衝撃の告白
──二日後の朝。
私は作戦の下準備のため、師匠と一緒にジェイドの私室を訪れた。
部屋の中には彼一人。内密な話があると師匠が前もって伝えたからか、あらかじめ人払いがなされていた。
やばい。ものすごく緊張する。
師匠の後ろに控えている私は、ざわつく胸を落ち着かせようと深呼吸した。それから彼女の背中越しに様子をうかがうと、ジェイドが長机の奥の窓際に立っているのが見えた。さらさらの髪を耳にかけ腕組みをして、相変わらず偉そうな奴を演じている。
「ラズリ殿。話とは一体何ですか?忙しいので手短にお願いしたいのですが」
「はい。実は本日、殿下に会わせたい者がおりまして、ここに連れて参りました。……ほら、こっちに来て」
師匠はにこやかに言ってから、振り向いて私へ声をかけた。
私はゆっくりと前に歩み出て師匠の横に並んだ。──カーキ色のチュニックを着た人間の姿で。
「君はこの間の……!」
数秒間、ジェイドは私を凝視した後、師匠を鋭く睨んだ。とたんに空気がぴりっと張り詰める。
「ラズリ殿。なぜ見知らぬ女性がここに居るのです?我が父、もしくはベラクルスの差し金ですか?」
「いいえ。この子はわたくしの一存で連れて参りました。どなた様からも命令は受けておりません」
「でしたら今すぐそのご令嬢を連れ帰ってください。私は魔術医であるあなたの立場を尊重し、わざわざ時間を作っているのです。どこの誰とも分からぬ女性と話す気など、さらさらない」
ジェイドが強い口調で拒絶する。どうやら彼は結婚相手を紹介されると勘違いしているみたいだ。けれど師匠は怯むことなく大人の余裕を醸し出して言った。
「殿下。少し落ち着いてください。彼女からとても大事なお話があるのです。お時間は取らせませんので、どうぞ今しばらくお待ちください」
「私はいたって冷静ですよ。ただ、もうあなた方のお話を聞くつもりはありません。お二人がここを出て行かないと言うなら、外に居る衛兵たちを呼んでくることにしましょう」
「やめて、ジェイド!お願い!話をちゃんと聞いて!!」
このままじゃ追い出されると思った私は、ジェイドに早口で頼み込む。すると彼は一瞬眉をひそめてから、威圧感を発した。
「私を呼びすてにするとは、ずいぶん礼儀知らずな方ですね。見たところ卑しい平民のようですが、私の身分を分かっておいでですか?」
出た!性悪モード!酷いこと言って私を追い返すつもりね!
こっちの方がドキドキしなくて好都合だ。私は腰に手を当て、自信満々に言い返した。
「この国の第一王子でしょ。当然知ってるわ」
「ほほう。知っていてその態度ですか。敬語もろくに使えないとは、よっぽど育ちが悪いようですね」
「私はラズリ様に面倒見てもらってるのよ。育ちが悪いわけないじゃない」
「なら生まれつき粗暴なのですね。見た目同様、可哀想な女性だ」
「は?可哀想ですって?」
「これ以上、低俗なあなたと会話するのは不愉快です。私の前から即刻、消えてください」
「な……」
この見下した顔!演技だって分かってるけど、やっぱりムカつくっ!!
