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続・甦る惑星(惑星ラウル対シグ人)

作者: UROSHITOK

 ⑴

 この世に存在する全てに終わりがあるのか。

 地球の生物には、必ず死をむかえる。

 ある星に、ある生物が存在すると仮定しても、生が有るところに、死が存在するのが自然である。

 無生物にも、同様に変化がある。

地球も、太陽に飲み込まれて、いつかは滅びるであろう。

 それ以前に、地球の生命は滅びる。

 太陽は、天の川銀河系にある。

 天の川は、巨大な銀河である。

 巨大な銀河の中心には、ブラックホールが存在する。

 ブラックホールは巨大な質量と密度と引力を有している。

 その引力は、周辺に存在するあらゆる物質を、引き付けて、吸い込む。

 星々はもちろんのこと、光さえも吸い込む。

 あらゆる物質を取り込みながら、質量と密度と引力を増加している。

 やがて、ブラックホールは、全ての物質を吸い込み、星は消えてゆくのか。


 個々の人間の死は、永遠の意識の暗闇に落ち込むことで、ブラックホールに落ち込む星と似ている。

 人間の死は、よみがえることが無いであろう。


 ソンブレロ銀河に存在する一つの太陽ベルガには、21個の惑星がある。

 その中の一つの惑星シグには、知的生物が住んでいる。

 シグは多くの国に分割されていて、それぞれの国は独自の文化を持っていた。

 その中で、シューは最強国であった。

 シグは比較的に小さな惑星である。

 資源には限りがある。

 エネルギーにも、限りがある。

 エネルギーには、不滅の法則もあるが、形態は変化する。

 放射能を出すエネルギーは、生物に有害である。

 化石エネルギーは、大気や気温を変えてゆく。

 地下に埋没されていた、太古のエネルギーが解放されると、現状の大気や気温を、太古の方向へと変えてゆく。

 そうして、次第に、シグは、住み難い星となっていった。

 シグ人にとっての、使いやすいエネルギー源は、減少していった。

 彼らは、活路を求めて、多くのテーマに取り組んだ。

 その中の一つが、宇宙であった。


 ⑵

 惑星ラウルの生態系は、シグのそれとは、大きく異なっていた。

 まず、生態の基盤である水そのものが異なっていた。

 シグの水は、地球と同じH2Oであるが、ラウルの水、ラウ水には窒素と炭素が多い。

 ラウルの生物体内の水も、ラウ水である。

 ラウ水の成立には、永い歴史がある。

 太古の時代、ラウルにも、シグと似た文明があった。

 その時代のラウ水はH2Oであった。

 当時、ラウルの文明は、化石エネルギーの大半を使い果たし、放射性エネルギーをも使いすぎていた。

 大気は、炭素と窒素を多く含み、放射能にあふれていた。

 その結果、気候も変動し、多くの生命と生命種は死に絶えた。


 知的生命種の末路は、多くの場合は似ているかもしれない。


 永い歴史が流れ、

 突然変異を繰り返し、

 変化してゆく環境に対応した、ある種の生物が生き残った。

 そのラウルの生物は、さらに永い時を経て、彼等だけの、完全な生態系をつくり上げた。

 その生態系を乱すもの、の存在を許さない生態系であった。

 その範囲内で、多数の生物種が存在する。

 大気は浄化されていた。

 

 同じ太陽系の惑星シグ人は、近い惑星ラウルに、希望を繋ごうとした。

 二つの惑星の悲劇が始まるかも知れない。

 

