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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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拝屋礼

 こちら拝屋礼(オガミヤ レイ)

 目的の人物を保護した。随分しつこくやつらに追われたようで疲れ果てている。意識は失いそうだが、なんとか保っているようだ。一応、肩を借せれば歩いてくれる。もし歩けなくなったら容赦なく捨てていく。私の身も危ないからな。

「ああ……うう……」

 保護した女はうめき声をあげるが外傷は転んだときについた擦り傷くらいだ。恐怖からか身体がこわばっているのがわかる。

 それにしても、私自身もこんなにも深部へ潜り込んだのは初めてだ。霊能力がある私の認識すら掻き乱してくる。だからこうやって話しながら退却する。少々うるさいだろうが、我慢してくれ。

 おんばさらだとばん、おんあびらうんけん。

 だいたいおまえら<組織>は△市の通路は閉じているといったが、これはどういうことだ? こんなにも大きなものは始めてだ。ちょっとしたやつらの町じゃないか。便宜上、ここを▽町と呼ぶ。空は薄明るいが太陽や月、星などの天体はみえない。薄い紫雲がたなびいているだけで、今が朝なのか夕方なのかわからない。道は繋ぎ目のない一枚の石造りのようだ。その端には雑草らしきものが生えてはいるが、みたことのない植物だ。建物はコンクリートか? いや、すべて石造りか? 繋ぎ目が見えず、角度によって色が変わる。見たことの無い材質だ。町並み全体は現代的なもののようにみえる。我々人類の模倣なのか? いや、人類が歴史を重ねる末に遠い記憶からこの形を模したのかもしれない。なぜならば、あきらかにこちらの町の方が完成度が高い。幸いやつらには遭遇していない。一応の魔除けは効果がある。しかし、私は民間のお祓い屋だぞ。こういう高度なものは高野山の坊主か出雲の神主にでも頼むんだな。特に高野山の坊主なんていいんじゃないか。阿頼耶識というものがみれるのなら、ここでも自由自在に動けるだろう。私には隠れ、逃げるので精一杯だ。

「ああ……虫が……皮膚の下に」。

 おんあびらうんけん、おんばさらだどばん。

 いいか! 余計なことを考えるな! ここではそれが命とりになる。掻き毟るな。慌てるな。怯えるな。目をつむるな。気配を感じたらやつらは確実にそこにいる。そして、いいか、やつらをみても目を合わせるなよ。落ち着け! やつらに私たちの姿も声も聞こえない。だがこの▽町はあいつらの領域で私たちは招かざる客だ。足早に去らなくてならない。とりあえず身の上話でもしろ。名前は?

「私は、橘立花(タチバナ リッカ)。教師を目指して大学で勉強中です。△市には教育実習で帰ってきて、趣味でYouTubeの方を配信してて……あ、いや。友人が結婚して赤ちゃんを産んでて。ヤンママってどうかな、と思い……」

 続けろ。なんでもいい、ただ激しい感情は避けろ。

「……帰宅中でした。ここに迷い込んで不安になってTwitterを開きながら、いや……YouTuberよりも、私は教師を目指して……あれは? 赤ちゃん? なんかたくさん地面から生えてる……」

 やっぱり、話すな! 見つかった。走れ!

 おんあびらうんけんばざらだとばん!

 やはりここは▽町はやつらの領域だ。私には荷が重い。物陰すらやつらの目を欺けない。私の単純な術式も通用しなくなりつつあるのかもしれない。やつらは人の認識を狂わせる。私だって避けていると思ってもやつらの手のひらで踊っているだけかもしれない。帰還できなかったらあとは頼む。

 ▽町を繋ぐ通路を塞いでくれ、確実に。やつらは有史以前から人類を狙っている。食糧としてなのか、玩具としてなのか、ペットとしてなのか、奴隷としてわからない。ただそういう扱いをされる。強大な力を持つ、神であり悪魔だ。その末端のこの▽町ですら、動くのにやっとだ。<組織>はそれを防いでいるんだと私は思っていたよ。この通路がこんなにも大きいなんてな。△市に漏れ出ているんじゃないのか? それは管理できているんだろうな。

 おんあびらうんけんばざらだとばん。

 おんあびらうんけんばざらだとばん。

 おんあびらうんけんばざらだとばん。

 私の話をしよう。

 △市の山の方小さな集落がある。そこで代々、拝屋を生業としてきた。それがそのまま屋号となり、苗字になったのだろう。拝屋とはかん虫取りや簡単な祈祷、お祓いとかをやる人達だ。神社や寺、聖域を持たず、一般家庭として生活している。先々代は宗教法人をとって、小さな新興宗教をしていたがね。私と父はやらなかった。小さいながらも宗教の教祖さまなんて人を救わなきゃならない。荷が重い。人は皆、自分の人生で精一杯なのになんで他の人の人生を導かなければならないのか。

