魔術師たちの策略
見上げると豪華なシャンデリアが、天井から落ちてくるのが確認できた。
「待って、ジェイド様!!」
マディラの叫ぶ声が聞こえる。スローモーションで迫るシャンデリア。逃げようとする私。
だめ!よけきれない!
首元のパールのネックレスが光る。それと同時に黒い影が覆い被さって──
数秒後にガラスの割れるけたたましい音が響き渡った。その後すぐに破片らしきものがパラパラと降ってくる。大広間にはたくさんの悲鳴がこだましていた。
…………あれ?私、どこも痛くない。どうして?
目を閉じうずくまっていた私は、自分が無傷であることに気付いた。しかも何かにくるまれている。
「おい!大丈夫か!?ヒスイ!!」
ジェイドが間近で呼びかけている。私は返事をしようとまぶたを持ち上げた。その時、偶然ジェイドと目が合う。鼻先が触れてしまいそうな距離だ。
うぎゃああああああああ!近い!かっこいい!気絶しちゃう!!
真っ赤になった私は、慌てて床に手を付き後ずさりした。ジェイドから少し離れたものの、心臓がバクバクして目が回りそうだ。
「わ、私は大丈夫よ!!どこもケガしてないわ!!ジェイドが守ってくれたの?」
「ああ。それにラズリ殿のお守りも力を発揮したようだ。シャンデリアは私たちに当たらなかった」
そっか。ジェイドもケガはなかったのね。良かった。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
へにゃっと気の抜けた笑顔を向けると、ジェイドはなぜか頬を染め、素早く立ち上がった。
そして混乱し騒いでいる人たちへ、大声で指示した。
「皆の者、落ち着け!今すぐじゅうたんの火を消すのだ!あとケガ人が居ないか、至急、確認しろ!」
周りの人たちは、慌ててシャンデリアから飛び散った火種を踏み潰し、テーブルから水差しを持ってきて、床へまいた。火はものの数分で消え、煙と焦げた匂い、シャンデリアの残骸だけが大広間に残った。
ジェイドの迅速な対応にみとれていた私は、起き上がって彼の側に行った。
従者たちによって窓が開け放たれ、煙が逃げていく。改めて周囲の状況を見ると、あちこちに割れたシャンデリアの破片が散らばっていた。
落ちた衝撃でバラバラになっているが、元はかなりの大きさがあったと思う。
あれが頭にぶつかっていたら、ただじゃ済まなかったわね。
ゾゾッと背筋が寒くなり、私は顔をしかめた。シャンデリアの周辺には、切り傷や転倒などで軽いケガをした人たちが見える。
この人たちは何の関係もないのに……。王位が欲しいんだか、ジェイドが嫌いなんだか知らないけど。こんなことした奴らを、私は絶対に許さない。
怒りを覚えながら入口付近に視線を送ると、女の子がうつ伏せで倒れている。おかっぱ頭の従者だ。ケガをしているのか、うめき声を上げている。
大変!早く助けてあげなきゃ!
私が駆け寄ろうとすると、どこからともなくベラクルスが現れ、「わたくしが行きます」と告げ進路を阻んだ。彼はつかつかと女の子へ近づいていく。あの子の身に危険が迫っている予感がして、私もすぐに後を追った。
「【災厄呼び】が跳ね返ってきた……?まさかあの娘に【魔術全反射】がかけられていたのか?」
女の子は苦しそうに独り言を漏らしている。さっき私とぶつかった時とは口調も雰囲気も違って、気味が悪い。
「ふふふ。自分の魔術の味はどうだ?跳ね返ってきた力が大きいせいで全身が痛むのだろう?お前はどれだけの人をその力で傷付けてきた?……この屑野郎が」
ベラクルスが女の子を見下ろして吐き捨てるように言った。ドスのきいた声に鳥肌が立つ。言葉の端々から、強い嫌悪を感じた。
「お前は、もしや」
血走った目を見開いて、女の子がベラクルスを仰ぐ。彼は不敵な笑みを浮かべ、ピアスを外した。
すると、ごつい男は一瞬にして、薄紫のドレスを着た美しい女性の姿に変化した。
「ラズリ様!」
私は驚いて師匠に駆け寄る。ジェイドとマディラ、サルファーもこちらに歩いてきた。
そうか!ベラクルスの正体はラズリ様だったのね!それでラベンダーの香水の匂いがしたんだ!
