南魚の調査
星印に格子柄、星印は五行を同じ長さの線で一筆で結び記した安倍晴明の紋、格子柄は九字護身法を元に記した印。おそらくは陰陽師の蘆屋道満からきているのだろう。そのふたつの印を並べたものがある。三重県志摩地方の海女が魔除のためにつける印。その名は「ドウマンセイマン」または「セイマンドウマン」。それと酷似したものが市営住宅団地三号棟跡地の東屋の床にあった。そしてそこを含め、図書館、体育館、税務署、駅、公園、保育園にこれと同じ、もしくは類似のものがあるはずだ。それを結べば地図上で北斗七星を顕し、△市に巨大な魔法陣を形成する。偶然の産物だろうか。これは偶然にしては出来すぎている。誰かがなんらかの意図をもって計画しているのだ。
僕はそんな文章を書き、写真をいくつかピックアップしておいた。オカルト雑誌MUの片隅に書かせてもらっている僕の小さな記事『南魚の身近な小奇譚』を書くためだ。もちろん記事にする際は市や名称は伏字にするつもりなので日高くんや△市の人達に迷惑はかからないだろう。さらに裏を取り、記事の密度をあげるために駅へいく。なにかしら呪術的、魔除け的なものはないか、東口から駅に入ろうとしたが、タクシーやバス乗り場の中央に松や現代アートの銅像が目に入った。「はははっ、そうやってパズルみたいに色々組み合わせて記事書くなんて大変だな」と日高くんがいっていた言葉を思い出しながら苦笑が漏れる。男とも女ともみえる現代アートの銅像も人形にみえるし、松も末長く繁栄させるためのものにもみえる。本当になんでもないものを勝手に当てはめているみたいだ。
だが「ビンゴ」と思わず声が漏れる。
その現代アートの人形の足元から伸びるデザインされたステンレスの柱の横に古びた石柱があった。ところどころ風雨にさらされて削れたのだろう。読めない箇所もあるが、おそらく『急々如律令』『蘇民将来子孫』と刻まれているに違いない。『急々如律令』は律令(法律)のように急げという意味だ。そして『蘇民将来子孫』は神話の時代に須佐之男を助けた親切な人、蘇民将来という人がいて、須佐之男はその行いに感心して蘇民将来の子孫と名乗れば魔を祓うと約束したことに由来する魔除けの文言だ。こういった蘇民将来の石柱に関しては、この△市の至る所にある、と昔この市に住むUFO研究家を名乗る異色の郷土史研究会の田島さんという人がいっていたのを思い出した。確かあれはUFOに関してのインタビューにいく土地勘のない記事と同伴したとき聞いたものだ。
あれ? UFOのインタビューでなんで魔除けの話になったんだろう? と悩んでいたら「ちょっと! そんなところに突っ立っていたら危ないよ」とタクシー運転手に注意されたので写真を撮ると「すみません! ちょっと現代アートに興味が……」と愛想笑いをしつつ、そそくさと退散した。
田舎の駅だが昔の政治家、田中角栄の日本列島改造論の影響からか新幹線が通っていた。通常の路線と新幹線があるせいで、ちょっと大きめの駅だが、なかにはコンビニとお土産屋があるくらいで閑散としている。△市の観光課が頑張って△市の鉄鋼業を後押しすべく力を入れているようだが、空回りしている感が否めない。しかしもう一手欲しいのだろうか。改装中となっていた。それは僕の追っている魔法陣の一部だろうか? だがいったいなにができるのかわからない。白い防音壁の向こうを覗き見ることはできないし、説明書にはただ立ち入り禁止と再来月くらいに完成予定らしい。そんな駅の雰囲気を払拭させるためか、新幹線の乗り入り口には大きな鳥居に大きな草鞋が掛かったモニュメントがあるが、その真新しい紅色が目に痛いくらいだった。いや、この鳥居と大きな草鞋ももしかしたら、と思わずにはいられない。悩んだ末に一応、写真に収める。
次に△市中央公園へいった。
ここは僕も小さい頃に何度も来たことがある。確か昔の火葬場があった場所だった。火葬場を大きくするため、場所を移動させ、空いた土地で今ある公園を造ったという。遊具が古びてきたため新しく造り直しをしてます、と看板があり、工事をしており、一部が立ち入りになっている。
公園の一角には火葬場の霊を慰めるためか火葬場跡地と書かれた石碑とお地蔵さまがあり、その前には子供が作ったであろう泥団子や、牛乳瓶にその辺に咲いた小さな花がお供えしてあった。僕も小さな頃はこうやってこのお地蔵さまにお供えしたのを覚えている。
ただ工事現場に魔除けの印か、それと同じようなものがないか確認しようにも重機が動いているところに入っていっても迷惑だろうし、工事をしている人に「魔除けの印ありますか?」と訊くのもさらに迷惑だろう。
他のところもみて回ろうかとも思ったが、日高くんの話では工事中らしいし、この分だと行ったところでまだ魔除けの印はできていないだろう。そういうことならこの△市に形成されつつある魔法陣はあまり急がなくてもいいものなのだろうか。
公園のベンチに座りながらスマホで撮った写真をみていると、よくわからなくなってきた。団地の東屋にあったドウマンセイマン、駅にあった蘇民将来子孫の石柱、今、ここにあるお地蔵さま……どれも魔除けや厄祓いの効果があるとされるものだが、よく目にするといえば、よく目にするものだ。特別なものではないだろう。道の脇にあるお地蔵さまや道祖神のように。日高くんがいうように僕はただそれっぽいものをただ組み合わせてなにか無理矢理、意味づけしているだけなのだろうか。いや、そもそも蘇民将来子孫の石柱、お地蔵さまなどの魔除けや鳥居などの結界を意味するものは、そこかしこにあるのではないか? それだけ昔の人は目に見えない邪なものに怯え、防ごうとしていたのではないか。それと魔法陣は関係あるのか、ただ思い過ごしか……『我々人類が何万年もかけて編み出された秘術はまだ活きている』あの子供のときに出会った作業服のおじさんの言葉を思い出した。
