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共に行く猫

 皆々様に於かれましては、恐らく平穏な日々をお過ごしかと思われます。なにせこの場は猫の本。のっぴきならない事態にあって、それを差し置くような場所ではありません。もしも皆様の中に何かしらの心掛(こころがかり)がありますれば、ここより先はそれを済ませてから読まれるのが良いでしょう。


 さてしかし、いくら平穏無事な猫の本に於きましても、そこで暮らす者には何かしら悩む事があるものであります。久方振りに登場します海辺の浦吉も、ここ何日かの間に一つ悩みが増えました。


「腹が空いてかなわん……」


 港の男衆が申すところによれば、どうやらここ何日か不漁が続いておりました。漁で取れた雑魚などのお溢れにあずかっておりました浦吉にしましては、およそ捨て置けぬ大事(だいじ)であります。

 きうきうと音を立てる腹は休まる事を知らず、起きている間のほとんどは餌を求めて彷徨っているのでありました。いやしかし、そればかりで腹が満たされるほど甘くはないのが野良であります。この場が猫の本と申されましても、そればかりは変わらぬ世知辛さで御座います。


 いやしかし、ならば仕方なしとする事などできましょうか。当然、この不況にあってただ寝ている事などできません。それが、浦吉をはじめ、この村で過ごす猫達の総意でありました。


「いやぁ、困った困った」


 浦吉が食べ物を求め彷徨っておりますと、村長(むらおさ)の大介爺さんが腕を組んでおりました。この大介爺さん、何か厄介がありますとこれ見よがしに腕を組んで困ったと口にするのであります。近頃ではこれがあまりに煩わしいと、村の者は知らぬ顔をする様になりました。

 しかしこう見えても歳の甲と言いますやら、村で唯一人猫と言葉を交わすものですから、浦吉の数少ない人間の友なので御座います。


「大介爺さん、今日はどうしたね」

「おお、浦吉か。丁度良かった」


 大介爺さんはあたかも今気が付いたという風ですが、浦吉は自分が近付いた時からずっと細目で見ていた事を知っております。


「実はな、山向こうに鬼が出ると村の若い者が騒いでいるのだ。このままでは漁にも手が付かんので、お前ちょいと見て来てくれやせんかね」


 この大介爺さん、厄介事はいつも誰かに頼むのであります。やれ腰が痛い、膝が痛いと、なんでも煙に巻こうとするのでありました。

 しかし浦吉、決して抜けてなどおりません。それはそれは我儘にして強かにして厳か。何せ猫でありますから。


「おいおい、ただで働かせるつもりなのかい? 爺さんは暫く話さない内に、猫の遣い方を忘れてしまったらしい」


 そう言われてしまいましたは、大介爺さんも何もしないわけにはいきません。渋々では御座いますが、懐からゴソゴソと何やら取り出します。


「こいつを持ってきな。大切な甘味なので、大切に食べなさい」


 それはいわゆる黍団子(きびだんご)。勘のいい皆様ならばすでにお気付きでしょうが、これもまた皆様方のよく知る物語に類する話に御座います。そうなりますれば、やはりこの後に浦吉が何をするのかも明白というもの。この話、快く受ける事のなりました。


 さてさて、この後の浦吉。やはり皆様が思いました通り、何匹かの獣と会うので御座います。


 初めは犬。いやはやしかし、いち早くその気配に気が付きました浦吉といいますと、それはそれは不快そうな顔をして踵を返してしまいました。犬と出会う事を嫌ったので御座います。何せ猫でありますから。

 その次は雉。しかしどうして、今度はその雉に爪を立てようとするのであります。鳥は食べ物。何せ猫でありますから。

 最後には猿。いやしかしやはりと言いますやら、浦吉は威嚇の声をシャーとして追い払ってしまうのでした。浦吉は、キーキー煩い輩が大嫌いなのであります。何せ猫でありますから。


 実の所この三匹、山向こうのとある屋敷への用向きでありました。もしも浦吉に出会わなければ、間も無く顔を合わせて連れ立つ筈でしたが、こう散らされてはそうもいきません。三匹には非常に残念ではありますが、三匹の用には間に合いませんでした。

 やはり、この場は猫の本。儘ならぬ事は大変多く御座います。


 そうして団子を一つも失わずに山向こうへと来た浦吉は、さて件の鬼は何処(いずこ)かと辺りを見回します。しかしなんとも、鬼の姿などいようはずもありません。何せこの場は猫の本。いるのは猫と、相場が決まっております。

 さて、そうしますと手持ち無沙汰となります浦吉。黍団子を食みまして、日当たりの良い石の上へとチョンと転がりました。


「なんとも面倒。いやしかし、これで団子をせしめたとあっては儲けか」


 これに味をしめました浦吉は、また大介爺さんから何か貰えはしないかと考えを巡らせます。なんともずる賢い事ですが、何せ猫でありますから。

 いや、この浦吉、猫の中でも特別ずる賢いのでありました。


「もし、少し宜しいか」


 浦吉が何か良い考えはないものかと思っておりましたところに、そのような声が掛かりました。そちらを見ますと、何やら大変気品のある猫が座っていたのであります。


「手前は道々屋の鬼青と申す者。失礼だが、この辺りに覚王山という場所はありませんか」


 浦吉は道々屋というものを聞いた事がありませんでしたが、その気品漂う態度が大変気になりました。

 勘の良い皆様ならば既にお分かりかと存じますが、この物語の“鬼”とは鬼青の事で御座います。道に迷い、道を聞いて回るうちに噂となり、その名前を聞き違えた誰かが鬼であると伝えたのでありました。

 当然、そんな事を浦吉は知る由もありません。知らぬままに、鬼と話すのでありました。


「覚王山ならすぐそこだ。猫の脚でも一日とかからん」


 覚王山とは、釈迦に所縁のある土地であります。普段は恐れ多く近寄る事も憚られますが、猫にもよく知られた名所でありました。


「……良ければ案内(あない)致そう。道中の暇も潰れよう」


 その猫から溢れる気品からただ猫ではないと判断しました浦吉は、恩を売る事は自らに利すると考えたのであります。非常にずる賢い。何せ猫で……いや、浦吉でありますから。


「覚王山へは如何な故あっての事だろう」

「なに、そう大層なものではありません。釈迦如来様の計らいで、明日の朝一番目から数えて十二番目までに屋敷を訪れた獣には特別な褒美が貰えると聞きましてな。俗な手前はそれ目当てに遥々ここまで来たというわけでして」


 その言葉、浦吉には捨て置けぬものでありました。なんと褒美を。ここ何日か腹を空かせている浦吉にとって、食べ物はいくらあっても困りません。


「なるほど、なるほど、ならばお供致そう」


 鬼青は自らを俗であると申しましたが、浦吉もまたそうなのでありました。

 余談ではありますが、この二匹の猫は猫の本に於いてとても有名となります。また、それに伴いまして、この猫の本で迷い人が多い事の原因である何匹かの猫の内の二匹となるのですが、それはまたの機会に話すと致しましょう。

 おや、もう話した? それは失礼致しました。

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