8 魅惑の餅ボディに隠された秘密が明らかに……!
俺はあることが気になり始めていた。それが何かといえば……。
「……召喚されてから、一度もトイレに行ってない」
移動中、腹が減れば餅を出して食い、喉が乾けば水筒の水を少しずつ飲んでいる。
非常食はいざというときのために取ってあるが、普通に飲み食いしている。
それなのに、一度も尿意も便意も覚えない。
ストレスが原因か?
それとも餅の食いすぎで、腸閉塞になってしまったのか……。
餅など、かんで細かく出来ず粘性のあるものは、大量に食べると腹の中で合体し詰まってしまうことがある。タピオカブームの際にそんなニュースを見た記憶がある。
まさか……俺も……。
「いや……、でも、どこから出すんだ……?」
こうやってゆっくりと考え込んで気付いたが、今俺は全裸だ。
真っ白な肌を大自然に晒している。スッポンポンである。
そんな状態であれば、あるべき場所に付いている、あるべきものが見えてしまったりするはずなのだが、この体にそういったものは存在しない。
乳首も無ければヘソも無い。当然股には何も付いてないし、尻にも何もない。
――だって、ゆるキャラだから。
そういうデザインなのだから、しょうがない。
こうなってくると、内臓があるかどうかというレベルで疑わしい。
「もしかしたら完全吸収しちゃうのかもな……」
そういうことにしておく。
これ以上悩んでも、答えが出そうにない。
このままでは、深みにはまって戻って来られない気がする。
そんなことを考えていると、額に汗が一筋流れた。
これも不思議なのだが、俺の体は発汗しない。
汗が出るのは顔のみ。しかも、温度とは無関係。
今、顔から汗が流れたが、これも暑さを感じて流れたわけではない。
驚きや動揺など、大きな感情の現れの一つとして、少量の汗が流れることがあるだけ。
つまり、表情の変化の延長線上として、汗をかく。なんとも不思議だ。
そういった人間の頃とは違う部分に、戸惑いを覚えてしまう。
こればかりは時間をかけて慣れていくしかないか。
「さて、目指す街はどの辺りかな……っと」
便意が無いことに恐怖して顔汗をかいた俺が今立っているのは、小高い崖の上。
一応、ルイーズさんの指差した方角に進んでいる。しかし、周囲は大自然全開で街の気配など微塵もない。
本当に方角が合っているのか自信がなくなった俺は、ルートを少し変更して高所から目的地を探そうとしていた。
はじめは人に尋ねることも考えたが、今の俺は全裸。
スムーズに会話が進むとは考えにくい。
慌てて脱出したせいで、服を貰うことを忘れていたのが悔やまれる。
それに、王都から距離を離していない状況で目撃情報が出てしまうと、追っ手がくる可能性もある。
そういったことを考え、今まで人目を避けるように移動してきた。
ルイーズさんもその辺りのことを考えて脱出する場所を選んでくれていたのか、今日まで人と遭遇することはなかった。
しかし、人と出くわさないというのは、それだけで進行方向に自信が持てなくなってくる。
少しでも安心したかった俺は高所から街を探すという選択肢を取った。
「う〜ん……、まだ見えないか……。何日か進んだら、また見晴らしがいい場所を探すしかないな」
周囲を見渡せど、街のようなものは発見できなかった。
辺りは、森やら山やら平原が織り成す大自然がどこまでも広がっていた。
ところどころに微かに見える道が、人の手が入っている証として存在する程度だ。
残念ながら、目的地はまだまだ先のようである。
「ちょっと休憩するか」
こんな所まで登ったわけだし、少し体を休ませていく。
側にあった大き目の岩に腰かけ、大福を食いながら景色を楽しむ。
青空の下、視界一杯に広がる緑を眺めながら、もちゃもちゃと大福を頬張るのは、中々に至福の時間であった。
「それにしても、ルイーズさんって、かなりおっちょこちょいな性格だよな……」
俺のことを思って色々と動いてくれたルイーズさん。
数日経って冷静になってみると、そういったイメージに落ち着いた。
勇者召喚で余計な俺を呼び出したあたりから薄々は感じていた。
そして、城から逃がしてくれたときに推測は確信に変わった。
この人はちょっと抜けているところがある、と。
ルイーズさんは、先々のことを心配して金と食料を持たせてくれた。
しかし、武器の類いはくれなかった。
その上、そのことについて何も言わなかった。
きっと、うっかり忘れていたからだ。
この数日、移動中にやばいものを見かけた俺は、ルイーズさんのうっかり具合を呪った。
何を見たのかといえば、モンスターだ。
魔物と表現すべきかもしれないそれは、小説やゲームでよくお目にかかったガッチガチの肉食系。
でっかいニワトリやら、でっかいカエルが鳥や獣を食う姿はまさしく弱肉強食。
物陰に隠れて震えることしかできなかった俺は、その時になってこれだけファンタジーな異世界なら、モンスターがその辺にいても不思議じゃないよな、と今更ながらに思った。
モンスターが件のブラックドラゴンしかいないと思ったら、大間違いだったのだ。
ルイーズさんは宮廷魔術師だ。
きっと王都の外に出るときは護衛がつく。単独で出歩くこと自体が珍しいに違いない。
その上、魔法が使える。
だから、武器を携帯するという発想が、すっぽり抜け落ちていた。
きっと俺が目的地に着いてからのことに、気を取られてしまったのだろう。
幸い、ここまでモンスターに襲われることはなかったが、心臓に負担が掛かる旅路になったのは間違いない。
そういった意味でも、この大福休憩は必須であった。
「ん、カラスか?」
しばらくのんびりと景色を眺めていると、黒い鳥のようなものが見えた。
大空を優雅に飛ぶ黒い何かは、凄まじい速度でこちらへと近づいてきていた。
というか、相当遠くを飛んでいるはずなのに、カラスサイズに見える。
これは、元が滅茶苦茶大きいからでは……。
などと思いを巡らせている間に、黒い物体はその正体がはっきりと視認できるほど接近してきていた。
それと同時に俺の顔から汗が滝のように流れ出し、止まらなくなる。
「ブラックドラゴン……」
日を背に受け、輝くその姿は漆黒の竜。
王都へと向かって来ていると聞いたブラックドラゴンが、こちらへと飛んできていた。