の男は走ってきて事務所のドアを開け、私の座っているソファの隣に腰をかけ興奮気味に話し始める。

「本当におもしろいですよね。東日流外三郡誌や竹内文書などなど、これらの謎の古書って。だって古事記、日本書紀を合わせると様々な角度から古代日本の歴史がわかるじゃないですか? おそらく敗北し、歴史を漢字で刻めなかった者たちの怨嗟でしょう。魏志倭人伝による倭国の五王、卑弥呼を頂点として崇め、統治者として君臨する男性の存在。女性の司祭王と男性の統治者として国を治めている。これら全てに合致して、神においても女神が主神だ。そして謎の神アラハバキの存在とか! でも様々観点から偽書扱い。けど僕は偽書ではないんじゃないかと思うんです! 現に△山の古墳も宮内庁から発掘調査を禁止されてるじゃないですか? ほかの古墳だってそうだ。必ず宮内庁の許可が必要だ。きっと古墳には天皇の存在が覆るなにかがあるんじゃないかと! そして謎の古書に書かれている神代文字。これも昔から研究はされてはいるが、書かれている書物も物品も少ない。ある時代、ある時代に突然現れている。鎌倉時代に研究された形跡があり、江戸時代には真剣に論議された。今では創作とされていますが、僕は神代文字は古代文字というより霊感(インスピレーション)を受けた人が書き記した異界の文字なのではないかと。そして、△山の古墳にUFO! きっとなにかしらの繋がりがあるかもって、田島さん前に『謎の神アラハバキとUFO特集』のインタビューのときに……」

 そこで田島さんは膝をぽんと叩いた。

「あなたは確か……南魚さんでしたか」

「そうです。そうです。話の腰を折ってしまってすみません。ええっと……」

 私の方を向いて困った顔をした。

「黒咲夜子です」

「黒咲さんに△山古墳の話の続きを……」

「いや、私は少し古墳に興味があっただけで、雑誌『MU』のライターの方を待っているだけですから」

「ああ、それ、僕です」

 南魚と呼ばれた二十代半ばらしき男はニコニコしながらポケットから名刺を出して私に渡した。

『インタビューの録音お越しから二千文字からの簡単な記事までなんでも書きます。雑誌MUにも連載記事あり!』と名刺の上に印刷されており、中央に『南魚文(nangyo bun)』と大きく書かれ、下の方に住所と電話番号、アドレス、ホームページがあった。小さな紙キレに情報たっぷりの名刺を受け取り、思わず言葉が出た。

「……苦労されているんですね」

 南魚さんのニコニコ顔が凍りつき、ため息とともに項垂れる。おもしろいくらいの落ち込み方に私はわらってしまった。


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