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毒舌氷王子はモフモフうさぎにご執心!  作者: 架け橋 なな


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13/23

悲劇の王女

「大丈夫だったか?」



 ベラクルスと一緒にテラス付近までやって来ると、ジェイドが早足で駆け寄ってきた。私を送り出したものの、かなり心配していたらしい。


 ジェイドの顔を見たら肩の力が抜けて、口元が緩んだ。



「はい。ちょっと困ったことになりそうでしたが、ベラクルス様が助けてくださいました」



 もしあそこにベラクルスが来なかったら、私はあの自己中男と確実にケンカしていた。おおごとになる前に彼が止めに入ってくれて良かったと思う。



 でもベラクルスは、今のところ敵か味方か解らない。この人の動きに注意しておかなきゃ。



 私はひそかにベラクルスを見やる。彼は周囲に鋭い視線を送っていた。



「ベラクルス。私の大切な客人を守ってくれたこと、感謝する」



 ジェイドが会釈すると、ベラクルスは姿勢を正して首を横に振った。



「いえ。礼には及びません。わたくしは自分の責務を果たしただけですので。……それにしてもヒスイ嬢は、なかなか度胸がありますな。いち貴族が王族に向かって反論するのは、自らの命を危険にさらすようなもの。それだけジェイド殿下への愛が深いということなのでしょうね」



 ベラクルスは薄く笑い、冷やかすように言った。私の頬はかぁっと熱くなる。サルファーとの会話を聞かれていたと解ったからだ。



「よせ、ベラクルス。ヒスイ嬢が困っているだろう」


「ふふふ。申し訳ありません。さて、若いお二人の邪魔になってしまいますから、わたくしはこれで失礼いたします。遠くから見張りはしておきますので、ご心配なさらず」



 ベラクルスは私たちにぺこりと頭を下げてから、人混みに溶け込んでいった。それを見送った後、ジェイドは窓の方を向き、小さく問いかけてきた。



「ダンスの後、サルファーと揉めたのか?」


「ええ。まあ少しね」


「そうか。騒ぎにならなくて良かったが……頼むから無茶だけはしないでくれ。お前が傷付くようなことがあったら、私はとても悲しい」



 ジェイドは私を見下ろし、憂い顔で懇願した。大切に思われている。そう感じて、心音がまた速くなってしまった。



「解った。なるべく気を付けるわ」


「ありがとう。ところでヒスイは、何か気付いたことはあったか?」


「うん。あなたのいとこ、性格が腐ってるわね」


「……っ」



 ジェイドは急に口元を手で隠し、顔を背けた。よく見ると、声を出さずにめちゃくちゃ笑っている。



「お前は気持ちがいいほど、ハッキリ物を言うのだな」


「だってほんとのことでしょ!あの男、ジェイドの恋人だって知ってるのに、私を口説いたのよ?」


「自分に乗り換えろ、とでも言ったのか?」


「ええ」


「なんという節操のない奴。身内として恥ずかしい限りだ」


「しかも『ジェイドは王様になれない』とも言ってたわ。自分の方が財力も人徳もあるって」


「ほう。えらく断定した言い方だな」


「言われてみれば、そうね」



 あの男、王様になる自信があるみたいだった。国王の長子であるジェイドが居るのに、どうして?



「サルファーは幼い頃から王位に固執し、私を嫌悪している。もしかすると、魔術師に令嬢の件を依頼したのは、奴なのかもしれないな」


「うん。私もそんな気がするわ。あとね、もう一つ引っ掛かったことがあるの」


「どうした?」


「大臣のベラクルス様なんだけど。どうしてだか、ラズリ様と同じ香りがしたの。あの人、最近、香水をつけるようになった?」


「……妙だな」


「え?」


「ベラクルスは香水を一切つけないのだ。昔、好きな女性につけない方がいいと言われて、それを律儀に守っているらしい」


「え!じゃあ、さっきのあの人は別人!?」



 まさか、魔術師のヌーマイトだったの?