拳をぎゅっと握った私は、前のめりの体勢で喧嘩腰に言い返した。
「何よ!あなたが呼びすてしろって言ったんでしょう!!二日前に言ったこと、もう忘れちゃったの?」
「え?私はそんなこと言っていませんよ。記憶違いではありませんか?」
「嘘よ!言ったじゃない!あなたの庭園に行く前に!」
「確かに二日前、庭園には行きましたが、ラズリ殿のうさぎを連れて行っただけです。あなたにはお会いしてません」
「それよ!そのうさぎが、私なの!あなたと一緒に居たヒスイは、私なのよ!!」
「何だって!?君があの、ヒスイ……!?」
ジェイドは目を丸くし、口を半開きにして固まっている。私の衝撃の告白にかなり混乱しているようだ。
しまった。今までのこと、順を追って説明するつもりだったのに。早まっちゃったかしら……。
失敗したかもと内心焦っていると、師匠が声の調子を落として謝り、私の両肩に手を置いた。
「ジェイド殿下。黙っていて大変申し訳ありません。実はヒスイはもともと人間なのです。わたくしの仕事を手伝うため、魔術でうさぎの姿になっていたのですよ」
「魔術だって?人間がうさぎに変身するなど、そんな奇妙なことが可能なのか?だがうさぎ語の指輪のこともある……」
ジェイドがまつげを伏せ、ぼそぼそと独り言を漏らしている。
そりゃあ、うさぎが実は人間だったなんて言われても、すぐには信じられないわよね。
予想通りの状況に納得しながら、ジェイドの次の言葉を待つ。
しばらくして、ジェイドは半信半疑といった面持ちを私へ向けてくる。まじまじと見つめられ、身体が硬直するのを感じていると、彼は冷静かつ真剣に問いかけてきた。
「ご令嬢。先ほどの話は本当なのか?」
「ええ。ラズリ様の言う通りよ。最初に外で会ったのは偶然だったけど、私はあなたの不調の原因を調べるため、うさぎの姿で様子を見ていたの」
「君がヒスイだという証拠は?」
「あるわよ。一緒に過ごした時のこと、何でも話せる」
「なら、私と一番初めに出会った場所を答えられるか?」
「近くの森でしょ。あなたは狩りに出ていて、私が食べられそうになったところを助けてくれたのよね」
「……当たっている」
「他にも、部屋で色んな絵を見せてもらったこと、教えてくれた花の名前、ハーブ入りのクッキーを食べたことなんかも、全部覚えてるわ」
「私のしたことも全部か?その……愛らしいと撫でたことも?」
「もちろんよ!」
「……ああ。最悪だ」
ジェイドはぽつりと呟き、額に右手を当て顔を真っ赤にしている。影でうさぎを愛でまくっていたと知られたのが、相当恥ずかしかったらしい。
照れるジェイドが可愛くて思わずニヤニヤしていると、師匠がひじで脇腹を突いてきたので、慌てて咳払いをした。
「えっと、たぶん私がうさぎだったってことは信じてもらえたと思うし、話を進めるわね。今日、こうやって元の姿で来たのは、ジェイドに大事なお願いがあったからなの」
「何だ?」
「あなたの周りで起きてる令嬢の事件。その犯人を捕まえるのに、力を貸してほしいの」
「……ヒスイ。どうしてその話をラズリ殿の前でするのだ?それは秘密にしておいてくれと言ったはずだろう?」
顔から手を離し、ジェイドはこちらを見た。その声には疑念と失望が混ざっている。銀色の瞳に激しく責められているような気がして、私は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!あの日聞いたこと、ラズリ様に全部報告したの。それが私の仕事だったから。でも、あなたを裏切るような真似をして悪かったと思ってる。……私を信じて話してくれたのに、約束を破っちゃってほんとにごめんなさい!!」
私は胸が痛くて、足元の床をひたすら見据えた。ジェイドはその場から動かず、一言も発しない。
「殿下。ヒスイは何も悪くありませんわ。全てはあなたの不調を改善するため、わたくしが考えて命じたこと。どうか責めるなら、わたくしを責めてくださいませ」
