88 謎の果物を食べた結果、とんでもない事態に……!
ほんの数秒での方針転換。それだけの不安材料を見せ付けられてしまったのだから、仕方ない。
「あ、あの、ニコルさん」と俺が話しを切り出そうとした次の瞬間、またしてもニコルさんが駆け出した。
「あ、アマインの実だ! ちょうど四つあるよ!」
「ニコルさん、じっとしてください!」
「これはね〜、熟すと凄く甘くなるんだよ。はい、まるもっちー」
「あ、ありがとうございます」
ニコルさんが身軽な動作で木から真っ赤な実をもぎ、俺に投げて寄越す。
その動きはさすが冒険者と思わせるものだったが、それまでの行動を思い起こすと微妙な気持ちになる。
俺はシモーヌさんを素早く降ろすと、こちらへ向かって投げられた三つの実をキャッチした。
「熟す前に食べると滅茶苦茶酸っぱいんだけど、熟れて食べ頃になると砂糖菓子みたいに甘いんだ〜」
「そ、そうなんですね。どうぞ、シモーヌさん。はい、ミミ」
俺は貰った実を二人に渡しながら、相づちをうつ。
「あ、すみません。ニコルさん、いただきます」
『ありがとう!』
「本当ですね。まるでお菓子みたいです」
『わぁ、あま〜い』
果実を口にしたシモーヌさんとミミが驚きの声を上げる。
へぇ、そんなに甘いのか。
こういった知識を持ち合わせているのも熟練冒険者っぽい。
だが、その前に行った行動の数々を思い起こすと、頼もしさを感じていいのか躊躇してしまうな。
ニコルさん……。
「フフ、私くらいになると触っただけで熟しているかどうかが、分かっちゃうんだよね〜」
ニコルさんは得意げに語りながら、果実をひとかじり。
「ッ!? すっぱ!!! これ、まだ熟してないよ! 超すっぱ!」
そして、口を梅干しのようにすぼめ、悶絶。
この人、一体なんなんだ……。
「だ、大丈夫ですか……」
「うう、酸っぱいよぉ……」
「あの、良かったら、これをどうぞ」
俺はまだ口にしていなかった自分の分の果実をニコルさんへ差し出した。
「いいの?」
「口直しに食べてください」
「ありがとぉおお。まるもっちーは優しいね。うう、あま〜い」
「どうしてニコルさんが道に迷ったのか大体分かってきたな……」
「ええ……」
涙を流しながら果実を頬張るニコルさんを見て、俺とシモーヌさんは頷き合った。
「よし、アマインの実を食べて元気百倍! 頑張って街を目指そう! 行くぞ、おー!」
果実を食べ終えたニコルさんは張り切った調子で腕を掲げた。
『おー!』
「お、おー……」
「ぉー……」
俺たち三人、ミミ以外は遠慮がちに、腕を掲げる。
「ど、どうするんですか。先頭で行っちゃいますよ?」
「シプレの街への方向は確認しました。そもそも街道に戻れば後は道なりに進むだけですから大丈夫なはずです」
シモーヌさんの耳打ちに、自分の予測を答える。
俺たちが進むべき方向を把握しているので、問題ないはず。
「そ、そうですよね」
「ニコルさんが怪しげな方向へ向かったら修正していきましょう」
「分かりました」
俺とシモーヌさんが小声で話し合っていると、「どうしたの、置いて行っちゃうよ?」と、ニコルさんが振り返る。
俺は慌ててシモーヌさんを横抱きにし、ミミが胸ポケットにいるのを確認すると、ニコルさんの後を追った。
………
「着いたよ〜、ここがシプレの街。今はブラックドラゴンにやられた影響でボロっとしてるけど、元は立派な街なんだよ」
ニコルさんが俺たちの方へ振り向き、得意気に街を指差す。
「つ、着いた」
シプレの街を前に、俺はほっと息を吐く。
なんとか辿り着けた。
ただ街道を進むだけだと思っていた頃が懐かしい。
自然と、この数日にあった様々な出来事が頭をよぎる。
う、思い出すと目に涙が……。
「どうしたの? あれくらいでへばっちゃうなんて、だらしないなぁ」
「ニコルさんは凄いですよ……」
いろんな意味を込めて、そう呟いてしまう。
「あはは、もう……、褒めたって何もでないよ〜」
赤面したニコルさんが照れ隠しにバシバシと背中を叩いてくる。
「いえ、ここまでありがとうございました。じゃあ、俺たちは冒険者ギルドに行くので、これで失礼しますね」
「うん、またね。困ったことがあれば、私を頼ってもいいんだよ?」
「その時はよろしくお願いします。それじゃあ」
「ありがとうございました」
『ばいば〜い』
「元気でね〜」
俺たちはニコルさんにお礼を言って別れ、冒険者ギルドを目指した。