 ⑶

 シグ歴XX14年、シグの強国シューは、小型の有人宇宙船を送り込んだ。

 無人探査機等で、それなりに調査をした後での行動であった。

 全シグの注目する中で、ラウルの地上に降りた三人の飛行士、一人は残り、二人は探索に向かう。

 二人は、緑の茂みに向かう。

 小型カメラが、その周囲を写し、録画し、宇宙船へと送信する。

 突然、映像が途絶えた。

 待機していた宇宙船の飛行士には、原因が分からない。

 シュー当局は、慎重に敏速に対応する。

 残った宇宙飛行士を捜索に向かわせた。

 二人の映像が消えた茂みまで向かったが、それ以上の深入りは、当局の指示でひかえた。

 だが、消えた二人は戻らない。

 一人の宇宙飛行士だけが、シグのへ帰還した。

 そして後、ラウルの調査は、さらに慎重に進められることとなった。

 より分析能力を備えた人工衛星が、ラウルの上空を旋回する。

 試験行動を伴って。

 そして導かれた結果は、次のごとくであった。

 ”二人は、ラウルの生物に抹殺された。

 ラウルには、肉食生物は居ない。

 生物採取に対しては、異様な反応を示す”

 である。

 

 重要な問題となったのは、この異様な反応である。

 ラウルの生物種は、動物と植物と微生物であった。

 だが、この三種類には分類し難い傾向もある。

 すなわち、この三種類は可逆的に動く場合がある。

 多様な生体が、時には分離し、時には融合する。

 個々の細胞が、あたかも化学反応のごとく、激しく行動する。

 この反応は、自らの生態系を脅かすものに対して起こっている様に観察された。

 そして、その侵入者を抹殺する。


 動物は植物を食し、微生物は、動物の糞や死骸を食し、且つ分解する。

 ラウルにおいて、その完全な生態系は、それとは異なる生態の侵入を排除することによって、成り立っていた。

 

 ⑷

 シグ人が、ラウルで活動するためには、この生態系を壊す必要がある。 

 シグ人が、先ずとった行動は、一部の地域に特定区を造り、徐々に領域を広げようとするものであった。

 そうして、生物の存在しないと判断した、ラウルの砂漠地帯に、小ドームを建設した。

 そして、10人のシグ人が駐留した。

 ラウ水を掘り起こし、分解し、シグ人に適合した水、を作成した。

 地下から採取したラウ水、ここにラウル生物の存在は無かった。

 ラウ水の一部は、惑星シグの研究機関へと送られた。

 小ドームの周辺で、数種のシグ野菜を栽培し、シグの家畜も育てた。

 全てが順調に推移し、一年が経過した。

 惑星ラウルは、シグ人に大きな希望を抱かせた。


 シグ野菜が花を咲かせた。

 紛れ込んでいたらしい蝶の卵が育ち、羽化し、成虫となっていった。

 黄色い羽根の蝶は、シグ人達を喜ばせた。

 しかし、危険な兆候であった。

 そんなわけで、より遠方へ飛び立たない様にと、ドーム内に確保した。


 しかし、悲劇は突然に起こった。

 シグ野菜の花粉が、砂漠を越えて、ラウル生物の生息地まで飛散した。

 そして、シグ人の目をくぐり抜けた、一匹のシグ生物の蝶も、ラウルの草原に舞い降りた。

 ラウルの生物は、異種生物の到来を感知し、励起した。

 結果は、迅速だった。

 蝶は言うに及ばず、一個の花粉に至るまで、消滅された。

 花粉の飛来方向を辿り、砂漠で、シグ人の居留するドームを発見した。

 彼らは、総合的に破壊体制を取り、居留するシグ人と、ドーム施設を、跡形も無く消し去った。


 恐るべし、ラウルの生物。

 シグ人に、激しい脅威をもたらした。

 この、ラウル居留計画を実行した当局に、非難が集中した。

 計画は練り直されなければならない。

 

