巣を襲う猫
もの食わぬ事で生きていく生き物がいない事は日本国も猫の本も同じでありますれば、やはり食い気というものは如何ともし難いものであります。
腹を空かせれば虫が鳴きますし、それが続けば命を落としましょう。なれば眼前の馳走に目の色を変えてしまうのも、生き物としましては無理からぬ事と存じます。
金客という猫も、食というものに貪欲な気性でありました。
金客は気ままに猫の本中をぶらりと歩く旅猫で御座います。それは、国中の美味を知る旅。これから道中のどこかで一宿しまして、かねてよりの憧れでありました都に入ろうかと計画しておりました。間も無く年も明けようという時期に御座います。都はといえば、普段に増しまして活気のある事でしょう。
そして今は丘の上。穏やかな気候をその茶色い毛並みに受けて、そこらで獲りましたネズ公に舌鼓を打っているのであります。雲もまばらな青空の下を見渡しませば、それはたいそう美しい景色が広がっております。日頃、食とは景色からであると考える金客に相応しい場と言えましょう。
見ると、その景色の中に一つの屋敷がありました。金客の口では表せないほどの美しさであり、周りを埋める青から浮き上がっているようであります。実を言いますとそれは釈迦の屋敷。人里離れた奥地にて、猫に囲まれているので御座います。
しかし、ほほぅと目を奪われたのがいけませんでした。ついつい首を長ぁく伸ばしてその屋敷を眺めておりましたところ、前脚が滑り今まさに食べようとしたネズ公取り落としてしまったのであります。あぁ、なんとも猫の手。両の前脚でかっちりと持っておりましても限界はありました。
ネズ公は丘の上から勢いをつけましてコロコロコロリと転がり落ちます。なんともまあ見事な回転でありました故、猫である金客の脚でもそうそう追いつく事ができませぬ。
あれよあれよと転がりまして、運悪くそこにぽっかり空いておりました穴に入っていってしまいました。小さな穴で御座います。奥まで日の光が届きませぬ。深い穴で御座います。奥の方を見れませぬ。
しかし金客は慌てる事なく、その穴にすいすいと潜り込みました。狭く深く暗い穴ではありますが、何せ猫でありますから。
猫の瞳は暗がりにありましても光を失う事はありませぬ。狭い穴の中を何にもぶつからずに潜る事など、金客には朝飯前なのでありました。ちょうど朝飯を追いかけているところなのであります。
しばらくすると開けた場所に出まして、もう身を屈める必要もなくなりました。そしてなんと、もう落し物を探す必要すらなくなってしまいました。なんと、そこは鼠の集落。見渡す限り猫が視界に入りまする猫の本に於きまして、数少ない鼠安息の地で御座いました。
金客の落としましたネズ公の頭はそこらに転がっておりましたが、もう目もくれるはずがありません。目の前にはご馳走。金客は舌なめずりを致しました。
逃げ惑いまする鼠たちは、少しでも狭い隙間へと入り込みます。しかし、猫の体は見目よりも遥かに狭い隙間に入り込める事を知りませんでした。辺りでも最も狭い隙間に逃げ込んだ久蘇といいます若鼠だけが、どうにか身を隠し隙を見て逃げられたのでありました。
金客はその日そこに一宿しまして、たいそう深い眠りについたのであります。朝起きたら、丘の上から見た屋敷を目指そうかと考えておりました。ここから八日かけ、金客は都入りする事となるので御座います。