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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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日高、探る

 俺は南魚と飲んでいるうちに懐かしさが込み上げてきた。


 保育園、小学校まで一緒に学校に通い、団地に住んでいたためかよく一緒に遊んでいた。それがお互い団地から離れ、中学にもなるとつき合いは途絶えていたが高一のときに野良空手の道場(大きな団体に所属してないし、オープン大会目指して練習してるだけの流派もクソもない道場だから野良空手で間違いないだろう)で再会した。

 南魚は嫌々ながらやってはいたが、基本的に真面目なのだ。基礎、移動、ミット、約束組手……どれも全力でやっていた。ただ露骨に嫌がるのがマススパー(当てるだけのスパーリング)と試合前のスパーリング(体育館でやっていたため怪我をさけてガチではやらなかったが)だ。ミットで受ける重く鋭い打撃とコンビネーションはなりを潜め、ただポンポンと叩いてスウェーバックを多用した逃げるような戦い方しかできない。「とても試合(アマチュアキックボクシングの大会が多かった)には出せない」と師範もため息をついていた。

 俺は基本、殴るのが好きだった。理由は単純でそこに嘘がないからだ。口でペラペラと薄っぺらいことをいって人を見下すに人間に本当のことをわからせてやれる。

 だからか逆にスパーリングでは「一発に頼るな!」「力むな!」「殺気立つな!」と師範から激が飛んでいた。

 全然違うふたりだったが、幼い頃、一緒だったせいか不思議とウマが合った。ただ、やっぱり俺とは違う人間だとも思っていたし、高校も違ったから道場以外では会わなかったが、一度、海岸沿いの空地で仲間がYouTubeの動画撮影をしているときに会ったことがある。南魚は父親から借りたスーパーカブに跨り気持ち良さそうに走ってきて、その辺を歩いていた。今、思えばブログだかなんだかに投稿するオカルト関係のものを探していたのかもしれないが、あのときは暇だからバイクで海まで散歩をしに来たんだろう、と南魚に声をかけた。仲間がストリートボクシングの動画を撮っているから来いよ、と。嫌がる南魚を引っ張ってきてグローブをつけさした。

「こいつ、見た目こんなんだけど強いから」

 仲間に紹介すると凄みのある視線が南魚に集中する。南魚は顔が引きつり少し震えているようだった。

「怯えてるふりはよせよ」

「いや、だって……みなさん、怖そうだし」

「同い年だろ? ちょっと血気盛んなだけさ」

「いや、でも……」と嫌がる南魚に説明した。

「ルールは一ラウンド二分。一六オンスのグローブだから思いっきり撃っても鼻血か、口の中切るか、鞭打ち程度だろ? 蹴りはなし、投げは……砂浜だからオーケーだ……両者、中央。カメラはいいか? ファイト!」

 南魚の相手は俺の次くらいに強いやつで名前は将虎(マサトラ)、名前とは違い長身で手足が長く細身で、どことなく蛇のようだった。そしてマラソンランナーを思わせる体力と長身ゆえのリーチの持ち主だったが、南魚に攻撃は当たらない。南魚には攻撃すべてがみえてるようだった。逃げてるばかりじゃつまらないので師範のように激を飛ばした。「逃げるな!」と。

 するとこんなやつでも意地があるのか、それとも元来の生真面目さがでたのか、足を止め、パーリング、スウェー、ボディワークを駆使しパンチを捌く、ただフェイントの攻撃をわざと被弾しているようだった。

 一見すると足を止めた一進一退の攻防に周囲がどよめく。

 それに相手は調子づき渾身の右のロングフックを放つ。

 南魚はそれに合わせて一気に間合いを潰し、クリンチすると身体を捻って払腰の要領で投げ、砂浜に投げつけると突きを止め、極めの体勢で残心した。

「結構、いいの喰らっちゃいましたよ。接戦でした! 最後は運でしたね」

 満面の笑顔で南魚は相手を助け起こした。

 ああ、相手を立てるためにフェイントを被弾していたのか、と思った。確かに勝ったようにみえるがパンチをもらっていたのは南魚だ。(しかも周りは納得していたが極めのポーズで終了というルールでもない。南魚の人徳だろうか)そして自分ならわざとは被弾しない。相手の攻撃を潰し、カウンターを狙い、ブロックされても隙間から拳をねじ込むだろう。ただ殺気立ち攻撃し、相手が防戦一方になって二分が終了していたかもしれない。勉強になるんだか、ならないんだか、わからなかったが、南魚とは決定的に違う人間だと思った。

 その後、南魚は日高のダチは結構強いな、とみんなからいわれながら、背中を叩かれながらもグローブを外し、他の人に渡しながらそそくさとスーパーカブに跨り去っていった。

「おまえのダチ、変わってるな。強いんだろうけど、ガチなんだか手を抜いてんだか」と遠山さんが冷静に分析していた。

 確かにあいつがガチで戦っていたところをみたことがない。ただガチで戦ったことのないやつは実戦では硬くなって動けない方が多いのも事実だ。おそらく南魚はガチで喧嘩はできないタイプだろう。冷静に将棋やチェスのように拳足の攻防を配置して追い詰めていくタイプだ。南魚にとってボクシングも戦いというよりゲームなのだろう。

 少しの軽蔑と少しの尊敬とが入り交じり、道場以外では会う機会もないな、と思いながら南魚の背中を見送ったのを思い出していた。


 それが今は俺とは違う人懐っこいだけのやつとこうして仲良く飲んでいる。

「あ、注文お願いします! レモンサワーと……日高くん、生でいい? あっ、生もひとつ、お願いします! それにしてもさぁ。公務員て凄いね! 僕なんて将来のことなんてなにも考えてなかったから趣味が仕事になっちゃったよ」