 ⑸

 一方、シグでは、放射能廃棄物質の廃棄場所が飽和しつつある。

 豊かさは、消滅しつつある。

 だが、ラウルには、新天地としての、豊かな未来があるのではないか。

 シグ人が、ラウルに移住することが可能なのか。

 だが、現実は、

 ① ラウルの生物には、全く触れてはならない。

 ② ラウルの生物を、完全に抹殺していなければならない。

 のである。

 ①は不可能である。

 ②も、現状は、不可能に思われた。

 そして、数年が経過した。


 ある日、シグの研究機関で、ラウ水を調べていた若い研究者が、嘆いた。

 「誰かが、ラウ水を捨てたらしい。この容器の中にあるのは、只の水だ。捨てたラウ水の代わりに、シグの水を入れたのだ」と。

 困った青年は、上部に報告し、ラウ水を捨てた犯人の捜査が始まった。

 その結果、この研究機関は重要な機密を扱う機関であって、不審者の侵入は不可能と判明した。

 疑われたのは、むしろ、若い研究者自身であった。

 彼の名はセラ、もちろん、彼自身には、身に覚えがない。

 外部にも、内部にも、不審者が居ないとなると、考えられることは、ラウ水そのものに問題があったのか。

 セラは、問題の容器内の水を、最新の分析器を使って、さらに、綿密に調べた。

 そして、シグの水と異なる、僅かの差を見つけた。

 それは、この水に含まれる空気中の窒素と炭素の量が、僅かに、シグの水より多いことであった。

 つまり、ラウ水は、何らかの作用によって、分解していたのであった。

 そして、窒素分子と炭素分子を分離した。

 その一部の、窒素分子と炭素分子は、空気中に飛散することなく、水中に残存していたのである。

 この事は、重大な意味を持っていた。

 なぜならば、ラウルの生物は全て、ラウ水で潤っている。

 そのラウルの生物の、ラウ水を水に変換すれば、ラウルの生態系は崩れると思われる。

 