 ざわざわと胸が騒ぎ出す。私たちは大勢の人の中、ベラクルスの姿を探した。だがどこにも見当たらない。



 まずい。完全に見失ったわ。さっき私をかばったのは、油断させて魔術をかけるためだったの?それとも今、隠れて何かをしようとしてるの?



 焦りと不安で息が苦しくなる。その直後、突然、後ろから可愛らしい声がした。



「ちょっとよろしいですか?」


「ぅ!」



 背後に誰かが居ると気付いていなくて、思わず変な声が出そうになる。


 それをどうにか食い止め振り向くと、ピンクのドレスを着た、おしとやかな令嬢がにこっと会釈してきた。緩く巻かれた薄茶の髪がふわりと揺れる。胸元の宝石と、フリルが四段重ねられたスカートが、シャンデリアの光で淡くきらめいていた。



「初めまして。わたし、マディラ=ウォーリアと申します」


「初めまして、マディラ様」



 この人……ジェイドを慕ってる子だ。一体、何の用だろう?



 ぎこちない表情のままスカートの裾をつまんで礼を返すと、ジェイドが素早く私の前に立ち、マディラに一礼をした。



「彼女は緊張しているようですので、私からご紹介いたします。こちらはヒスイ。隣国の貴族で、本日は私のためにこの舞踏会へ来てくれたのです」


「そう……プレシア王国からわざわざ訪問されたのですね。このようなお綺麗な方が隣国にいらっしゃるとは、今日まで存じ上げませんでした。わたし、ヒスイ様と二人でお話したいと思うのですが、いかがでしょうか?」


「ヒスイ嬢と二人で?」


「はい。女性同士、何かと込み入った話がありますから」



 何だろう、込み入った話って。トラブルが起きそうな予感がするんだけど。



「しかしマディラ嬢。ヒスイ嬢は私が側に居なければ心細いと思いますよ?」


「そんなにお時間は取らせませんわ。ただ、どうしてもヒスイ様にお話をうかがいたいことがあるのです」



 そう言ってマディラは強く私を見据えた。頑なに私たちの前から動こうとしない。


 もし今、ヌーマイトが何かを仕掛けてきたら、この子まで巻き込んでしまうかもしれない。それは絶対に防がなくっちゃ。



 私は決心し、真顔で告げた。



「ジェイド殿下。少しの間なら私は構いませんよ?」


「ヒスイ嬢……君は」


「マディラ様が私に何をうかがいたいのか、興味があります。それに、これだけお願いされているのです。お断りするのも、心苦しく思いますわ」


「そうですか。……分かりました。ですが心配なので、なるべく早く戻ってきてくださいね」



 ジェイドはなぜか熱を帯びた瞳を向けてくる。私はどきりとしたが、上手く笑みを作って応えた。



「分かりました。すぐに戻ります」


「ヒスイ様。ではあちらに参りましょうか」



 先導するマディラの後ろを付いていくと、バラの香りが流れてきた。会うたびに同じ香水を付けている。たぶんこの子のお気に入りなのだろう。


 私たちは大広間の右手にある、木製の椅子に座る。(途中、すれ違った何人かの令嬢に足を引っかけられそうになったけど、軽く飛び越えてやった。「どいつもこいつも子供か!」と、全員の足を踏んづけてやろうと思ったのは、内緒)


 目の前の長いテーブルには、何種類ものお菓子が皿に並べられており、飲み物を運ぶ従者が行き来していた。



 わあ、すごい!クッキーが!シュークリームが!プリンとかも山盛り置いてある!



 夢のような光景に、心の中で大はしゃぎする、私。両目はハートになって輝いていた。



 この場のお菓子、全種類を食べたいっ!コルセット、今すぐ脱ぎ捨てたいっ!!



「ヒスイ様。あなたはジェイド殿下とずいぶん親密なご様子でしたが、お二人はどういったご関係ですの?」



 私の横に座るマディラが、思い詰めた顔で聞いてくる。一瞬、自分の置かれている状況を忘れていた私は、ちょっと慌てた。



「ええと。まだ公表はされていないのですが、殿下に交際を申し込まれまして、今お付き合いをさせていただいております」


「そうなのですか?しかし殿下はこの間、忘れられない女性が居るとおっしゃってましたけれど」



 ああ、そうだったわね!しかも私が言わせたんだった!!



