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3話 『そうだ!取り立てしよう!』後編

騒ぎを起こした2人の客が会計を終え、店の外に出たのを確認してから、ソニアと女将さんがカウンターに戻ってきた。


「お見事。美しい投げだったよ」


「ありがと。『一本』てやつだった?」


ソニアが目を大きく開いて得意げに聞いた。どうやら柔道の概念もいくらか伝播しているらしい。


「ああ。素人目に見ても間違いなく一本だよ。しかし、バッサリ終わらせるんだな」


女将さんが割って入って来る。


「ああやって暴れる奴等はまだいいのさ。それより、騒ぎに乗じて食い逃げする奴等がたまに居て、そっちが問題でね。そんなに店員も多くないから、ああいうトラブルが起きると目が届かなくなっちゃうのよ」


鷹峰は話に納得し、コクコクと頷きながら言った。


「なるほど。騒ぎが大きくなる前にケリをつけたいってことですか」


「そういうこと。ただでさえツケがたまってて火の車なのに、食い逃げまで出ちゃ堪らないからね。ソニアちゃんみたいに格安で信頼できる用心棒が居て大助かりよ」


状況を理解しつつ、鷹峰の脳裏に一つの問題点が浮かび上がった。ソニアは用心棒として価値のある仕事をしているが、自分はどうやって食い扶持を稼げばよいのだろうか。


ソニアのような武術の心得は無いし、人に出せるような料理の腕もない。サラリーマンとして鍛えたビール注ぎと、会計担当くらいしかできそうにない。あとはせいぜい皿洗いとジャガイモの皮むき担当が限界だろう。


ソニアが鷹峰の悩み顔に気付いて聞いた。


「なに心配顔になってるの?」


「いやぁ、俺はどうやって食い扶持を稼ごうかとね」


ソニアと女将さんが同時に目線を上にあげて考える。ソニアが言った。


「金融屋って言ってたわよね」


「ああ。預かった金で投資したり、金を貸したり、場合によっては取り立てたりって仕事」


鷹峰はそう言って、ハッと気づいた。


「そうか、取立をやってみるか」


鷹峰の意図を理解できず、二人が鷹峰の顔を覗き込む。


「今言ってたツケ、その回収をやらせて貰えませんか?」


酒場の閉店後、鷹峰とソニアは女将さんからツケの台帳を見せて貰った。


鷹峰が台帳を見てまず驚いたことは、数字が見慣れたアラビア数字であったことだ。女将さんが言うにはこれも日本人の影響で、この世界全土で数字はアラビア数字が使われているらしい。また、文字も平仮名に近い体系で基本的には一音一字とのことだった。と言っても、現時点の鷹峰に読めるものではないが。


ツケ台帳は綺麗な表になっていた。項目の説明を聞くと『顧客名、住所、職業、ツケ発生日、ツケ総額』を表しているということだった。


「へぇ。初めて見るんだけど、結構たまってるんだねー」


ソニアが物珍しそうに声を上げる。金額の大小を無視して、単純な客数だけを数えると、個人とグループを合わせて300組に届いていた。


「片っ端からってのは効率が悪い。選別しないとダメだな」


女将さんが聞く。


「どうやって?」


「そうですね。まず、残額はあるけれど最近は払いの良い客、ご新規様をよく連れてくる客なんかは除外した方がいい」


「なんで?」


ソニアの質問に鷹峰が答える。


「どっちも今後店に金を落としてくれるからだ。ツケの請求に行くってのは、いくらか嫌われること、つまり今後来店してくれなくなる可能性を考慮しないといけない。だから、店に金を落とす客は避けたほうが無難だ」


「なるほどね」


「嫌われ覚悟って点を考えると、ご近所様も止めた方がいいでしょうね。妙な噂を立てられると商売に影響がでますし」


鷹峰はそう言いながら帳簿をめくる。


「ちなみに、フェンって通貨の金銭感覚が分からないんですが、例えばさっきのエールビール1杯って何フェンですか?」


女将さんが答える。


「エール1杯300フェンだよ」


鷹峰は日本「円」の金銭感覚に極めて近いと感じた。


「参考までに聞きたいんですが、この国の普通の成人労働者の収入ってどれくらいですかね?」


「職にもよるけどねぇ……。うーん、この辺りだと宮仕えの若手で年300万フェンに届くかどうかってトコじゃないかねぇ」


「なるほど。ちなみに、1年って何日ですか?」


ソニアが答える。


「ルヌギアだと……、ああルヌギアってのはこっちの世界の名前ね、こっちだと1年は15ヶ月で455日だね。そっちはもう少し短いって聞いたような」


「ああ。俺の元居た世界は12ヶ月の365日だからな」


宮仕え、つまり公務員みたいなものだろう。公務員の若手で月収20万フェンということだから、通貨の価値としては、「円とほぼ同じ」といった感覚で良さそうだと鷹峰は思った。さらに帳簿をめくりつつ考えをまとめる。


「さて、さらに絞ると。金が無いと現段階で分かる客なんかも当然除外ですね。回収に行くだけ無駄ですから。例えば、住所がスラム街なんてのは諦めた方がいいでしょう」


ソニアと女将さんが鷹峰に先を促すように納得顔で頷く。


「で、残った返せそうな客で狙いどころなのは2パターン。まず1つ目はツケが評判上よろしくない人々。セレブで見栄っ張りな人達や、法人ですね。あ、『法人』って通じますかこっちでは?」


鷹峰の質問に女将さんが首をかしげながら答えた。


「仕事を請け負うグループのことよね。魔族がそういう言い方をするって聞いたことはあるけれど、人間社会だと『ギルド』って言葉を使うのが一般的かしらね」


「なるほど。では、公共性の高いギルドや、お堅いところとの取引が多いようなギルドはアリかもしれませんね。で、もう1つは返せるけど返す気の無い奴ですね。喧嘩に自信があったり、後ろ盾があったりって奴。これはソニアが捻じ伏せられる相手なら回収できるかもしれません」


それを聞いてソニアは少し不満顔を浮かべる。


「何よ、私が協力する前提なの?」


「大臣さんに面倒見ろって言われたんだろ。っていうか、最低限、場所だけでも案内してくれないと俺だけじゃ無理だ」


「ちゃんと分け前はくれるのよね?」


「もちろん」


ソニアはニッと歯を見せて笑った。ありがたいことに、合意に至ったようである。


「それじゃあ、その条件にあうモノに印をつけとくよ。この帳簿に乗せてるのはどれも中長期でタチの悪いツケだから、回収できたら3割あんたらの取分ってトコでどうだい?」


取立の実務に関わったことはないが、意外と高率の手数料を提示されたように感じる。だが、鷹峰は報酬感覚に自信が持てなかったので、アドバイスを貰えないかとソニアに視線を向ける。


「いい話だと思う。私は取り分1割で昼間なら付き合ったげる」


しばらく酒場に居候する以外にアテもない。ついでに小遣い稼ぎができると考えれば、鷹峰に断る理由は無かった。

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