 ⑹

 セラの報告に基づいて、ラウ水を、通常の水に変えるべく、調査研究が始まった。

 必要な量のラウ水が、ラウルの無生物地帯から、シグの調査研究機関に運ばれた。

 電気通電を初め、様々な薬品によるテスト、温度変化、果ては、放射線照射等が行われた。

 色々な方法があった。 さらに実用的な方法が検討される。


 セラには、いつの間にか、普通の水に変化していた過程が、気になっていた。

 その問題の調査を受け持った。

 そして、シグに於けるラウ水の環境が、ラウルに於けるラウ水の環境と異なることに注目した。

 その中で、惑星シグの大気は、浄化されたラウルの大気と大きく異なっていた。

 シグの大気には、微生物を含んだ埃が多くあった。


 セラは、自分自身の、所属する研究室の空気を採取し、培養した。

 多くの微生物が確認されていった。

 その一つ一つを、ラウ水に混入した。

 そして、数種の黴菌かびきんに効果が見られた。

 取り分け、黴菌Bには。顕著な効果が見られた。

 ラウ水に混入した微量の黴菌Bが、速やかに、普通の水へと、変えてゆくのであった。

 さらに詳しく調査した結果、黴菌Bの放出する特有の酵素の作用に、起因していたのであった。


 「これだ!」と、セラは、指を鳴らした。

 「このカビを、ラウルにばら撒けば!」

 彼は、機関の上部に、報告した。

 そして、カビB(黴菌B)に関して、本格的な調査と研究が始まった。

 シグ人の運命をかけて。

 結果は、意図する良い方向に向かっていた。

 カビBは、惑星シグに生存する人畜に無害であった。そして、ラウ水を食べて増殖する。


 さらに多量のラウ水が、シグに持ち込まれ、多量のカビBが培養される。

 多量のカビBが、多数のカプセル弾として、準備されてゆく。

 ラウルの生物を、完全に抹殺する大計画であった。

 この計画は秘密裏に進められた。

 世論の中の、反対意見を避けるためであった。


 ⑺

 そして、XXXX年、カビBカプセル弾が、惑星ラウルの、全地域を網羅して打ち込まれた。

 カビBは、ラウルの大気を覆いつくして、生体、非生体を問わず、ラウ水が存在する箇所へと浸透していった。

 カビBは、増殖していった。

 ラウルの生物は、次々と死んでゆく。

 これは、ラウル生物のラジカル細胞対、ラウ水で増殖するカビBから生じる酵素との、戦いであった。

 急激に消滅してゆくラウ水、ラウルの生物には不利である。

 ラウルを回るシグの人工衛星は、その状況をシグの当局へと送信してゆく。


 ラウルの生物はは減少してゆく。

 ラウルで約1ケ月が経過したころ、一つの不思議な現象が、ラウル上の人工衛星から、シグへ送られてきた。

 それは、これまでとは異なった生物が、ラウルで見つけられた、と言うことであった。

 生物学者達は、その生物を、豊富な栄養を得て生長し、異体化した、カビ菌Bのキノコである、と結論づけた。

 数か月後、海や河川、湖沼や地下水に至るまで、ラウルからラウ水は消滅した。

 ラウルのネイティブ生物も消え去った。

 そして、遂に、シグ人のラウル居住計画が本格化していった。

 多くの有用な、動物と植物の種類が移される。

 注意深く、計画的に、新天地が作成されてゆく。

 シグ人の希望に満ちて。

 更なる朗報も、もたらされた。

 カビBによるキノコが、栄養源に満ちた食料でもあること、が確認されたのだ。

 次第に、シグからの移住者が増えてゆく。

 

 ⑻

 そんなある日、最初にドームを建設した砂漠の近くの、巨大化したキノコの林の中から、現れたものがあった。

 裸体のシグ人の男であった。

 彼は、名乗った。

 「私はフラーです。フロンティア10のメンバーです」

 フロンティア10とは、最初にラウルの砂漠で生活をしたメンバー10人のことである。

 彼らは全員、ラウル生物の攻撃を受けて、消滅し、死亡した筈であった。

 だが、多くのシグ人が、彼を確認した。

 全シグに驚きが走った。

 そして、衝撃は、それだけで終わらなかった。

 次々と、消滅していたシグ人が、姿を現してきたのであった。

 彼らは、一様に裸体であった。

 姿を現したシグ人は、全部で12人、ラウルで行方不明になった全員であった。

 彼らは、不明直後からの記憶を失っていた。

 気が付いた時には、裸体で、キノコの林にいた、と言った。


 この不思議な現象を、シグ人学者達は次のように説明づけた。

 ① まず最初に、ラウルの生物によって、彼等シグ人の身体は、バラバラに、細胞レベルまで分解させられた。そして、ラウルの生物の細胞に取り込まれた。これは、彼等の栄養源とはならない。

 ② カビBの攻撃を受けたこの細胞は、防御の体制をとる。

 ③ 同じ遺伝子を持つ、シグ人の細胞は分離し、互いに集結する。

 ④ 一方において、ラウル生物の細胞は死滅する。

 ⑤ シグ人が復活する。

 この推論を証明するためにも、復活したシグ人の全員が、惑星シグへ移送された。

 セラの勤務する、あの研究機関であった。

 そこには、多量のラウ水も保存されている。

 

