9 強襲! ブラックドラゴン現る……!
「ブラックドラゴン……」
日を背に受け、輝くその姿は漆黒の竜。
王都へと向かって来ていると聞いたブラックドラゴンが、こちらへと飛んできていた。
――確かに俺の背後には王都がある。方角的には間違っていない。
だが、赤く輝くその瞳は、どうにもこちらを凝視しているような気がしてならない。
「……いや、まさかこの距離で、こっちを見てくるわけ……、ないよな?」
などと呟き、不安を解消しようとする間にも、ブラックドラゴンはドンドン距離を縮めてくる。
そのまま俺の頭上を通過し、王都へ向かうのだろうか。
とも思ったが、どうにもそうは見えない。
ブラックドラゴンの瞳は俺をロックオンし、こちらへ向けて高度を下げてきているような……。
「絶対こっちに来てる!?」
遅ればせながらにそう悟った俺は、腰掛けていた岩から飛び降り、猛ダッシュ。
森へ逃げ込もうと後ろを振り向けば、大口を開けたブラックドラゴンが、こちらへ急接近してくるところだった。
「ヒィィィイイイイイイイイイイイイ!」
俺は叫び声を上げながら、ひたすら森の中を走った。
ジャンボジェットが墜落してきたかのような急降下を目撃し、心臓が限界まで縮み上がる。
ブラックドラゴンは落下の勢いに任せてこちらへと迫るも、森の木々を倒しているうちに勢いが衰え、着地。その後は足を使って追走してきた。
巨大な牙を供えたジャンボジェットが、木々を薙ぎ倒しながら、こちらへ接近してくる。
「ハァ……ハァ……、くそっ……、もう体力が……」
必死に逃げていた俺であったが、慣れない体のせいもあり、意外にあっさりと体力の限界を迎えることとなってしまう。
激しい息切れと目眩、脚が痙攣し、うまく走れない。
それでも、ある程度距離を離すことには成功していた。
ブラックドラゴンは木が生い茂る森の中で飛ぶことができず、走って俺を追いかけていたため、途中から速度が出せなくなったのだ。
俺はフラフラになりながらも、塔の様に巨大な木の陰に身を隠すようにして、体を預けた。
激しく脈打つ鼓動の音を聞きつけて、俺を探し出すのでは……。
あり得ない。そう分かっていても、呼吸の乱れが静まることはない。
胸に手をあて、息を整えようと必死になる。
このままではいつか追いつかれるし、見つかってしまう。
なんとかしなければ――。
「……そうだ、餅だ。餅で身代わりを……作れば」
思いついた策。
それは固有スキルの餅を使って、自分の身代わりを作ってやり過ごすという方法。
残された時間はあとわずか。
迷っている暇も、代案を探す時間も無かった俺は、即座に身代わり作りに取り掛かった。
餅っと念じ、手のひらから餅をひねり出す。
あらん限りの力を込め、餅を膨らます。出すのと同時に、人型へと成形していく。
「なんか、実物より数倍デカくなっちゃったな……」
出来上がったそれは不細工な上に、俺の十倍くらいの大きさがあった。
まあ、つきたてホカホカ感があり、ツヤツヤのプリプリで旨そうではある。
炊きたてのような甘い米の香りと、ほんのりと湯気が立ち上る姿はなんとも食欲をそそる。
俺が出来上がった特大偽まるもっちーを見上げていると、ブラックドラゴンがドガガッと辺りを破壊しながら駆けて来る音が近づいてくる。
俺は慌てて巨木の陰に隠れた。
身を隠すのと同時に、背後の木々が倒され、特大の咆哮と共にブラックドラゴンが姿を表す。
そして、大きく開いたアギトを特大偽まるもっちーへと向け、喰らいついた。
餓えに突き動かされるかのような、衝動的かつ野生的な動きでひたすら特大餅を食い続ける。
それ食って満足して帰ってくれよ……、と俺が心中で念じる中、ブラックドラゴンは激しい動きで餅を喰らう。
完食まで後一歩となった瞬間、ブラックドラゴンに異変が起きた。
突然、痙攣しはじめ、暴れ出したのだ。
ドッタンバッタンと身もだえし、周囲に当たり散らす。
俺は巨木の陰に隠れていたため被害を免れたが、辺りにあった木々は倒れ、周囲は無残な姿となっていく。
しばらく暴れまわった後、ブラックドラゴンは完全に動かなくなってしまった。
俺は恐る恐るといった感じで、木の陰から様子を窺う。すると――。
ブラックドラゴンは、餅を喉に詰まらせて死んでいた……。
「よくかまずに飲み込むから……」