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毒舌氷王子はモフモフうさぎにご執心!  作者: 架け橋 なな


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12/23

無くした過去と怪しい男たち

 テラスには白いテーブルと椅子が並び、夜空には綺麗な月と星が見えた。


 かすかに虫の鳴き声が聞こえている。肌に当たるひんやりとした空気が心地いい。火照(ほて)った顔を速く冷ますにはちょうど良さそうだ。



 私の隣で、「ここにはしばらく誰も入れないでくれ」と、ジェイドが従者に命じている。


 大きな窓が閉じられれば、賑やかな音楽が遠くなり、ひっそりとした。どこか別の世界に迷いこんでしまったみたいだ。



 誰も居ないテラス。私とジェイドはテーブルを挟んで向かい合わせに座った。


 ジェイドの顔がテーブルに置かれたランプと月光に照らされている。暗闇に冴え渡る満月は、いつの間にか美しい彼の引き立て役となっていた。



「ヒスイ。慣れない服装でのダンスは大変だっただろう?」



 ジェイドに見とれてぽーっとしていると、優しい声がかけられた。私はドキドキしているのを悟られないよう、笑顔で返す。



「ええ。でも失敗しなくて良かったわ。あの場ですっ転んだら、私が貴族じゃないってすぐにバレちゃうから」


「ダンスは初心者だと言っていたのに、たった二週間でここまで上達するとは、驚きだな」


「もとの運動神経がいいからじゃない?それか小さい頃、誰かに習ったのかもしれないわね」


「何だ。ヒスイは小さい頃のことを覚えていないのか?」



 テーブルの上で腕を組んだジェイドが、不思議そうに聞いてくる。私は別に隠すほどのことでもないかと思い、うなずいた。



「ええ。ジェイドには話してなかったけど、私、昔の記憶がほとんどないのよ」


「記憶がない?どういうことだ?」


「八年くらい前の話なんだけど。私は大ケガをした状態で、城の近くの森に倒れていたらしいわ。そこをたまたま薬草を採りに来ていたラズリ様に助けられた」


「大ケガか……。原因は何だったのだろう?」


「それが分からないの。ラズリ様に治療してもらってケガは治ったんだけど、記憶だけはどうしても戻らなくて。仕方ないから、そのままあの人のところでお世話になることになったのよ」


「そうだったのか……。ごく普通の町娘だと思っていたが、ヒスイは色々、苦労をしていたのだな」



 眉をひそめたジェイドが、気遣うような眼差しを向けてくる。私はあっけらかんと言った。



「まあ、当時は上手くやっていけるか不安だったけど、今は全然平気よ。ラズリ様も何だかんだ言って良くしてくれるし、町で友達も出来たから。それに希望が全くないわけじゃないの」


「というと?」


「ラズリ様が言ってたのよ。何か一つでもはっきり思い出すことが出来れば、それをきっかけに全部の記憶が戻るかもしれないって」



 私には初恋の記憶が少しだけある。それが唯一、私の過去を知る手がかりだ。


 ジェイドに恋をしたことで、昔に感じた気持ちや出来事を正確に思い出せるかもしれない。



 この間、師匠はそんな風に話していた。



「……いつか全てを思い出せるといいな」



 ジェイドは私の瞳を覗き込んで微笑む。また顔が熱くなってしまいそうで、私はさりげなく下を向いた。



「うん。でもちょっとだけ怖いかも。私がどこの誰だったのか分からないし、過去が良いものだとも限らないし」


「確かに。何も分からない状態では、不安になるのも仕方がない。だが、今も昔もヒスイはヒスイだ。中身が変わるわけじゃない。お前の過去がどんなものだったとしても、例え記憶が戻って別の名になったとしても。私は変わらずお前の友人でいる」


「ジェイド……」



 目線を上げれば、彼は真剣な表情をしていた。私を励まそうとしてくれてるのが伝わってきて、嬉しくなる。けれど『友人』という言葉が引っ掛かって、胸がズキンとうずいた。



「ありがとう」



 切ない気持ちを隠して笑うと、ジェイドも笑った。


 ふと窓の方を横目で見ると、誰かがこちらの様子をうかがっている。何も知らない人たちからすれば、私たちは仲の良い恋人同士に見えるだろう。



 ……本当にそうだったら、どれだけいいか。



 叶わないと知っているから、ジェイドを想うたびに辛くなる。でも、それを悲しんでる暇はない。もしかしたら今、犯人が私たちを見張ってるかもしれないのだ。



 これだけ一緒に居たら、私がジェイドの恋人だって、みんな勘違いしたはず。ここからが勝負よ。王族、貴族、従者──誰が私を狙うのか。気を引き締めて、観察しなきゃ。



 しばらくテラスで過ごしてから、二人で大広間に戻ってくると、見たことのある美男子が、こちらに颯爽と歩いてきた。



 この人、さっき令嬢に囲まれてた人だ!



「見慣れないご令嬢だね、ジェイド」



 くすんだ緑の髪を揺らし、男は探るような目つきをした。ジェイドは警戒しているのか、表情が固い。


 男はジェイドを無視し、私にだけお辞儀をした。



「初めまして。僕はサルファー=グリーディー。由緒正しき王族の血を引く者だ」


「サルファー。こちらはヒスイ。隣国から招いた、私の大切な客人だ」



 ジェイドは一歩前に出て、手のひらで私を差した。サルファーは私をじっくり眺め、甘い笑みを浮かべる。



「へえ、そうなのか。君の客人は可憐な花のようだね。次のダンスのお相手に、彼女をお借りしてもいいかな?」



 来た!犯人候補!