 ⑼

 「やあ!フラー、君か」

 「俺だよ、セラ」

 二人は、同年配、友人でもあった。

 セラの所属する研究室、椅子に掛けながら、話はつづく。

 「奇跡の生還だな」

 「全くだ。色々と聞かれるが、俺にはさっぱりだ。わけがわからないよ」

 フラーは頭を掻きながら、照れくさそうに言う。

 「体調は、どうだ」

 「普通だ。ソリオとシレが、医療機関で検査中だ。ところで、この室内も湿っぽいな。やはり、カビBで満たされているのか」

 「そうなんだ。ラウル生物に対しての、防御システムだと考えてくれ。しばらくは我慢してくれよ」

 「そうだろうな。ところで、カビBを、どうやって見つけたんだ。君は、シグ歴史上の英雄だぜ」

 「それはだな、こうだよ」

 セラは嬉しそうに、得意げに、カビBの有効性の発見経過を話した。

 「ラウ水が無ければ、ラウル生物は生存できない。そのラウ水も、もはやラウルには無いと言ってもいいだろう。シグには少しは保存されているが。作成も可能だがね」

 「この施設にも、ラウ水は、あるのだろう」と、フラーが興味深げに聞く。

 「もちろん、あるさ」

 「見てみたいな」

 「あの廊下の、奥の部屋にある。カビの無い、無菌室だ。関係者以外は、入室禁止だ。たとえ、君であってもね」

 「そうか。それは残念だ」

 「サンプル程度なら、そこにあるがね」

 セラは、ガラス戸棚の中に置かれている、1リットルの密閉ガラス容器を指さした。

 「なるほど、外見は、水とそっくりなんだな」

 「君がラウルでも扱っていたものさ」

 「ところで、私はここで、何を調べられるのかな」フラーが聞く。

 セラが答える。

 「君の血液等を調べるだろうね。検査は明日だ。体内の窒素と炭素の含有量等だろうね。今日は、旨いものを食べて、ゆっくりと寛いでくれ」

 「了解した。ラウルでの食事には飽きていたんだ」

 「君の部屋へ案内するよ」

 二人は、研究室に近い居室に行く。

 「テレビもある。これは携帯電話機だ、僕へも、直接連絡できる。警備員へも連絡OKだよ。じゃ、僕は帰宅するよ、食事ももうすぐ来るだろう」

 「ありがとう」フラーが応えて、二人は別れた。


 ⑽

 セラの寝室である。

 電話が鳴る。

 目覚めたセラ、時計を見る。深夜の2時であった。

 誰だ、こんな時間に、と。彼は、電話をとった。

 「セラ、さよならだ。もうここへ来るな、逃げろっ」フラーの声である。

 「どうした、フラー、何が起こったんだ」

 「簡単に言う。奴らは生きている。俺の体の中に。深夜に眠った、俺の脳を支配し、サンプル入りのガラス容器を破壊した。俺の片腕は消え、霧状になって、ラウ水貯蔵庫へ向かっている。目覚めている俺の脳も、もうすぐ支配されるだろう」

 「室内のカビBはどうした。彼らは、動けないはずだが」セラには、信じられない。

 「彼らは、俺達シグ人の細胞と結合して、カビBへの耐性が出来ているのに間違いない。ラウ水があれば増殖するぞ。シグに有る全てのラウ水を、今すぐ分解しろ。・・霧がやってきた・・」

 声が途切れた。

 「フラー。おい、フラー」

 呼びかけたが、返事はない。

 セラは激しいショック。だが、行動は敏速で無ければならぬ。

 セラは、ラウ水を保管する全機関へ連絡した。フラーの直面している状況を伝えて。

 「ラウ水を、分解しろ」と。そして、ラウ生物の脅威をも。


 惑星シグに衝撃が拡がる。

 直ちに、ラウ水の処分が実行された。

 ラウル生物の増殖は、抑えねばならぬ。


 ⑾

 フラーと、当直の研究者二人と、警備員二人が連絡不能、不明となっていた。

 ラウルで再出現した、フラー以外の11人は、厳重に隔離された。

 セラの勤める研究機関は、周辺を含めてパニック状態であった。

 やがて、周辺の住民も、次第に、その機関周辺から遠のいて行く。

 大混雑も起こるが、取り分けて有効な手段も見いだせないまま、時が経過して行く。

 

 ある日、セラが一人、意を決して、その研究機関へ近づいた。

 どうしても、内部の様子が気になっていたのだ。

 こっそりと、窓際に近づいた。

 内部で、低く、ゴーゴーと、音が鳴っていた。

 緊急用の自家発電機の音であると、セラには、すぐ理解できた。

 建物の窓から見える室内を、セラは覗いて行く。

 警備員室、事務所と、誰もいない。

 だが、応接室に、誰かがいた。

 フラーであった。

 以前よりも、痩せている。

 セラに気づき、片手を挙げた。両腕があった。

 

