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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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黒咲、訪ねる

 朝七時、迷惑かと思ったが、いても立ってもいられなくなり、UFO研究家・田島精一郎さんへ電話をした。田島さんは私の話に驚き、明日会いたい(今日は色々立て込んでいるらしい。泥棒が入って警察沙汰になっている)と興奮気味に話していた。UFOに連れさらわれていた人間が現れたのだ。UFO研究家としてはぜひ会いたいのだろう。私としても私自身の記憶が戻るなにかしらのきっかけになるかもしれないし、UFOについての情報を知りたい。一応、身分証明書があったらみせて欲しいともいわれた。そりゃ、いきなり電話がきて「私、UFOに拉致られたんだけど帰ってきました」なんてイタズラかも、と疑うのも無理はない。行方不明になる前の学生証を母さんがとって置いたのがあったのでそれを持っていきます、と伝えておいた。

 それにしても学生証の顔写真をみると真顔の私がこっちを向いている。これが私だろうか、鏡をみた時と同じ顔だが、なにか懐かしいような、顔のよく似た別人のような不思議な感じだ。記憶を失って自己認識の平衡感覚を失っているのだろうか。

 そして夜が明け土曜になった。

 妹の如月(キサラ)(ハナ)も休みで「姉ちゃん、一緒行こうか?」と夜にいってくれたはずなのだが、もう八時だというのにふたりとも起きて来ない。こっちはもう出かけるばかりだというのに、まったく自堕落な妹たちだ。スマホがないので華のスマホを拝借した。(暗証番号は単純に生年月日。ロックは解除できる)如月のスマホのホームには彼氏と一緒の写真が壁紙になっていたのでなんかムカついたので、少しの嫌がらせとして充電器から外しておいた。母さんが一緒にいこうか? といってくれたが、少し遠いが歩いていける距離だし、迷子になる距離でもないだろう。

「いざとなったら華のスマホ借りたから、これで連絡するね」と心配をかけないようににこやかに家を出た。

 この家に来てから(帰ってきたという感覚がないのが残念だ)数日、体力づくりに家の周囲を散歩していたので、だいたいの土地勘もついてきていた。まぁ迷う心配はないだろう。

 桜は散り、アスファルトの歩道に花びらが敷き詰められた道を歩く、向こうから幸せそうな笑みを浮かべながら葉桜の枝越しに空を眺め歩く女性とすれ違った。きっと彼氏にでも会いにゆくのだろう。ああいう頭の中も春日に満たされたおめでたい人間をみると苛立つ自分がいた。私の性格だろうか、記憶を失った苛立ちがそうさせるのだろうか。もし、行方不明でなければあの人と同じ大人となり、記憶と想い出に包まれ、心が浮き立つようなこともあったのだろうか。

 そもそも記憶がない、ということは自分がないということに等しいのではないか。自分自身というものを形成しているのは過去だ。過去のない人間は、今現在の自分を客観的にみることができないと思う。単純に経験がないからだ。私は今、喪失しなかった一般常識によってなにかしら考えてはいるが、自分の個性としてなにかを認識することができているのか不安だ。例えば食べ物の好き嫌いのように、一般常識より個性が反映されやすい事柄などで、記憶を失うまえの私が嫌いなものを今の私は好きだとしたら? 納豆が嫌いだった以前の私がいたとして、今の私は「朝は納豆だよね!」といっていたのなら、それは果たして記憶を失うまえの私なのだろうか。単純な好悪ですら違いがでるのならば、より複雑な思考にも違いが出てくるに違いない。以前の私が恋心を抱いていた人に今の私が会ったとしても心が動かされることはないかもしれない。今の私は何者なのだ、と思わざる得ない。ただ、こうやって頭を抱えてる姿を妹たちは「姉ちゃんだ、姉ちゃんだ」といってくれるのがせめてもの救いだと思う。


 田島さんに呼び出された場所はの△市歴史民俗産業資料館の事務所だった。田島さんの家と私の家とのちょうど真ん中くらいに位置していたし、田島さんはここでシルバー人材として受付の仕事をしているからちょうどいいらしい。仕事の邪魔にならないか心配したら「あんまり人がこないところだから」と電話の向こうで笑っていた。市の施設で稼ぎがなくともやっていけるとはなんだか「それでいいのか?」と思ってしまうが、かといってなければないで困るのだろう。

 田島さんはUFO研究家という肩書きだったが、本来の仕事は市役所の観光課で働いていて、△市の観光推進や郷土史をまとめる仕事をしていたらしい。そして定年退職後、シルバー人材として受付として働いている。よくよく考えたらUFO研究家で食べていけるほど世の中、UFO研究を必要としていないのかもしれない。むしろ歴史民俗産業資料館の方が税金を投入してでも存続させなければならないものなのだろう。

 △市歴史民俗産業資料館の外観はお寺のようにみえた。

 説明書きによると幕末、△市がまだ藩だったころに建てられた武徳殿(武道場)で、保存状態がよく景観と建築様式が珍しいとのことで国登録有形文化財として登録してあるらしい。なるほど建物を維持存続させるために資料館として使っているのかもしれない。中は木造で暗くライトが古びた内装と様々な展示物、資料を照らし、床には年季の入ったカーペットが敷かれており、入口には入場無料と書かれた立札があった。

