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完璧王女には悩みがある  作者: 菅賀ルゥ
9/10

8

「意味が分からないわ!」


 そう言ってベッドに腰掛けるロクサーナは、側で立っているマルコも見ずに叫んだ。

 言わずもがな。先ほどのヘルメスの来訪に、である。


「何なの!?一般的な男性って、夜中に女性の部屋に入ってくるものなの?しかも、そこで口説き始めるものなの?私、分からない!」


 怒りなんだか、羞恥なんだか、自分でもよく分からない感情に頭を抱えるロクサーナ。そしてそれを、優等生ぶってない冷たい目で見るマルコ。

 マルコとしては、今の「扉も閉めた部屋に深夜2人きりでいる」という状態を気にして欲しいが、ロクサーナの鈍感さで気付く訳がない。むしろ指摘しても、普通の顔して流されそうだ。


 今日何度目かのため息を漏らし、マルコはやる気なさそうに口を開く。


「……あの人が特殊なだけだと思いますよ。ヘルメス様は、こういう交渉に慣れているんじゃないですか?」

「こういう交渉、って何?」

「そりゃ、夜中に部屋の中でする交渉ですよ」

「…なるほど」


 本当に分かっているのか定かではないが、ロクサーナはいやに神妙に頷いた。


「それにしても、ヘルメス様に口説かれたのには気付いていたんですね。まぁ、あれは口説いたってより、好意を表したって感じですけど」


 マルコは直前の彼の様子を思い出して、少し顔をしかめる。

 ああいうど直球なストレートは、ロクサーナに効きやすい。それを即座に感じ取り弱点を攻めたのなら、彼は中々の強敵だ。


 大体あの嘘くさい垢抜けなさも、どうせ警戒されないためのカモフラージュだ。それなりに身綺麗にすれば見違えるだろう。

 何せ、アレクシオスの実兄。美しくないはずがない。


 自分の調査不足を歯噛みする彼に、ロクサーナは頬を赤らめて眉を釣り上げる。


「な!私にだって、分かりますぅ。モテない奴は耳年増になるんですぅ」

「それ、誇れません」

「言わなくて良いわよ!というか、別に誇ってないし!こんな悲しい理由に、誇りなんかある訳ないでしょう!」

「……自分を卑下しないでくださいね。何にでも、プライドはあって良いんですよ」

「ちょっ、慰めるのやめて!余計に悲しくなる!しまいには泣くわよ!?」

「はぁ、泣き始めたら自分の部屋に帰るんで」

「そこは慰めて!主人に対して、敬意を持っているふりくらいしても良いじゃない!薄情っ!」


 ふん、とそっぽを向く。


「大体、貴方分かりにくいのよ!あの時はあんなに優しくするから、こっちは意識しっぱなしなのに!急に冷たいんだもの。寒暖差で体調を崩しそうだわ」

「あの時……?」

「何、もう忘れたの?呆れちゃうわ。あのサロンの夜よ」

「あぁ、あれ。……まさか、本当に意識したんですか?俺に?」

「そうよ!意識した、なんて可愛いものじゃないわ!未だに貴方を見ると、あの日を思い出してドキドキするのよ?これは大変な弊害だわ」


 大真面目な表情で、大真面目に抗議しているロクサーナは、艶めいた笑顔を見せるマルコの意図にも気付かない。

 こんな時に主人を馬鹿にして。そんな見当違いな怒りを覚え、ロクサーナは彼を詰るように睨んだ。


 そう、彼女にとってはまさに一大事なのだ。

 いつも側にいる騎士に胸が高鳴るなど、不便この上ない。誰と話していても後ろの彼が気になるし、何をしていても彼を思い出してしまう。


 何なのか。これはまるで恋じゃないか。

 マルコはからかっただけで、ロクサーナは慣れないことに勘違いをしただけ。それなのにこんな感情、全くもって不要である。

 変なところで義理堅いロクサーナは、そうして芽生え始めた気持ちを明後日の方向に解釈した。


「ふーん、意識してたんですね?いつも通り、気にしてないのかと思ってました」

「貴方ねぇ!私がどれだけ大変な苦労をして普段通りを演じていたのか、教えてあげたいくらいだわ!」

「……教えてくれるんですか?」


 静かだが情熱的な声に、ロクサーナはらしくもなく驚いた。どうしようもなく嫌な予感を感じ、ギチギチと音が鳴りそうな不自然さでマルコを見上げる。


