新たなる展開
再アップです
千原との出会いから俺はなにか変わったのかもしれない。
朧げながらもそのような推測は確信へと変わっていた。
それはまさしく千原と出会ってから。
入学前は高校に行くことさえ嫌だった俺が今では
千原に会うことを多少でも楽しみにして学校に来ている
のだから。
日に日に、日照時間は長くなり
それは明らかに俺自身に知覚させていた。
そろそろ梅雨かな。憂鬱そうに
浮かんでいる雲を見ながらも、
梅雨の到来。はたまたその先の
夏の訪れを俺はひしひしと感じていた。
「隣くん」
休み時間、惰眠を貪っていた
俺に声をかけてきたのは隣の席に
座っていた千原であった。
「うぉ、千原!?」
昨日のキスを思い出し俺は動揺する。
どうしてこの女は、平然と話しかけられるのだろう。
俺は未知の生物に遭遇した時の様な眼差しを向けた。
「どうしたの?変なことでも考えてた?」
まぁいい。俺も平然と昨日のことを聞こう。
「昨日のキスってどういう……」
俺が続きを言おうとしたとき急に両手で口を塞がれた。
「ちゃっと!それはここではダメ!いい?」
千原が口を塞いでいるため息ができなくなる。
コクコク。必死に頷いてなんとか開放してもらった。
酸素のありがたみが分かった今日この頃である。
「ふぅ、じゃあ、どこならいいんだよ?」
俺が若干キレ気味に言った。頭に血が上るのを感じた。
カルシウムが足りないのかもしれない。
アパートに帰ったら牛乳を1リットル飲もう。
「教えな~い」
千原に首を振られ、はぐらかされてしまった。
女心ってのはわけ分からん。
分かろうとするつもりもないが。
「それよりさ、私に振り飛車教えてよ~」
俺は急なお願いに驚いた。当然である。
とはいえこの手の突拍子もないお願いは
日常茶飯事。もう慣れつつある。
「はい? 急すぎるだろ、自分で調べろ」
少々冷たいかもしれんが、
俺は面倒くさいので却下した。
「教えて!」
千原は俺の腕に手を回してきた。
蛇がとぐろを巻くように。
クラスメートからの視線が痛い。
「わかった、わかったから離れろ!」
変な誤解されたらたまったもんじゃない。
俺は続きを促した。
「で?振り飛車のなにを学びたいんだ?」
「うーんとね、全般!」
「は?」
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ、隣くん後でね!」
千原はそそくさ自分の席に戻っていった。
「あいつ振り飛車がなにかよく知らないだろ……」
放課後のことである。
部室に入った俺を待っていたのは
ニコニコしている千原と不機嫌そうに
資料を作っている簗瀬先生だった。
「あ、隣くん、約束だよ!振り飛車教えて!」
藪から棒に千原はこう言ってきた。
前から思っていたのだがこいつは随分せっかちな
ようだ。
「簗瀬先生どうしたんだ?」
俺は千原に聞く。透き通った目が向かい合った。
「いいから振り飛車!」
千原は、叫んだ。
簗瀬先生は振り飛車以下の存在なのかよ。まぁいい。
「よし、じゃあ振り飛車について教えるぞ!」
「うん!」
千原は目を輝かせている。
反応としてはまぁまぁだ。いやいいほうか?
「じゃあまず振り飛車は何種類あるか教えよう」
「えぇ!?振り飛車って一種類だけじゃないの!?」
やっぱりコイツはそれすらもわかっていなかった。
「違えーよ!振り飛車はまず
向かい飛車、四間飛車、三間飛車、
ゴキゲン中飛車がおおまかに言うとある。
厳密に言うと角交換振り飛車や
ダイレクト向かい飛車とかあるけど……」
「とにかく、お前が飛車を何筋に振るかによって
変わるんだ。お前はなにを指したい?」
「隣くんと同じ戦法!」
「そうか、じゃあ四間飛車だな。
この戦法は初心者にも扱いやすい戦法
だからまぁいいだろう。」
正確には俺はいくつもの振り飛車を使うのだが、
ここは四間飛車に絞ったほうがいいだろう。
「四間飛車?四筋に振るの?」
「そうだ。まず初手に76歩と突いて相手が84歩とすると、
66歩と指すんだ。」
「直接振っては駄目なの?」
千原はなぜといった様子だ。意外と良いところに
目が行く。俺はやや偉そうに言った。
「それもあるけど、
やや複雑な変化になることもある。
まずは66歩と突いておけ。
慣れてきたら直接振ってみてもいい。」
「はーい!でそこから?」
「68飛車、それから玉を右辺に囲っていく。
囲いは美濃囲いがいいな。
で、そこから」
俺が続きを話そうとしたとき
簗瀬先生が言った。
「もう帰りなさい、あなた達」
もうこんな時間か。来たばっかりだというのに。
壁掛け時計を見ると6時を指していた。
「これからってのに……」
「明日暇だよね?遊ばない?」
俺が残念そうにしていたのを気遣ってか
こんな事をいいやがった。全然暇じゃない。
勝手に決めつけるな。
「どんな誘いだ!明日は学校あるぞ!」
俺が至極まっとうな事を言うが、千原は
「大丈夫ー!私の友達もいるからー」
と変なことを口走った。
いやいや理由になってない。
「じゃあ明日の放課後ね!一緒に行こうねー!」
あっという間に千原は帰ってしまった。
「……」
俺が呆然としていると簗瀬先生がボソッと
「モテモテだな」と呟いたのが妙に印象的だった。
というか、妙にイライラするからやめてほしいと
思った初夏のある日のことであった。