 そして後日、周辺に住む人達は、セラが居なくなったのに気づいた。

 彼が何処へ行ったのか、誰にも分らなかった。

 だが一週間後、彼は戻ってきたのだ。

 彼の知名度は高かった。

 彼は語った。

 「私は、私の勤める、研究機関へ様子を見に行ってきた。姿を消していると伝えられていたフラーと二人の研究員、それに二人の警備員は無事でした」

 「これまでの間、あなた方は、何をしていたのか」報道機関が説明を求める。

 「ラウル生物と対話をしていた。彼らに危険性は無い」

 噛み締めるように、セラは言う。

 「危険性はないって、その根拠はなんですか」当然の疑問を聞かれる。

 「説明は、不可能です。だが、やがて理解されると思います」

 セラは答える。

 沈黙が流れた後、一人の男が発言した。

 「私は、ラウルのキノコの森から生還した人達を、検査した機関の責任者ですが、彼らには異常が発見されませんでした」

 発言者は、医療エキスパートのレイであった。

 「フラーの発言は、どの様に解釈されるんですか」と、報道記者が聞く。

 「彼は、何も覚えていません。夢遊状態であったのでしょう」

 と、セラが言った。

 

 ⑿

 疑いと混乱、全シグ人が揺れた。

 時を経て、揺れの振幅は次第に小さくなっていった。

 しかし、一つだけ、大きな変化があった。

 二つの惑星、ラウルとシグ、その間の往来が禁止されたのである。

 ラウルにとっては、一方的な、シグからの通告であった。

 ラウルに移住したり、調査に当たっている人達にとっては、驚きのことであった。

 その理由を聞いても、なぜか、明確な返答はえられなかった。

 

 しかたなく、今やラウル人となったのかも知れないシグ出身の人々は、彼らだけのユートピア建設に取り組むこととなった。

 シグから持ち込んだ多くの植物は、ラウルの大地に根付き、家畜や鳥や魚、果てはペットも増えていった。

 移住者達は、病んでいた惑星シグに、残していった家族等を、呼び寄せたかった。

 だが、現状は不可能であった。


 時は過ぎ、シグの科学力を継承する、新ラウル人の技術力は整って行った。

 シグとの交信による、情報交換も可能であった。

 セラとフラーも、シグでの重要ポストに就いていた。

 ラウルからの、人的往来の要求も強く、時を経ても止まる気配は無い。

 

 遂にある日、ラウル人の代表として、カルフが、交信相手であるフラーに通告した。

 「我々は、宇宙船でシグに乗り入れる。理由の曖昧な、往来禁止令には、最早我慢出来ない。場合によっては、トラブルも辞さない」と。

 「待てっ」

 フラーは、強く返答した。

 「近日中に返答する。これを無視すれば、軌道上で、宇宙船を破壊するだろう」と。

 「納得出来る、返答を期待する」と。

 もとより、戦闘を避けたいカルフは応じる。

 「今度こそ、良い回答をしてくれ。争いを避けるためにも」

 そして、日数が経過する。

 やがて、フラーから、返信があった。

 そこには、驚くべき内容があった。


 ⒀

 フラーからの返信

 

 惑星ラウルの代表者 カルフ殿

 