隣に寄り添う師匠がはっきりとした声で私をかばう。しかし沈黙は続いて、重苦しい時間が刻々と過ぎていった。
やっぱり怒ってるわよね。嘘ついて、約束も守れなかったもの。私もう、嫌われちゃったかもしれない。
ジェイドが自分をどう思っているのか、考えると怖くて怖くてたまらない。
それから数分ほど経っただろうか。彼は思いのほか静かに話を始めた。
「もういい。顔を上げてくれ」
恐る恐るジェイドを見れば、彼は強張った表情を浮かべていた。
「おおかた事情は理解した。お前とラズリ殿は、私の話から調査を進めていき、事件を解決する糸口を見つけたのだな?」
無言でコクンとうなずけば、ジェイドは目力を緩め柔らかく微笑んだ。
「約束を反故にされたのは悲しいが、私を助けようとしてくれたのは、素直に嬉しい。全てを正直に話してくれたこと、感謝したいと思う」
「ジェイド……」
「この身動きの取れぬ状況の中、味方が出来たことは本当に心強い。お前を信頼し、秘密を打ち明けて良かったと思うよ」
「私のこと、怒ってないの?騙していたこと、許してくれるの?」
「当たり前だ。きちんと謝罪してくれているのに、怒るはずがない。私は皆から酷い人間だと言われているが、実のところ、エルージュ王国の誰よりも心が広いのだぞ?」
ジェイドは胸を張り冗談ぽく言う。私を元気づけようとしてくれているのが分かって、心が温かくなった。
「……ありがとう」
泣きそうになりながら、笑顔でお礼を言うと、どうしてだかジェイドの瞳が少し揺らいだ。彼はすぐに私から目を逸らし、師匠と真顔で向かい合った。
「さて、ラズリ殿。私はあなたも信じてよろしいのですね?」
「ええ、もちろんですわ。可愛い弟子にも頼まれましたからね。必ずこの事件を解決へと導きますわ」
「分かりました。では協力は惜しみません。私は具体的に何をすればよろしいですか?」
「ジェイド。これを見てくれる?」
私はチュニックのポケットから、白い長方形の封筒を出した。ジェイドはそれを受け取って、中の手紙を確認する。
「二週間後、城で行われる舞踏会の招待状だな。これがどうかしたのか?」
「ここで私とダンスを踊って欲しいの。恋人の振りをして」
「なぜ、そんな真似を?」
「この城に居る誰かが、あなたの結婚を快く思っていない。ならその有力候補が現れたら?」
「まさか……!」
「そう。必ずヒスイを狙って、犯人は動く。そこをわたくしたちで捕まえるのです」
師匠は私を指差して話に参加する。ジェイドは血相を変え、彼女に食ってかかった。
「そのようなこと、断じて認められません!ヒスイの身に何かあったらどうするおつもりですか!」
「殿下。当日わたくしはヒスイを常に見張っておきます。犯人の好きには絶対させませんわ」
「そうよ!私なら大丈夫!こう見えて腕っぷしは強いから。だから心配しないで!」
「……ヒスイ。お前はなぜ私のためにそこまでしてくれるのだ?敵は非道な犯罪者で、命の危険があるかもしれないのだぞ?」
不安げなジェイドを見つめれば、胸元のブローチが目に留まる。キラキラして綺麗で、一途な彼の心を表してるみたいだ。
あなたが好きだから、なんて言ったら、きっと困らせちゃうわよね。
この恋は叶わないって分かってる。でも今はこうして一緒に居られるだけでいい。好きな気持ちはずっと秘密にしておこう。そう心に決めて、私は元気いっぱいに告げた。
「だってジェイドは食材にされかけた私を救ってくれたもの!その恩返しよ!!」
「しかし」
「あ。どうしても気になるなら、そのぶんたくさんお礼をしてくれたらいいわよ!この前の美味しいクッキーとか!」
「あれは太ると気にしていなかったか?」
「太るって言わないで!それに食べた量の十倍動くから平気よ!何なら犯人ぽい人全員なぎ倒してやるんだから!」
不敵に笑って馬鹿みたいに明るく言い放つと、ジェイドはやっと口角を上げ、意志の強い瞳をした。
「……そうか。分かった。お前がそこまで言うなら、私も覚悟を決める。舞踏会では全力でヒスイを守ることにしよう」