旅を続く猫
後ろ暗い人間や思惑のある人間というものは、往々にして報われはしないもので御座います。むしろ、思ってもみない人間こそ、何かと運が向いてくるものでしょう。
これから話すのは、正しくその様な事で御座います。ほんの少し不思議な猫の、とても愛らしい不運。或いは全てが上手く運ばれたかもしれない、欲をかいたお話なのでありました。
そこは、とある村外れ。人のほとんど寄り付かない森の一角に、鬼の集落がありました。鬼は大変平和に暮らしており、しかしとても退屈していたので御座います。
そんな折り、その集落を訪れた猫がおりました。この猫の本では特に珍しくもありませんが、風の向くままに土地を回る旅猫で御座います。
名を、赤介といいました。名前の通り赤土の様な毛色をした、随分と毛並みの良い大猫であります。
鬼達はとても退屈しておりましたので、しばらく見なかった客猫に大層喜びました。普段はそんな事などしないというのに、歌を口にして踊り出す始末。歓迎の様に見えるその様は、実の所ただの暇つぶしなのでありました。
「いや皆様方、随分と舞達者の御様子。これは手前も負けてはおれません」
鬼の踊りをいたく気に入った赤介は、鬼に混ざって自慢の猫舞踊を披露致しました。この赤介、今は旅猫をしておりますが、実は大変育ちが良い。猫とは申しましても、多少の心得はあるのであります。
「それ! 此れなるは道々屋仕込みの猫舞踊! ちょいと御邪魔させて頂きたく御座る」
これに気を良くした鬼達は、自分が踊るのも忘れて赤介の踊りに釘付けであります。あれよあれやと捲し立て、とうとうその場にいる全員が赤坂の御客となりました。
「おやおや、皆様御気に召した御様子。手前の相棒、右前脚のノミも、今宵ばかりはいつもより高く飛んでおります!」
鬼達は間の手を挟み、赤介はたっぷり四半刻も踊り続けました。流石に脚が四つある猫でも太腿が震え始めましたところで、漸く御開きとなったので御座います。
「おい、待ちな猫さん」
赤介が集落を後にしようかとしたところに、鬼の中の一人が声を掛けました。
「明日も此の時間に来ねい。それまで、その相棒を預かっとくぜ」
そう言うと、鬼は赤坂の体から一匹残らずノミを取ってしまいました。不思議な事ではありますが、鬼が腕を振るうとその他の中に大量のノミが握られていたのであります。
「いやあ、それは困った。そいつは長年連れ立った友ですので」
「返して欲しくば、明日も同じ時間だ」
さてさて、これに赤介が困ったのかと言えば、全くそうではありませんでした。猫の体に住むノミという虫は大変煩わしいものであり、それを取り戻す為にわざわざ踊る猫などいる筈がないので御座います。
長年連れ立った相棒などというのも、つまりは赤介の洒落。ノミと仲が良い筈などありますまい。なにせ、猫でありますから。
赤介は鬼の集落を後にして、いつも気ままな旅路に戻りました。鬼の事など覚えてもおりません。当然、猫とはそういうもの。気ままであり、気分屋であり、気高く、気品に溢れ、それでいてうっかり屋でもありました。
「赤介さん、何処へ行っていたんだい?」
そう赤介に声を掛けたのは、旅仲間の湖兵であります。湖兵は、山道で逸れた赤介を、それなりに探し回っていたので御座います。
「なあに、大した事はないさ。ちょいとノミ落としをね」
「赤介さん、ノミ退治に成功せたんで!?」
湖兵は大層興味を持ちました。それもその筈。なにせ、ノミの退治は湖兵の悩みの種なのですから。
「おうよ。しかし、大した意味はないらしい。見ろよ、もう新しいノミが付いてしまったぜ」
「ああ! 意味がない!」
湖兵のノミが付いてしまい、赤介の右前脚には新しい相棒が居付くのでした。
そんな話をしている内に、二匹の旅路は進みます。やがてノミを取るのは無理だと諦めた頃には、鬼の事などすっかりと忘れてしまっていたので御座います。
さて、これで困ったのが当の鬼達。
唯一度の楽しみに収めておけば丸く済んだものを、まさかノミなど質にしてしまったものだからもう大慌て。逃げ出したノミが鬼の懐に入りまして、集落中の鬼がノミ被害に悩まされる事となったのであります。
「おい! これはどうするんだ!」
「落ち着け! 明日にゃ猫に返すもんだ!」
明日まで明日までと言い聞かせる鬼達ですが、赤介はもう集落に来る事はありません。「ああ、今日もノミがちょっと痒いな」などと申しながら、いつもの様に旅路を行くのであります。
明日も踊らせようなどと欲をかいたばかりに、鬼達はノミ被害に遭ったのであります。なにせ、此の場は猫の本。猫をいい様に使おうなどと考えれば、必ず罰を受けるのです。
来る事のない赤介を待ちながら、鬼達はずっとノミ退治に追われるのでした。