 受付の窓口の方から「おはようございます」と挨拶される。「あの……田島精一郎さん、いらっしゃいますか?」と学生証をみせながらいったら「おお! 黒咲さんですか。お待ちしておりました」と挨拶したお爺さんが声を上げ、「こちらへどうぞ」と事務所の方に案内された。そして古びたソファに座らせられお茶をだされた。

 田島さんは人の良さそうなお爺さんで髪はすでに額から頭頂部までなく、肌には染みが多かった。色白な人だが若い時はよく外に出ていたのかもしれない。年齢は六七歳らしいがそれより少し老けた印象を受ける。

「どうぞ、どうぞ」と興奮しているのがわかる。瞳は老人というよりも少年のようにキラキラと輝いていた。

「それでUFOにさらわれたときどうでした?」

「それが……記憶がないんです」

「えっ……UFOに連れさらわれた五年間の記憶がですか?」

「いえ……それ以前の記憶も」と私は自分が発見されたときの状況や医者に診断されたことを語った。田島さんは必死にメモを取りながら私の話を聞いていた。

「では肉体に発信機のようなものを埋め込まれた形跡もない」

「レントゲン、CT検査などもおこないました。拉致監禁され暴行を受けた形跡がないか調べていたみたいですが……」

「それはそれは……なにもなくてよかったです。では、身体は健康そのもので記憶だけがすっぽりとなくて、肉体的にも容姿も一七歳のままですか。着ていたものまで当時のままで劣化がみられなかった……」

「おかしな話ですよね。五年経っているというのにです。今、二十二か二十三歳らしいんですけど、そうはみえない。そして記憶喪失といっても、こうやって話している以上、一般常識的なものは覚えているんです。勉強したことも。徳川家康が江戸をつくったとか、水平リーベ僕の船とか、sinθcosθtanθ(サインコサインタンジェント)とか……しっかり覚えている。でも自分や友人、家族のことをそこだけすっぽり抜け落ちたように忘れている。それでなにか手がかりのようなもの。いや、そもそも前例はあるのでしょうか?」

 田島さんは眉間に縦じわを走らせ目を瞑って考えていた。いや、考えているというよりはいうべきか、いわないべきか悩んでいるふうにもみえた。

「なんでもいいんです」というと田島さんは躊躇いながら口を開いた。自論なんですが、と前置きして「UFOは宇宙人の乗物と妖怪のような怪異としての二種類あると思うのです」そんな突拍子もない話を始めたことに私は狐につままれたような感覚があった。

 ようは宇宙人にさらわれて精神的なショックから記憶喪失になったのではなく、浦島太郎のように異界に連れていかれて記憶を取られたのではないか、そしてそこは時間の進み方がこの世界とは違っていたのではないか、ということらしい。宇宙人がさらったのだとしたら身体のどこかになにかを埋め込まれるとか実験されたとかいう話はあるが、時間を飛び越えるという話は聞かない。だが、怪異ならば記憶も時間も説明がつし前例も多くあるらしい。まさかUFO研究家から妖怪談義が聞けるとは思ってもみなかった。

「なるほど」

 だが一考の価値はあるかもしれない。身体的になにかしらの暴力的行為を受けたわけではないと医学的には検査されたわけだし、精神的なダメージにしては未知だが、妹たちの言動から推測すれば行動は以前と変わらないらしいから強烈な精神的な暴力も受けてはいないのではないか。

「そうそう!」

 私は頭のなかを一通り整理したのち、ここに来ることになったきっかけを思い出した。

「UFOの映像があると聞いたのですが」

「ああ、それなんですが……電話で泥棒があったといいましたよね。泥棒が映像を強引に盗んでいったのです」

 私は呆気にとられた。

「オカルト雑誌MUの記者を名乗ってやってきました。以前にもインタビューを受けたことがあるので素直に承諾したのがいけなかったのかもしれません。もう少し疑うべきでした。そいつらはふたり組できました。一応、ボイスレコーダーを隠して声を録音しました。海外ではUFO研究家は自衛のために隠し撮りをするらしいんですが、隠しカメラは高価で。ボイスレコーダーなら安価ですしね。ああ、ボイスレコーダーは今は警察が捜査の参考にということで預けていますが……おかしな話をするかもしれませんが、そのふたりの顔をみたはずなのに覚えてないんですよ。覚えにくいというか平均的な顔すぎて印象に残らないというか」

 顔をみたが覚えられない? そんなことあるのだろうか。

「じゃあ、宇宙人という説も否定できないんじゃ……」

「そうです。なにかしらの組織が証拠を隠滅してるのではないか、と」

「でも五年間、映像は保存されていた」

「そうです……もしかしたら黒咲さん、あなたが帰ってきてなにか組織にとって不都合なことがあるからUFOの映像を奪いにきた。そして、私が持っていた映像データだけじゃない。UFO研究家仲間にみせた映像すら紛失するか、壊れていました」

「その映像はどういうものでした?」

 語気が強くなる。それに重要なことが映っているはずなのだ。

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