「それって、普通に凄いからな」

「そうかなぁ。でも、なぁんにも考えてないや。将来どうなるんだろ? はははは……」

 クダを巻きながら楽しそうに日常を語る南魚にふと遠山さんのことを思い出す。今はこうし違う人種と思っていた南魚と飲みながら楽しく話せる。もしかしたら男として尊敬していた遠山さんが生きていたのなら、今、こうして楽しく飲めたのではないか、と。あの砂浜でのストリートボクシングだって南魚を一目置いているようでもあった。三人で楽しく飲めたかもしれない。なんで俺はこんなことを考えているのだろう。やっぱり寂しいのかもしれないし、南魚と話していると昔のことを思い出すのだ。そして南魚に<組織>のことを話して遠山さんや深夜のバイク愛好会のことを思い出すと腑に落ちないこともあった。

 遠山さんはどういう意図で俺に因縁をつけてきたのか。

 周囲が俺を特別視するようになったからだ、と思ってはいたが、それを気に入らないと思うほど、遠山さんは狭量ではないような気がする。やはり<組織>絡みか、もしくは別の理由か。死んでしまっては確認もとれない。もし生きていたらこうやって飲む機会もあっただろう。そして「ああ、あのときは……」と遠山さんも笑いながら話してくれたかもしれない。

 抗争中の喧嘩のすえの事故死なら話はわかる。しかし、そうではないとしたら? 俺は遠山さんを殺したやつを許しはしない。罪を償わせてやる。

「じゃあ、もう一軒!」と南魚はいったと思う。正直、なにをいっているのかわからないくらい顔を真っ赤にして、べろべろに酔っ払っていた。

 仕方なしに肩を貸してやり店を出た。

 夜風はまだ冷たく右頬をなぎ、南魚の酒臭い息が左頬にあたる。

「これが女ならもうちょい嬉しいんだがな」

「ああ、僕も彼女欲しい!」

 耳元で叫ばれ、鼓膜が痛かった。南魚は重いし、ウザいし、話は長い。けれど昔馴染みと飲んでなにげない世間話に悪い気はしなかった。そしてその日、俺は決心した。遠山さんが事故で死んだのか、それとも<組織>によって殺されたのか調べることを。


<組織>についてわかることは、ある日突然、メールかSNS、メッセージアプリに通知がくる。それは大抵、仕事の依頼だ。仕事といっても単純なものから始まる。

『なにかをどこかに運ぶ』

『どこそこで誰かに声をかけてくれ』

 そんな単純な仕事を依頼してくる。それをすればあとで口座にお金が振り込まれている。どこで口座を調べたのか、どうしてアドレスや名前を知り得たのかはわからない。ただ巨大な秘密結社らしい。自分が仕事に失敗をすれば誰かが代わりにやり、自分が仕事をやらなければ、誰かが代わりにする。入れ代わり立ち代わり、誰かが<組織>の仕事をこなしている……どれだけの規模なのか誰もわからない。仕事内容もわからない。反社会的なこともしているかもしれないし、慈善業をしているのかもしれない。ひとりひとりが少しづつなにかをすることにより、大きなことをしているらしいが、その全容を知る者もいない。そして、ただ<組織>のことを他の誰かに漏らしたやつは消される。

 俺が知り得る情報はそれだけだ。

 都市伝説的な噂話だろうと思っていた。イタチが死ぬまで。そして、もしかしたら遠山さんも<組織>に殺されたのかもしれない。抗争中のバイク事故で。ならば話は早い。誰が遠山さんを轢いたか、だ。


 そんな思いを胸に俺は休日にホンダのレブル二五〇に乗って市内の車の修理屋に訪れた。『カネダ整備』と禿げかかった看板と古びた内装。それと対照的に整備し終わった綺麗なバイクが販売用の値札のついた新しいバイクと入り交じり置いてあった。

 三名が整備所で車とバイクを修理している。時代なのだろうか、バイクは昔のようにド派手に改造したものはなく、違和感がなく使いやすそうなカスタム仕様ばかりだった。

「おい。兼田将虎(カネダ マサトラ)いるか?」

 俺の声に将虎が「いらっしゃい」と応えた。

「何用なん? 元副総長さんが」

「昔話がしたくなってさ」

 将虎は俺が遠山さんにボコられ辞めてからサブリーダーになったやつだった。俺が所属していた頃から俺の右腕として活躍していた。遠山さんが俺に因縁をつけてきたときも俺と遠山さんの仲を取り持とうと動いていたが。

「俺、抜けるな、あと任せた。いいか、事務所に誰も入れるなよ」

「うっす」と従業員が応える。

 将虎自身もあのとき複雑だっただろう。今でも思い悩むところもあるかもしれない。俺を見る目が明らかにどうしていいのかわからないような戸惑いの色に染まっていた。

 事務所に入ると自販機からブラックの缶コーヒーを二本買い、テーブルに置き、古びた事務所に似合わないワインレッドのソファに座った。

「昔話……ですか」

 俺はなにをいおうか考えていた。遠回しに<組織>のことを話すか、遠山さんを轢いたやつのことを訊くか、しかし将虎を前にして「遠山さんを轢いたやつを知りたい。もしかしたら遠山さんは<組織>に殺されたんじゃないか?」と単刀直入に話していた。

「いまさら」

 将虎はツナギの胸ポケットからマルボロ取り出し、ジッポで火をつけた。そしてマルボロを俺に勧める。俺は受けとり兼田から火をもらった。ながらく禁煙していたが、久しぶりのタバコの煙を胸いっぱいに吸うと落ち着いた。

「ていうか、日高さん、俺が<組織>の構成員だったらどうします?」

 タバコの煙越し刺すような視線が俺に向けられた。久しぶりに背中がひりひりするような緊張に包まれる。

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