「来る! ねぇ、あっちから黒い影が……」

 あちらから、こちらはみえない。怯えず、自分の足をみなさい。目を閉じず、けれどもみえるものはすべて幻だと思いなさい。そして私の身の上話でも聞いていなさい。

 そう、どこまで話したか……祖父は教祖さまだった。父は普通の拝屋として活動していた。そして祖父の宗教は一代で絶えた。祖父は偉大だったのだろう。霊能力を使って他の人の人生を救いたいと本当に願い尽力した。けれど私や父は自分のことで精一杯。祖父の死後、信者は教祖を失い、教祖とならなかった私たちを憎んだ。そして、私たちは集落を出なくてはならなくなった。父はどうだったか知らないが、私は清々したよ。狭い村のなかから町に出れたからね。

 父は村から出てすぐに亡くなった。

 おそらくはあんたら<組織>の仕事だろう。

 ビルの地下室に出る幽霊を調べてくるといったきり、帰ってこなかった。見つかったのは一週間後、そのビルの屋上にある貯水槽だ。自殺と断定されたよ。靴を履いてなかったかららしい。遺書すら書かずに、ただ靴がなかっただけで自殺もないだろう、と。どうせおまえら<組織>の仕業だろう。

「……あ、私を呼ぶ声がする」

 無視しなさい。聞き覚えのある声ならなおさらだ。決して後ろを振り返ってはいけないよ。

 そして父の自殺から数日後にあんたら<組織>が私に接触してきた。

 金になるなら私の霊能力が必要ならば私は喜んでやろう。おそらくそのために私に霊能力が備わっているのだろうから。例え、殺されても自殺だと不名誉な烙印を押されてもね。私は……私たちは代々、拝屋として生きてきたのだから。

 よし、走れ! 全力で走るんだ。

 鬼ごっこの鬼から逃げるみたいに必死に走るんだ!


 私たちは市営住宅団地の建物と建物の間にいた。辺りは暗く街灯の明かりと窓のカーテン越しから見えるわずかな光があるばかりだった。

 背中にびっしょりと嫌な汗をかいていた。鳥肌が立ったままでおさまる気配がない。私はインカムを外し座り込んだ。そして横には橘立花と名乗った女が倒れていて肩で息をしている。

「あ、あれはいったいなに?」

 橘の問に私は「あれは怪異さ」と応えた。

「怪異って?」

「怪異というものはな。足音だったり、声だったり、音だったり、迷うはずのない道で迷ったり、いるはずのない人に会ったり、いるはずのない動物に出会ったり、あるはずのない建物や街に行ってしまったりすることさ……あれはなんだったんだろう、と思い返し、言葉や常識では説明できない事柄を科学的な思考に無理矢理、説明付けし、結局、目の錯覚か疲労でなにか幻覚を見てしまったと言い訳し、みんな静かに記憶の闇に葬るもの。けれど目で見て感じたそれは確かに存在する。こことは違った場所があるんだよ。そこに迷って行ってきてしまったんだ。そして運良く帰って来れた」

「おじさん、話、長いです。つまりどういうこと?」

「狐に化かされて道に迷いました。通りがかりの霊媒師がお祓いしたらなんとかなりました」

 私の言葉に橘は笑ったが、その笑いが止まる。

「おじさん、髪が白くなってる」

「これですんでよかったさ。あんたもなにかしら穢をもらったかもしれないから気をつけて」

 いつの間にか私の目の前に水色の作業服を着た男が立っており「お疲れ様です」と私にいった。

 橘も気づかなかったのだろう。驚き目を見張る。

「こういうときは早いんだな」

「いつも迅速に対応するよう心がけていますが、貴方の仕事はそれ以上なので」

「はっ」私は鼻で笑った。

「ではこの子を家まで送り届けます」

「そうしてくれ。あと一応、近所の神社でいいからお祓いを。それと精神科にでも診せるんだな」

「……わかりました」

「それとここはヤバい」

「祓いきれない、と」

「ああ、祓いきれないどころか。……閉じた方がいい。あんなもの。あれほどのもの。あの規模のもの。……初めてみた。▽町はこの△市のすぐ隣にある」

「さっきからなにを……あなた方は?」

 橘の言葉に私はどう答えていいのかわからない。

「忘れていい、いや、どのみち忘れるだろう。怪異に曝された霊感の無い者はみんなそうだからな」

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