ふと気がつくとさっきまでの春日の空が曇ってきていた。先日借りたばかりのアパートのベランダに洗濯物を干しっぱなしなのを思い出し、足早に来た道を急ぐ。
そうそう、ようやく駅近のアパートをみつけてひとり暮らしがスタートしていた。仲の良い某編集者になにげなしに相談したらアパートなどで自殺や殺人、あまりに心霊現象が多かったりする物件を『心理的瑕疵物件』といって格安で貸しているらしい。「そこを借りたら心霊現象もあるだろうからネタには困らないよ」と電話の向こうで笑っていたけど、僕の方も笑いたいくらいだった。一石二鳥とはこのことだ、というと某編集者が「いやいや、冗談だって冗談! 勧めといていうのもあれだけど、やめときなよ。死んじゃった人もいるよ!」といったが『心理的瑕疵物件』なんてときめくような言葉に僕は浮き足立ち、浮き足立ったまま気づけば不動産屋さんを目の前に「駅近に心理的瑕疵物件ありますか?」と訊いていた。
「ああ……あることはあるけど」
物々しい喉の奥になにか詰まったような言い方に僕はときめいた。その言葉はまるでホラー小説の出だしみたいじゃないか。そして僕はその小説の主人公に今なろうとしている。これでときめかないはずはない。めくるめく怪異とのスイートライフの一ページが開かれていたが、そのページは白かった。ただ古びたアパートで男性が孤独死したらしい。畳だけが真新しく、ここに孤独死した男性の最後の痕跡があったのかと思うとときめくどころか、知らず知らずに合掌していた。というわけで怪異とのスイートライフのページは白いままで、ただ安い物件に住めるようになっただけだった。良いのか悪いのか判断はつかないが、プラスマイナス、ゼロといったところかもしれない。いや、ややプラスだろうか、一般的には。
早足に歩けばアパートにすぐ着く距離だったのがありがたい。僕は部屋に駆け込むとベランダの洗濯物を取り込み始めた。ちょうどお隣の人も洗濯物を取り込んでいる。せっかく春日に乾かされた洗濯物が小雨に濡れるのは嫌なものだ。しかしお隣さんはいつも見かける小麦色の肌をした爽やかな好青年ではなく、清楚な感じの黒髪の女性だった。彼女だろうか? やっぱり爽やかなイケメンくんにはそれなりの女性がつくんだなぁと感心した。ああ、僕も彼女が欲しいし、一緒に住めたらどんなにいいことか。初めてみた女性だが、やっぱりドラマのように合鍵とか持っているのかと思うと羨ましい。僕もそういう女の子とおつき合いしたい。一応、幽霊が出るとされる部屋に住んではいるがその幽霊すら出てこないのだから、誰かと一緒に住むというのは、まだ先かもしれないが。
「こんにちは」と一応、挨拶をすると、少し驚いた顔をした後、笑顔で「こんにちは」と挨拶を返された。その声に聞き覚えがあった。
「……もしかしたら、橘さん? 橘立花さんだよね? 僕だよ、中学のとき一緒にだった。南魚武。 いやぁ、お久しぶり! 変わったね! 昔はなんというかギャルっぽいっていうか……」
僕の言葉に橘さんは清楚な女性としての顔のまま、中学時代の目線で一瞬、睨まれた。
「いやぁ、大人の女性になってて、見違えちゃった!」
慌てて言い直した。
「そう? 南魚くんも相変わらず元気そうでなによりですね」
「もしかしてその部屋の……戌角蓮さんだったかな? その人とつき合っているん?」
「うん。告白されちゃってさ」
「おお! 凄い! さっすが……」
また睨まれそうだったので話題を変えた。
「……それにしても、最近、ついてるなぁ。日高くんとも最近会ってさ」
「え? 本当に。あの狂犬に?」
「いやいやいや、誤解だよ。人より熱いだけだって。それに彼、今、市役所の土木建築課で真面目に働いているんだよね。最近、再会して一緒に飲んだばかりで……そうだ! 橘さんも今度、一緒に飲もうよ」
そんなときに間の悪いことに電話がかかってきた。
「あ、ごめん。職場から……」と、電話に出ると「南魚、今からインタビューにいけるか?」と仕事の依頼だった。なんでもUFO関係の話らしい。その話を聞いているとベランダ越しに橘さんから電話番号が書かれたメモ書きが渡された。橘さんは「またね!」とチャーミングなウィンクをして洗濯物を取り込み、ベランダから去っていった。僕も手を振って応えた。
「……△山UFO失踪事件があったじゃないか」
「はい。うちの近所ですよね」
「そこで行方不明になっていた黒咲夜子が五年ぶりにみつかったらしい。個人情報の観点から大々的にはニュースになってないけどな。しかも五年前と同じ姿で発見されたそうだ。その子が今、UFO研究家の田島さんのところにいるらしいんだけど……」
「本当ですか!? 今から自転車で十分もあれば着きますよ!」
心理的瑕疵物件は外れたが、魔法陣といい、UFO失踪事件といい、このところ書くネタに困らないくらい次々となにかが起こって嬉しいくらいだ。自然と声も大きくなる。
「……変なこと訊くが、おまえさ。△山UFO失踪事件の映像持っているか? MUで保存しておいたはずの資料映像がなくなってて」




