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それからはトントン拍子に話が進み、結局アレクシオスと一緒にカラー王国へ旅立ったのは、わずか15日後の事だった。
ここら辺は、さすが神の子ロクサーナである。行動力も説得力も、凡人の遥か頭上を悠々と飛んでいく。
が、マルコは尊敬の眼差しで見る事もなく、逆に「迷惑するのは末端なんです」と自室で叱り付けていた。ある意味で、これもさすがである。
そして当たり前だが、アレクシオスやそのお付きもロクサーナの意図が分からず困惑していた。
しかし再起不能になった手前、強く抗議もできずに押し切られてしまう。
気が付いたら、欲しくもない壺を買わされた人の気持ちが、今なら分かる。あれは酷い罪だ。早速厳罰を課すように進言しようと、はっきり心に刻んでいた。
こうして、彼らはプルメリアを港から旅立ち、船で5日間かけてカラー王国を訪れる。
カラーの港町も、歓迎ムードというより混乱モードだが、ロクサーナにはどこ吹く風。異常なスルースキルの高さのおかげか、何も気にせずにさっさと迎えの馬車に乗り込んだ。
それから馬車に乗って約2日。昼には王城クリスタルパレスに到着し、王に挨拶をすませ、夜には晩餐会にすら出席した。
迷惑だと誰もが思う。しかし、誰も言えない。なぜなら、ロクサーナ王女だから。
プルメリアの国宝にして、神から与えられた希望である。それに「ごめんなさいね」と困り眉で謝られたら、どんな怒りも許してしまう。
それほどまでに、偉大なのだ。
が、そんな偉大なロクサーナの就寝時間に、彼女が寝泊まりする部屋を訪ねてきた者がいた。ノックもそぞろに、クリスタルパレスで最高の客室へと足を踏み入れる。
癖の強い茶髪に、アレクシオスと同じ青色の瞳。それを持った見るからに地味な青年は、その顔に少しの罪悪感すらもない。
ロクサーナは自分の思い描いていた展開と重なり、たまらず微笑を漏らす。
「まぁ、貴方はアレクのお兄様ですよね?ヘルメス様、でしたか?」
ロクサーナがネグリジェも着ず、後ろに騎士制服着用のマルコを立たせ、余裕の表情で出迎える。
その意味するところを悟ったヘルメスは、自分の失態に失笑を漏らした。待ち伏せ、といよりむしろ罠だ。これはしてやられた。
「僕の名前をご存知とは、驚きました。降参です」
「あら、随分諦めが早いんですね?もうちょっと遊んでくださっても宜しいのに」
「ご冗談を。僕じゃあ、役不足ですよ。……大体、なぜ僕の来訪を予知していたんです?」
「私、別に貴方が来るとは思っていませんでしたわ。でもアレクの真実を知る者なら、急に動き出した私に接触するだろうと思っていましたの。私とアレクの結婚をやめさせるために、ね?」
そうして、可笑しそうにコロコロと笑う。背筋を凍らせて息を飲むヘルメスなど御構い無しに、ロクサーナは笑う。
耐性のあるマルコでさえも、実は騎士らしい威圧的な表情の裏でゾッとしていた。
「で、アレクの真実を知っているんでしょう?」
「それは……」
「嫌だわ、私何度も同じ事言いたくないんです。言いましたよね?もうちょっと遊んでくださらないって?」
「ぐ…で、ですが!」
尚も食いつこうと足掻くヘルメスに、ロクサーナはぴしゃりとトドメを刺す。
「アレクは、誰と、……離れ離れになったの?」
瞬間、ヘルメスが目を丸くする。
「なっ…んで、それを…!?」
「……やっぱり、私の推理は正しかったのね」
「カマを、かけたんですか?」
「いいえ、違うわ。アレクは優しい言葉をかけても、情熱的な事は言ってくださらなかった。それに、自国の話をするたびに切なげな目をするの。決定打は、あの演劇。悲恋にあそこまで肩入れするなんて、自分の経験を重ねたからでしょう?そこまで分かれば、もう答えは出ているわ」
……まぁ、重ねたにしては衝撃を受けすぎている気もしたが。なんかまるで、自分のトラウマでも抉られたみたいだった。
でも、今はそれを考察している時ではない。ロクサーナは瞬きの一瞬で、意識を切り替えた。
「ねぇ、話してくださらない?別に、私は弾劾しに来た訳じゃないの。アレクの真実を知りたかっただけ」
「……そうですね。世界の叡智に隠し事をしても、いずれは知れてしまう事。なら、隠す意味もありません」
そうして肩を落としたヘルメスに、ロクサーナは安堵した。
説得が成功した事を心の内で喜んでいるとは知らず、彼は泰然自若とした彼女にポツリポツリと語り始める。
その話は、恋愛小説ではよく見るものだった。
つまり、現実では珍しいほどロマンティックな話である。