 往来禁止令を発してから、すでに15年が経過しました。

 もはや、この問題を曖昧に放置することは、不可能と実感します。

 何故、往来禁止となったのか、その理由を明らかにしたいと思います。

 これは、全シグ人の同意を得ての内容である、と理解して下さい。


 あなた方、ラウルの住人が、故郷シグへ帰郷往来したい気持ちは、自然であり、十分に理解されています。

 では何故、往来を禁止せねばならなかったのか。

 その理由は。

 結論を申しますと、今やラウル人となった、あなた方シグ人の、純粋な血筋を守るためです。

 さて、15年前、私を含む12人のシグ人が、カビBの作用による、キノコの惑星と化したラウルのキノコ林から、現れて生還しました。

 シグでの検査では、彼らには異常が見られなかった。とされていました。

 実は、異常がありました。

 私自身、シグに帰還して、シュー国の、セラの勤める機関で、検査を受けることとなりました。

 検査を受ける前夜、機関の一室で、ラウルの生命体が、私の体内で生きていることに、気づいたのです。

 彼らは、保管中のラウ水に気づき、活動を始めました。

 しかし、彼らは悟りました。

 もはや、ラウ水が用を為さないことに。

 カビBによって、彼らの細胞は、シグ人の細胞に、密かに同化してのみ、生き延びられる存在に成ってしまっていたのだ。

 彼らは、私に話しかけてくる。

 私の中から、私に話しかけてくる。

 これは、自問自答に似ていた。

 自問自答に似た会話は、概ね以下の様な内容でした。


 「シグ人は、我々ラウル生物を滅ぼした。シグ人の一方的な暴挙である。君はこれを、どう思うのか」

 「シグ人は、ラウル生物が、知的存在であると、理解していなかった」

 「我々ラウルの生命体には、シグ人の理解するような、知性は不必要であった。今は、君と同化しているから、君と同様の知性が使える。シグ人の考えでは、知性の無い生物は、滅ぼしてもいい、と考えるのか」

 「惑星シグには、我々シグ人以外に、知的生物はいない。これまでのシグ人は、それらの生物を、都合の良いように利用してきた。

 実際のところは、生態系を破壊してきたのだ。

 生物連鎖も、コントロール出来ていないのが実情である。

 惑星シグでは、環境・エネルギー・食料などでも行き詰っている。

 シグ人達は、この星を脱出することを試みた。

 その対象が、惑星ラウルであった」

 「ラウル生物には、大変な迷惑だ。シグ人達は、決して許されることのない犯罪を犯したのだ」


 私の中のラウルの生命体は、怒りと悲しみに満ちていた。

 私は、何ひとつ、返答できなかった。

 私の中のラウルの生命体は、私に語る。

 「我々の細胞は、永い歴史を経て進化した。そして、満足すべき状態を得ていたのだ。

 野蛮な生物であるシグ人達が、それを破壊したのだ。

 我々は、シグ人達を。このままにしておくべきではない、と考える」

 「どうしようもない」

 シグ人である私は、半ばヤケッパチに応える。

 「ヤケッパチになる必要はない」

 ラウルの生命は応じた。

 「君は選べば良いのだ。現状の延長線上にあるシグか、あるいは理想郷であるシグか、を」

 「当然、理想郷を選ぶ」と。

 私、フラーは、即座に答えた。

 「それならば、我々を受け入れなさい。我々は、自然環境やエネルギー問題や食糧問題で、行き詰って滅びた前世紀のラウル人とラウル生物の苦しみを継承するものだ。我々の細胞の中に、そこを生き抜いた知恵が凝集されている」と。

 

 私、フラーは悩んだ。

 ラウル生命体の、細胞を受け入れることは、惑星シグの生態系バランスを、彼らに任せることに他ならない。

 あらゆるシグの生命体に、彼らの細胞が組みこまれることでもある。

 既存のシグの生命体が変化する。

 そして、現状の従来型が、消えてゆくことでもある。

 

 さらに、もう一つ、重要な問題がある。

 キノコ林から生還した12人に同化した、ラウル生命体細胞。

 彼らは、シグ人の細胞内で増殖する。

 私の体内の彼らは、今のところは大人しい。

 しかしながら、彼らが、その気になれば、彼らの細胞は、全てのシグ生命体へと、拡散する。

 それを止めることが可能なのか。

 私の中での彼らは、常に、私の思考すら、監視しているかもしれないのである。


 このままでは、シグの未来は無い。

 私は、自分の中の、ラウル生物に質問した。

 「我々はどうなるのだ。君たちの言いなりか」

 「そうではない。これまでと、ほとんど変わらない。生態系を危うくする行為に対してのみ、我々ラウル細胞の思考が働き、シグ人達の行動をコントロールする。それに加えて、我々の細胞と同化したシグ人は、放射能等の悪環境にも強くなる」