 焦って良さそうな言い訳が思いつかない。こうなったら、知らないと押し通すしかない。



「申し訳ありません、マディラ様。その辺りの事情は私には分かりかねます。詳細は殿下に直接おうかがいくださいませ」


「そうですか……。ジェイド殿下はきっと、あなたとあのお方を重ねたんでしょうね。何しろ良く似てらっしゃるから」


「え?あのお方とはどなたのことですか?」


「隣国プレシアの王女様にですわ。すでに亡くなられているのですが、生まれ変わりかとみまごうほどにそっくりです」


「そんなに似てるんですか」



 マディラは悲しそうに首を縦に振る。



 そういえば、舞踏会で初めて顔を合わせた時、ジェイドの様子が少しおかしかったっけ。あれは亡くなった王女様と私が似ていたからなのね。



 自分を見てくれていたわけじゃなかったんだ、と何となく気落ちする。複雑な想いのまま、私はマディラの話しの続きを待った。



「わたしもプレシア王国に何度か招かれておりましたので、王女様のお姿を良く存じておりますの。けれど数年前、彼女の誕生会の日に悲劇が起こってしまった」


「悲劇?」


「転落事故ですわ。塔で遊んでいた際、誤って落ちたと聞いております」


「塔から、落ちた?」



 急に頭がズキンと痛んで、脳裏に映像が浮かぶ。城と悲鳴と空と──人影。



 あの子は、誰?



 ハッと我に返る。今のは、何?もしかして……昔の記憶?



「どうされましたの?」



 マディラが私を見つめて聞く。私は「いえ、何でもないです」と笑顔でごまかした。



「……わたし、ヒスイ様が羨ましいです。わたしもジェイド殿下に選んでもらいたかった。もしもわたしが王女様に似ていたら、結果は違っていたのでしょうか」


「マディラ様……」


「あ。申し訳ありません。こんな話をしても仕方ないですわね。つまらぬ愚痴に付き合ってくださり、ありがとうございます。どうかジェイド殿下と幸せになってくださいね。他の令嬢の方々は快く思わないかもしれませんが、わたしはお二人のこと、応援しております」



 マディラは私に手を添え、泣きそうな瞳で笑った。悲しみを懸命にこらえているのだと、伝わってくる。



 この子、すごくいい子だわ。それなのに、私と同じで報われないんだ。


 人を好きになるって、嬉しいけど、悲しいな。



 誰より強く想い続けても、相手がこちらを振り向いてくれるとは限らない。恋に落ちるのは簡単だけど、それを実らせるのはとっても難しいんだ。



 私もジェイドに好きになってほしい。初恋の王女様なんかじゃなく、私の方を見てほしいよ……。



 ジェイドのことを思い浮かべれば、だんだん胸が苦しくなってくる。テーブルを睨んで涙が出そうになるのを我慢していたら、誰かがいきなり背中にぶつかってきた。おかっぱ頭の若い従者だ。彼女は私のスカートの形をささっと直し、あたふたして言った。



「あわわわわ。ももも申し訳ありませんでした!」



 深々と頭を下げ、彼女はグラスを回収しバタバタと歩き去っていく。



 新人の子かしら?忙しそう。これだけの人数が居るから、片付けも大変ね……。



 なんて従者の女の子に気を取られていたら、いつの間にかマディラがジェイドのところへ歩き出していた。



 私も後を追いかけようと立ち上がる。大広間の真ん中辺りまで歩いたところで、変な音が頭上から聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 化けてたかな、となるとあの香水はつけてる理由があるんでしょうか。マディラいい子ですね。記憶の蓋をつついてくれましたね。うんうん、初恋が報われるなら幸せですよねー。 そしておかっぱの侍女、何し…
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