 ジェイドをちらっと見上げると、唇を結んで不快な顔をしている。断るつもりだろうか。


 私はこっそり彼のタキシードの裾を引っ張った。そして振り向くジェイドに『了解して』と目配せをした。



 犯人に尻尾を出させるには、つけ入る隙を作らないといけないだろう。ここは誘いに乗っておいた方が絶対にいい。



「……一曲だけにしてくれ」



 私の考えを理解したらしく、不服そうにジェイドがうなずいた。



「さすがだね。次期国王はお心が広い。じゃ、ヒスイ嬢。行こうか」



 サルファーは私の手を素早く握る。彼にエスコートされ、私は大広間の真ん中で、またダンスを踊った。ジェイドとは違い、サルファーは少し強引だ。手をぐいぐい引っ張るので、足がもつれそうになる。しかもやたらと見つめてくるので、私は居心地が悪くて目を合わせないようにした。


 ダンスが終わり、ホッとして一礼すると、サルファーは単刀直入に聞いた。



「ねぇ、ヒスイ嬢。一つ確認するけど、君が噂に聞く、ジェイドの恋人なのかい?」


「ええ。そうです」


「やはりか。ジェイドは趣味がいいな。君は本当に美しい。ここに居るご令嬢たちの中で、一番輝いている」


「光栄ですわ、サルファー殿下。では、ジェイド殿下がお待ちですので、私は失礼いたします」


「待って。まだ話は終わってないよ」



 逃げようとすると、手首を掴まれ身体を引き寄せられた。


 色っぽい囁き声にぞわっと鳥肌が立ってしまう。近い距離から見つめてくる顔は、自信たっぷりだ。



「ねぇ、ヒスイ嬢。突然こんなことを言ったら戸惑うかもしれないけど、僕の恋人にならない?君のことが気に入ったんだ」


「困ります、そんなこと」


「どうして?あいつより僕の方がよっぽど魅力的じゃないか」



 え?それ、自分で言っちゃうんだ。


 確かに美形ではあるけど、鼻につく男ね。



 口を閉ざし、本音を表に出さないようにしていると、サルファーは勝手にペラペラと喋り始めた。



「あいつと婚約するのはやめた方がいい。奴は王位継承者と言われてるけどね、国王にはなれないんだ。いくら容姿が素晴らしくとも、内面は未熟で人をまとめ上げる力がない。その点、僕は周りの者たちにも支持されているし、財力だってある。君に損はさせないと思うな」



 この人、何を勝手なことばっかり言ってるんだろう。ジェイドは見た目がいいだけじゃない。周りの人を思いやれる、優しい人なのに。



 サルファーの言動にだんだんイライラしてくる。私はジェイドの地位なんて興味がない。それ目当てで好きになったわけじゃないのだ。


 私は怒鳴りそうになるのを抑え、鋭くサルファーを見上げた。



「エルージュ王国内のことはよく存じ上げません。けれど私なら、あなたよりジェイド殿下に国をお任せしたいですわ。他人の恋人を横取りしようとする者が、民の気持ちを考えられるとは、とうてい思えませんもの」


「……何だと?」



 サルファーが顔色を変え、手を離して私を睨む。負けじと私も睨み返した。王族だか何だか知らないけど、好きな人をバカにされて引き下がれるわけがなかった。


 その時、背後から足音が近付いてきて、突き刺さるような視線を感じた。



「サルファー殿下。皆が見ておりますぞ」



 振り向くとそこには怖い目をしたベラクルスが立っていた。眼光の鋭さに、一瞬ぞくりとする。サルファーは不愉快そうに彼を見てから、私にしか聞こえない声で捨て台詞を吐いた。



「君が隣国でどれだけの地位があるか知らないけど。後悔しても知らないよ」



 サルファーはくるりと身を翻して、若い令嬢たちの集まる場所へと歩いていった。



 は?後悔なんてするわけないでしょ!今度、私の前に来たら、平手打ちしてやるんだから!



 遠ざかるサルファーの背中に怒りをぶつけていると、香水の匂いが強くなってくる。



 この香り、どこかで嗅いだことのあるような……?



「貴方がジェイド殿下の恋人ですね?」



 振り返るとベラクルスがすぐ側に来ていた。彼は質の良さそうな灰色のタキシード姿で、右耳にピアスをしている。



「はい。あなたは確か……」


「失礼。申し遅れました。わたしはベラクルス=ロバスト。大臣の職務に就いておる者です」


「私はヒスイと申します。ベラクルス様。先ほどはありがとうございました」


「いえいえ。殿下の大切な方をお守りするのは、家臣として当然でございます。貴方に危害を加えようとする者が居ないか目を光らせておきますので、どうぞ安心して舞踏会を楽しまれてください」


「分かりました。お心遣い、感謝いたします」



 ベラクルスは穏やかな顔でうなずき、テラス近くに立つジェイドのところまで案内してくれた。視線の先には彼のどでかい背中がある。まるで石の城壁みたいねと、言ったら怒られそうなことを思った。



 ……あれ?この人からラズリ様と同じ匂いがする。前に出会った時は、何も感じなかったのに。



 歩きながら先ほどの違和感の正体に気づく。そのとたん、小さなざわめきが胸に広がった。



 これはただの偶然?それともこの人は、どこかでラズリ様に接触したの?ラズリ様は無事なのかしら?



 急に不安が頭をよぎる。ベラクルスは私を守ると言っていたが、信用して大丈夫だろうか。



 誰も彼も怪しく見えてきて、私は顔を強張らせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 陰謀の臭い、わくわくしますね。噛ませ犬かな、当て馬かな。ヒスイちゃんの記憶も、隣国のほのかな香りも、ジェイドの初恋も、なんだかつながってきそうでワクワクです。大人しくステイしてます。 大臣か…
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