 生態系を、徹底的に重視して生まれたラウル生命体細胞は、シグ生物の内部にあっても、その活動を維持しているのか。

 「そうなのか」

 私の心は大きく揺れました。


 極めて困難と想定し得る、体内のラウル生命体細胞の除去。

 シグ環境対策の特効薬ともなり得る、ラウル生命体細胞。

 だがしかし、その特効薬には、マイナス面がある。

 これまで培ってきたシグ生態系を、終わらせることとなるのだ。


 私、フラーの心は、悩みの中で、ラウル生命体細胞を受け入れる方向に傾きつつありました。

 研究機関に閉じ込められたシグ人は、私を含めて五人居ました。

 あの最初の深夜に、私の異常に気が付いて現れた当直の二人の研究者と、二人の警備員が、気化した私の片腕のガス体に曝されて、ラウル生命体細胞に感染しました。

 彼等四人は、私と同様に、自らの体内の、ラウル生命体細胞と対話していました。

 彼らの思いも、私とほぼ同じでした。

 ラウル生命体細胞を受け入れること、でした。

 少なくとも、我々五人には、ラウル生命体細胞が入っている。

 そのことが、大いに関連していることは否めませんが。


 我々は如何に行動すれば良いのか。

 我々の意見に対して、シグ人社会は如何に反応するのか。

 パニックも十分に予想される。


 彼等、ラウル生命体細胞は、今のところは大人しく思われる。

 しかし、その気になれば、彼らは気化し、シグ惑星の生命体に感染し、増殖し得る。

 彼等は、私達シグ人の意思を、いつまでも尊重し得るのだろうか。


 そんなある日、セラが表れました。

 我々の会合を怪訝に思うセラに、我々は全てを話したのです。

 ラウル生命体細胞を体内に持つことを、自覚した我々五人と、ラウ水とは早期に関りを持っていたセラとが、話し合いました。

 我々は、何度も何度も話し合いました。

 そして結論を出しました。


 その結論とは、少なくとも当分は黙って行こう、でした。

 これが、パニックを避ける唯一の方法であろう、でした。

 言い換えれば、シグ人に、ラウル生命体細胞を感染させても良いだろう、でした。

 ラウル生命体も、我々の細胞が無ければ、生きて行けないのです。

 これは二つの、異なった生命体系の、共存共栄でも有ります。

 我々が、ラウル生命体との共存に反対した場合は、彼らの生命体の保存本能が、我々に良い結果をもたらすとは思えない。

 積極的な共存策がベストでしょう。

 そうして、十五年前の、セラの会見が行われたのでした。


 ラウルで発見された十一人は、全員解放されました。

 そして、多くのシグ人は、ラウル生命体細胞に感染してゆきました。

 感染したシグ人を含めて、大多数のシグ人達は、それを知りません。

 我々が、それを知らせる必要が無いと判断しています。


 さらに、それから十五年。

 新シグ人達は、豊かな教養人の如く振舞いつつあります。

 自らの振るまいを、自問自答しつつ。

 住環境は目に見えて好転してまいりました。

 山、河川、海等から、また集落や町々から、ゴミや廃棄物が減ってゆきました。

 エネルギー資源の使い方も、さらに節度あるものとなりました。

 惑星シグでは、全てが良い方向へ進んでいると確信しています。


 しかしながら、

 あなた方、純粋にシグ人の血を引く人々には、シグ人だけの遺伝子による理想郷を建設していただきたいのです。

 これは、ラウル生命体と同化してしまった,新シグ人である私達の願いです。

 シグ人を、滅び去った生命体としたくないのです。

 あなた方がシグに来れば、間違いなく、ラウル生命体細胞に感染するでしょう。


 以上で、往来禁止の意味するところを理解していただきたく、送信いたします。


 ⒁

 以上が、長文の、フラーからの返信であった。

 カルフは、読み終わった後、建物の外の出た。

 すでに真夜、であった。

 自然に満ち満ちた景観、晴れわたった星空があった。

 ソンブレロ銀河が、中天で広がり、南西の空へ流れてゆく。

 銀河の中心から離れた星や、遠い星雲も、濃く、あるいは薄く、天空で、自己主張をしている。

 南東の空に、ひときわ明るい星がある。

 惑星シグである。

 故郷の星である。

 彼は、ベンチに坐した。

 永い間、その星を眺めていた。

 いつの間にか、頬を涙がつたっていた。


  2021.9.2(改完)

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