草を食む猫
皆様知っての通り、猫の本は非常に猫が多い国で御座います。いつか話した通り、人間よりも猫が多いという程に。
しかし、既にお察しの方も居られるでしょうが、猫以外の動物もそれはそれは多く済んでいるのであります。例えば牛や、猿や、虎や、兎や、そして犬も居ります。
たまには、犬の話も致しましょう。猫の本にあっても珍しい、猫と仲の良い犬であります。とても悲しくありながら、とても忠義に厚い犬コロの御話し。
それは、とある犬と猫のお話であります。犬の名前は忠兵衛といい、猫は八吉といいました。その二匹は大層仲が良く、いつも連れ立ってお散歩をしておりました。
ある日の散歩中、忠兵衛が一声鳴きました。
「ここ掘れワンワン」
「どうした忠兵衛、藪から棒に」
「いいから掘れよ」
八吉が忠兵衛の言う通りにその場を掘ると、なんととても香ばしい鰹節が出てきたのであります。犬と猫の共同作業。
二匹は、その日の夜にこの事を話しました。
「そりゃあもう、旨いのなんの。忠兵衛、よく見つけてくれたよ」
「よしねぃ、なんとなく匂いがしただけだ」
それを聞いた金角という旅猫は、その二匹を酷く羨ましく思いました。それほどまでに、その鰹節は美味しそうだったのです。
「おい忠兵衛! 俺にも寄越せよ!」
翌朝、まだ日も登る前の事。金角は忠兵衛の所へと赴きました。暗がりの中にあっても、猫の瞳に支障はありません。
「掘る場所を教えてくれよ!」
「急に言われても……」
困る忠兵衛でしたが、どうしても鰹節が食べたい金角が無理矢理に連れ出しました。山の中、森の中、至る所に忠兵衛を連れ出し、彼方此方で穴を掘るのです。しかし、どうしても鰹節は出ません。
「おい! 鰹節は何処だ!?」
「そんな事言われても……」
これに腹を立てた金角は、ただでさえ膨れている体を更に膨れさせて旅路を行きました。しかし、その際に一つ嫌がらせをしていったのであります。忠兵衛と八吉の鰹節を、庭先に埋めてしまったのです。
その事に二匹が気が付いたのは、もう金角が居なくなった後でした。何処へ行ったとも分からない鰹節を思い、二匹は撫で肩を落とすのでした。
「まさかこんな事になるなんて」
「酷い事をするなぁ」
今から掘り起こしても、土塗れで食べられた物ではありません。削り節は土と混ざり、もはや肥料となってしまったのであります。
二匹は酷く落ち込み、その日は日課の散歩を致しませんでした。いつもの寝床の木下で、二匹で暖かく眠りに付くのであります。
そして、その翌日。
「おい、起きろ忠兵衛!」
忠兵衛は、八吉のそんな声で目を覚ましました。
「見ろよ大変な事になってるぜ!」
まだ日も登り切らない内から大騒ぎする八吉にうんざりとしながら、忠兵衛は尻尾の指す方向に目をやります。なんと面倒と思っていた忠兵衛ではありますが、そちらに目を遣れば成る程確かに驚くべき事態なのでした。
其処には、大量の猫草が茂っていたので御座います。
「なんだいこれは!?」
見れば、どうやら鰹節が埋められた場所を中心に草の背が高くなっている様なのです。二匹は、自然と鰹節が猫草になったと考える様になりました。
二匹はその草を食み、仲良く暖かいお昼寝をしました。猫は一日の殆どを寝て過ごします。其処に食べ物があったなら、なんと幸せな事でしょうか。犬である忠兵衛は連れに付き合い、ゴロゴロと喉を鳴らす八吉を抱える様にして眠っておりました。
しかし、やはり皆様は御察しでしょう。この幸せは、長くは続きません。事は、翌朝に起きました。
「おい! 起きろ忠兵衛!」
「なんだい、またかい……」
ゆっくりとお昼寝をしていた忠兵衛ですが、二度目となれば無視はできません。ほわほわと定まらない頭に鞭を打ち、どうにかゆったり八吉について行くのでした。
ついて行けば、成る程八吉の慌てようも納得いこうというもの。そこには、昨晩まで確かにあった猫草畑がなくなっていたので御座います。
二匹が原因を探し回りましたところ、どうやら村に住む大丸翁が刈り取ったらしいのです。猫にとっては嬉しい食べ物でも、人にとっては雑草と見分けがつきませんでした。
気が付いた時には、既に焼かれて畑の肥料とされていたのです。
二匹はすっかり意気消沈。ずっと食べ放題だと思っていた猫草は、もう何処にもありません。これからは飢える事のない生活であると思っていた矢先の出来事であります。
意気消沈してしまった二匹は、今日のお散歩は辞めておきました。はぁっと吐き出したため息が、目の前の畑から撒かれた灰を動かします。ほんの僅かに、とても静かに。
お昼寝は、二匹の気分に反してとても気持ちの良いものでありました。一陣の風が髭を揺らし、心地の良い香りを運んで参ります。
「おい! 起きろ忠兵衛!」
「今度はなんだい」
最早慣れてしまった問答の後に、忠兵衛は八吉に連れられていきました。
其処に見えるは、昨日までのそれとは比べ物にもならない大猫草でありました。背丈は忠兵衛の鼻先から尻尾までを合わせても尚足りず、一房食むだけでも一苦労と言う程に御座います。
忠兵衛が匂いを嗅げば、辺り一面に灰埃を感じます。昨日の風に乗った灰によるものでありましょう。そんな訳ですから、二匹は自然とその灰が猫草を咲かせたのだと考える様になりました。
大丸翁は大層不思議がり、毎日猫草を刈り取りました。しかし、何度繰り返しても翌日には新しい草が生えるのでした。二匹の幸福は、二度と脅かされないので御座います。
枯れ木に花を咲かす事のない、草を生い茂らせる灰のお話であります。或いは皆様のよく知るそれとは異なるやもしれませんが、それも仕方ありますまい。既に聞き飽きた事とは存じますが、やはりこの場は猫の本。彼らは犬と、猫でありますから。