 そこにいたのは、大人びた表情を浮かべる美青年だった。

 元々が清潔な美貌だから、その退廃的な微笑みがよりミステリアスに感じる。しかもその表情の節々に、強い理性すらもつき破る本能を見て取れた。


 マルコの感情を直に受けて、ロクサーナは怯えと恥ずかしさが体を駆け巡った。一気に熱くなった頬が真っ赤に染まっていると、鏡を見ずともよく分かる。

 しかし、目を見開いたままフリーズしている彼女を尻目に、彼はゆっくりと近づく。そしてベッドに手をつき、ロクサーナに覆いかぶさるように重心を傾けた。


 この体勢で目線を下げると、細身とガッシリ体型を行き来するマルコの肩の厚みが分かり、普段は気にも留めない男らしさを感じてしまう。それにドキドキする自分が何だか別人みたいで、上手く頭で処理しきれない。

 そういった理由で目を逸らせないロクサーナは、近づいてきた顔を見るしかなかった。


 が、むせ返るくらい甘い雰囲気も忘れて、そのあまりの綺麗さに感心してしまう。

 伏せられた琥珀の瞳を金色のまつ毛が隠し、柔らかく細い髪が頬にかかって影を作る。鼻筋はスラリと通っていて、シミひとつない肌はじんわりと汗ばんでいた。

 彫刻や絵画より生々しい美しさに、ロクサーナも思わず息を飲む。


 そうして彼はゆっくりと、薄くて形の良い唇を動かす。挑戦的な声色が耳に響き、ゾクリと肌が粟立つ。


「ねぇ、教えてくれるんでしょう?俺を意識しないように、どれだけ苦労したんですか?」

「あ、あの、……近くない?」

「そうですか?俺は気にしませんよ。……気になりますか?」

「そ、それは、もちろん」

「……どうしてです?もしかして、嫌、ですか?」


 吐息がかかる距離まで顔を近づけられ、ロクサーナはまさしくのぼせ上がっていた。

 甘くて甘くて仕方のない囁きがくすぐったく、感じた事のない人の熱が恥ずかしい。

 しかも「抱きしめられたらこんな感じかな」なんて考えちゃったものだから、もう居ても立っても居られない。


 ロクサーナはすぐに訪れた我慢の限界により、マルコを引き剥がす。肩を掴んで押し返し、赤い顔で膨れてみせる。

 残念さに顔をしかめたのも束の間、彼はニコリとした笑みを浮かべる。いつもの猫被りとは違う、本当に嬉しそうな笑顔だ。


 そして、マルコは揶揄うように小首を傾げる。


「どうです?この近さなら、意識しました?」

「あのね!私は実験台じゃないんだけど!?大体もうドキドキしてるんだから、実験にならないの!意味なく私の心臓に負担かけるの、やめなさいよ!」

「……今の言葉を自分で言っても、まだ分からないんだもんな」

「何、何なの?何が分からないって?」

「いえ、こっちの話です。俺が思ってたより、状況が好転しているんだなって」


 そう言って不敵に笑う。唇の前に置かれた人差し指が妙に色っぽい。ロクサーナが思わず生唾を飲み込んだのも、無理はないと弁明しておく。


「でも、もっと意識してくれて良いですよ?姫殿下が俺の一挙一動を気にするなんて、楽しいですから」

「嫌よ、何だか負けた気分になるじゃない!大体、私をおもちゃにして楽しまないで!」

「無理です。だって、楽しいものは楽しいですし」

「完膚なきまでに否定するのね!?主人をなんだと思ってるのかしら!?」

「え、聞きたいんですか?」

「……なぜなのか分からないけど、不安な香りがするわね。あれ?おかしいわよね?私、普通の事聞いてるのにね??」


 諦めの色が強いジト目をマルコに向け、ロクサーナはため息と共に肩をすくめる。

 しかしその視線を気にする事もなく、むしろ満足げなマルコは、騎士兼従者らしい挨拶をして扉続きの使用人部屋に消えた。


 彼を疲れた表情で見送るロクサーナは、メイドを呼ぶ事もなく自分で寝巻きに着替えた。それから最低限の美容ケアを済ませ、ベッドに入る。


 が、頭が沸騰しているロクサーナは全然眠れない。まんじりとも眠くならない。ともすれば、ハイになっているくらい眠気がない。

 結局、次の日その美しい目の下にうっすらとクマができる事になるのは、もはやお約束である。

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