気になっていたことが解り、スッキリしていると、師匠は突然、私をぎゅっと抱き締めた。
「ヒスイ。良く頑張ったわね。本当に怖かったでしょう?後はこのわたくしに任せてちょうだい」
師匠は穏やかに言って、外したピアスを私に渡した。
やばい。ラズリ様が優しすぎて、泣ける。
とか思っていたら、ヌーマイトを見る彼女の目付きが、恐ろしく尖った。違う意味で泣きそう……。
「さあ、正体を見せてもらうわよ?」
「おい!やめろ!触るな!」
師匠は女の子の袖口から見えていたブレスレットを、無理やり奪い取って引きちぎった。
すると、女の子があっという間に、黒いスーツ姿の男に変わった。灰色の髪と鋭い瞳、危険なオーラ。
間違いない!ヌーマイトだ!!
周りに居た貴族や従者たちは、何事かと集まってくる。師匠は寒気のするような冷たい声を発した。
「ようやく出会えたわねぇ、誇りを忘れた下劣な兄様。また金貨を積まれて、くだらないお仕事をしにいらしたの?」
「俺は自らの力を生かし、その報酬を得ているまで。責められる理由はない」
ヌーマイトは師匠を睨み付け、がらがら声で言った。
「『魔術師はいかなる場合においても、他者を傷付けるために力を行使してはならぬ』──我ら特別な力を持つ者に定められた鉄の掟、忘れたとは言わせないわよ?」
「大昔の石頭共が作った、錆びだらけの掟だ。そんなもの、守るに値しない」
「お前は一回死んで、人生を赤子からやり直さなくてはならないわねぇ」
師匠がきつくヌーマイトを睨み返す。彼は唇を歪め、憎々しげに聞いた。
「……ラズリよ。なぜ俺がここに来ると分かった?」
「わたくしはお前の行方をずっと探していた。二国の未解決事件、そして王子の恋人候補たちを陥れた事件。それらが魔術によるものだと確信したから、罠を仕掛けたのよ。この舞踏会は、お前をおびき寄せるために、わたくしが国王陛下に提案したの」
「何だと……!」
「用心深いお前が、じかに標的へ手を下すとは考えられない。魔術を使って、安全な場所からヒスイを狙うことは前もって分かっていた。だからわたくしは、ベラクルスの振りをして彼女を見張り、怪しい人物を探した。……ヒスイ。ちょっと後ろを向いて」
私は言う通りにする。師匠は私のスカートを指差した。
「魔術で従者に化けたお前は、ヒスイにぶつかった時、【災厄呼び】のかかったブローチを、ドレスのリボンに付けた。ドジな新人の従者に成り済ましたのは、多少、不自然な動きをしても気付かれにくいから。また片付けなどを理由に、ここから安易に抜け出せると考えたからでしょう?」
「ぐっ……」
ヌーマイトは眉間にシワを寄せたまま口を閉ざした。どうやら師匠の推理は全部当たっていたらしい。彼女は有無を言わさぬ気迫を醸し出しながら、妖しく笑った。
「これから洗いざらい吐いてもらうわよ?お前が引き受けた悪事の数々。そしてそれを依頼した人物をね」
しばらくして、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、ヌーマイトの両手を縄で縛る。
彼は二人の衛兵に引っ張られ、フラフラと歩き出した。師匠と私、ジェイドはそれを見送る。
「あなたがヒスイ様を殺そうとしたのですね……。その上ここの皆さんを危ない目にあわせて!許せませんわ!この人でなし!」
マディラがヌーマイトに近づき、涙目で怒りをぶつける。次の瞬間、彼の瞳がギラッと光って、手首に巻かれていた縄が床に落ちた。スーツの袖の中に隠し持っていたナイフで切ったのだ。
「マディラ様!危ない!」
私は大声を上げ、マディラの手を引っ張ろうとした。しかしそれよりも速く、ヌーマイトが彼女の首に左腕を回した。
「きゃあっ!は、離してください!」
「黙れ!じっとしていないと殺すぞ!!」
ヌーマイトは怒鳴り、ナイフの刃をマディラの顔近くにちらつかせる。彼女は青くなって黙り込んだ。
「ひっひっひ。俺を上手く捕まえられたと思ったか?詰めが甘いなあ、ラズリは。『勝利を確信した時、人は最も隙が出来る』……そう昔に教えてやっただろう?」
「マディラ嬢を今すぐ離しなさい!その子はお前の標的ではないはずでしょう!」
「俺がどういう人間か、お前はよく知っているだろう?俺は何より自分が可愛いんだ。逃げ延びるためならどんな手でも使う。少しでもおかしな真似をしてみろ?この娘の綺麗な肌を、ズタズタに切り刻んでやるぞ?」
「なんて卑劣な男……!」
「この、魔術師の面汚しが!」
私と師匠は、怒って罵声を浴びせる。ヌーマイトは口泡を飛ばし、師匠に反論した。
「何とでも言え!お前より俺の方が何においても優秀なんだ!お前は俺を死ぬまで捕まえられない!永久に勝てやしないんだよ!!」




