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柿を食う猫

 争い事と申されますと、やはりどんな世の中にも必ず存在するものと存じます。それは、詰まるところこの猫の本に於いても同じ事で御座います。


 そこは、とある片田舎。山奥に生えた大きな柿の木に、一匹の猿が住んでおりました。名前を九葉(ここのは)といいます。


 この九葉、大変な猫嫌いでありました。どれ程かと申しますと、柿の木からも殆ど降りない生活をしているの程であります。それ故に人里離れ、出来る限り猫のいない山を探しました。この場が猫の本である事を思えば、それは大層な苦労であります。

 そんな九葉が木の上でいつもの様に柿を食べていますと、この世で最も聞きたくない声が聞こえて参りました。言うまでもなく、猫の声で御座います。


「ちょいとお猿さん、柿を一つくれやしないかい?」


 滅多と猫のない山奥と言いましても、稀と全くの意味は異なります。極々稀の更に稀、しかし猫が訪れる事もあるのでありました。

 その猫の名前は鬼青(きさお)。野良にしては随分と小綺麗な、気品のある大猫で御座います。


「柿が欲しいなら他を当たんな」


 九葉はそんな事を申します。取りつく島もないとはこの事でありましょう。

 九葉が猫を嫌う事になったのは、ごく最近の出来事であります。一年も経たない程度の昔、年初めのその日の事でありました。釈迦如来の屋敷へ用のあった九葉ですが、いざ屋敷へ辿り着くと門前で返されてしまったので御座います。

 理由は、屋敷の部屋は猫が埋めていた為であります。端から端まで猫猫猫。その瞬間まで犬嫌いとして生きてきた九葉は、その瞬間に猫嫌いへと転身いたしました。その様な訳でして、九葉は猫を視界に入れたくない程に嫌っているのであります。


 そんな九葉の態度を鋭敏に感じ取った鬼青は、困り顔をしながらもくるりと四つの踵を返して背を向けます。猫にしては随分と素直な対応でありました。なにせ、この場は猫の本。猫が多くおります故、変わり種もまた多くいるので御座います。


「失敬」


 たった一言それだけを言ったきり、鬼青は背を向けてしまいました。九葉にはもう二度と顔を合わせないだろうと思われ、そんな態度がどうにも腹が立ったのであります。手頃な、まだ青い柿を一つ手に取り、ちょいと投げつけてやろうかと振りかぶりました。


「おい、お前ぇ何やってるんだ」


 嗚呼なんと、鬼青とは別の猫が木を登っていたのであります。当然、木を登る事など朝飯前でありました。なにせ、猫でありますから。

 その猫の名前は、浦吉といいます。元々は漁村住まいでしたが、成り行きで鬼青と一緒にいる茶トラであります。


「……いいや、なんも?」


 九葉は手に持つ渋柿を下ろし、明後日の方向を見て誤魔化します。猫の隙をついて柿を投げつけるなど、どうにも出来そうではありません。


「ほうほう、そうかい。ところで柿を貰ってもいいか?」

「いや、まあ、構わん。一個持ってけ」


 決まりが悪く、手頃な丁度いい柿を浦吉に差し出します。その柿を持った浦吉は、揚々とした足取りで鬼青の後は続きます。


「何をしているんだい、君は」

「なぁに、ちょいと柿を貰ってきただけさ」


 軽く言葉を交わす二匹の背中を見て、九葉はもう一度柿を持ち上げました。ただ、二匹は足を止めて、九葉の方を振り向くので御座います。猫の耳は、小さな音も聞き逃しませんので。

 九葉は手を下ろし、小さく舌打ちを致します。もう、投げて当てられる距離からは離れてしまいました。


 かくして、猫と猿の争いは、もう少しのところで避けられたのであります。皆様ならば察せられた通り、このままでは大変な大事になっておりましたので、とても幸運であったと言えましょう。

 後に残るのは、不貞腐れた猿が一匹。誰一匹、傷ついた者はおりません。

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