才能がありすぎて兄たちから嫌われるアレクは、貧乏貴族の娘であるイリアと出会う。
真面目で融通の利かないアレクと、お転婆で気の強いイリアは、まさに水と油。しかし、なぜか2人は惹かれ合い恋人となる。
が、彼らはそれを公表できない。発表でもしようものなら、互いに迷惑がかかるのだ。
そうして尻込みしている間に、アレクのお見合いの話が決まる。相手は、プルメリア王国の王女ロクサーナ。断る事も出来ずに、2人はなくなく別れたという事だった。
「……って、これ私悪役じゃない!?というか、お父様ったら本当に話を聞いてなかったのね!私、お互い愛し合える人が良いって言ったんだけど!こんなの、最初から無理じゃない!」
「……あの、姫殿下。宜しいのですか?ヘルメス様が驚いてますが」
「え?何に!?」
「どう考えても、姫殿下の変わり身に、ではないかと」
「変わり身?私、変身なんてしてないわよ?」
「……左様ですか」
「え、ちょっ、何その目!可哀想なものを見るような目はやめて!傷付くのよ、一応!」
2人にとってはいつもの会話なのだが、ヘルメスにとっては付き合いの長いカップルのじゃれ合いにしか見えなかった。
あぁ、なるほど。「彼女も弟と同じく、無理やり縁談の話を進められたのか」と納得をした。
しかし、自分はなんて恥ずかしい事をしようとしていたのだろうか。
ヘルメスは、ある種平和な2人を見て反省する。
彼女が噂通りの聖女なら、弟の不憫な恋の話で身を引いてもらうつもりでいた。
彼女が噂通りの王女なら、政略結婚の相手を弟から自分に変えてもらうつもりでいた。
地味な外見をしているヘルメスだが、腹芸はアレクシオスより得意である。
だから年端もいかない少女と渡り合うくらい、至極簡単なはずだ。世界の叡智や神の頭脳、そんな風に言われていても、所詮はただの女の子だと考えていた。
だが実際の彼女は、前評判を蹴散らすほどに聡明だった。
アレクシオスの憂いに気付き、解決しようとしている。誰もヒントなど与えていない。それなのに、彼女はスルスルと謎を紐解く。
「……これが、神の頭脳か」
そんなヘルメスの感嘆の声を、呆れだと捉えたロクサーナはマルコと顔を見合わせる。
そして、申し訳なさそうに顔色を伺った。
「あ、あの、ごめんなさい。私、無遠慮でした…よね?弟さんの問題に口出すつもりじゃなかったんですけどね?」
的を大幅に外した言い訳をまくし立てるロクサーナは、ものすごく困った顔でヘルメスを見つめる。
が、そもそも彼女が謝る必要は皆無なのだ。
アレクシオスにはお見合い前から恋人がいた事、こちらの国の問題を勝手に持ち込んだ事、大国の姫であるロクサーナを小国如きが煩わせた事。
全てにおいて徹頭徹尾、カラー王国が悪い。
誰が見てもそれは明白であり、騙された彼女は完全に被害者だ。
慰謝料を請求するも良し、アレクシオスを断罪しても良し、カラー王国との国交を断絶しても良し。つまりは何をしても、ロクサーナは正当化される。
それほどまでに、これは罪深い裏切りだった。
だが、ロクサーナはそんな事を考えていないようだ。
それどころか、アレクシオスを自分の事のように心配している。しかも、わざわざこんな田舎に来て、わざわざヘルメスの話を聞く。
それは、慈愛なんかじゃない。政略なんかじゃない。
ロクサーナという人物は、一度でも触れ合った相手を見捨てないのだ。たとえそれがアレクシオスじゃなかったとしても、彼女はきっと同じように心を痛めるのだろう。
ヘルメスは愛おしげに目を細め、おもむろに彼女の手を握る。
驚きと居心地の悪さから手を二度見するロクサーナと、恨めしげに口を真一文字に結ぶマルコなど、御構い無しである。
「分かってますよ。ロクサーナ姫は想像以上に優しい方でした。貴女はアレクを思って、ここまでしてくれた」
「わ、分かってくれて嬉しいわ」
「本当に、アレクじゃなくて僕が相手なら良かったのにって思っちゃいます。……でもどっちにしろ、貴女には相応わしい方がいますからね。相手にはしてもらえないのでしょうけど」
「え、あー、……どうでしょう?」
「ふふっ、悪い人なんですね。そんな答え方をされては、期待しちゃいそうです。でも今はまだ勝算がないので、協力者に甘んじます。ですから、貴方とアレクの事、非力ながら尽力いたしますよ」
そう言ってロクサーナの手を持ち上げ、手の甲にキスをする。
何が何だか分からずに混乱の笑みを浮かべるロクサーナに、ヘルメスは礼儀正しく挨拶をして部屋を後にした。
残されたロクサーナは口をパクパクさせ、マルコは急に現れた敵に目を鋭くさせるのだった。