トラブルメーカー
再編集後です。
2020年11月追記
「味噌汁」
この間、無性に味噌汁が飲みたくなったのでコンビニで
インスタント味噌汁を購入しました。味噌汁を食すのは8か月ぶりだったので
久しぶりに口にしてみて、風味、コク、具材の食感、どれを取っても
素晴らしくインスタントの味噌汁はこんなにも美味しいのかと驚きました。
はまりそうな予感。
千原の右手が、そっと俺の左腕の上腕部を掴み、腕を回した。
「え……?」
必然的に千原と俺は腕を組んだ格好になった。
柔らかな肉感と体温が、露出している肌越しに伝わる。
心音が高鳴る。それとともに律動が体を震わせた。
「ちょっ……はなせって」
「やだ」
振り放そうとする俺に抵抗する形で、千原の組んだ
手の力はいっそう強まった。というか痛い。
珍妙な光景なのだろう。前から通り過ぎた一組のカップルが
物珍しそうにちらちらとこちらを振り返っていた。
「お願い。 今日だけはいいでしょ?」
千原は、上目遣いで体をこちらに密着させた。
胸の感触が衣服越しに当たった。どうにかなりそうだ。
「わかった!わかったからもう少し離れてくれ」
火照った顔を向けられた千原は小悪魔的な笑みを浮かべた。
「赤くなっちゃって、かわいい」
「そんなんじゃな……い」
その瞬間、不意に誰かとぶつかった。
「あ、すみません。 大丈夫ですか?」
ぶつかり尻餅をついた相手は、筋骨隆々のタンクトップを
身に着けている所謂ヤンキー風な男だった。
肩には禍々しい見るものを恐怖させるタトゥーが彫られている。
「いてて……お前、当たり屋か?」
そしてその男はゆっくりと立ち上がった。
どっしりとした長身が目の前に立ちはだかった。
身長は180センチだろうか。いやそれよりも鍛え上げられた
肉体によってその存在はかなり足されているわけで
俺の目にはその男は腹を空かせたヒグマのように感じられた。
「ごめんなさい!」
俺は頭を下げ、お辞儀をし、謝ることに徹する。
一応原因は俺にあるわけだから謝るのが筋だろう。
桂先の銀のような手筋であると言ってもいい。
だが、この人にはこの手の謝辞は通じないようだ。
次の瞬間俺の肩は相手の肩で弾かれた。
凄まじい一撃が俺を襲い、
あまりの痛みに俺は道端に倒れ込んでしまう。
「気つけんかい!」
真上から浴びせられたドスの効いた声に全身が固まり
俺は萎縮してしまう。
「隣くん!大丈夫!?」
千原が慌てて駆け寄り、俺を介抱した。
「あぁ、大丈夫だ……」
情けない。とにかく早くこの場から抜け出したいと
俺は思った。
「すみません、さぁ、千原行こう」
「ちょっと!!なにするのよ!そもそもあんたが
ぶつかってきたんでしょ!」
千原は相手を睨むと、売り言葉に買い言葉といった調子で
叫んだ。頼むからやめて。
「おい、やめろ!」
という俺の制止は一歩遅かったようだ。
「へぇーお嬢ちゃん。けっこう可愛いじゃん。
こんなガキじゃなくて俺と遊ばない?」
「あんたみたいな男と誰が遊ぶというのよ!
ゴキブリぐらいじゃない?」
若干、意味が通ってないが
中々凄いことを言うやつだ。
「下手に出てればこの女。 許さんぞ」
「ちょっと離して!離してよ!」
男が千原の右手首を掴む。千原の顔が苦痛で歪む。
掴む腕は徐々に強まっていき、まるで千原を
弄んでいるように感じた。
頭の血管が切れた音がした。もう限界だ。
これ以上この野郎にやられたままでたまるか。
「おい、離しやがれ!これ以上千原に手を出したら
お前を叩きのめす!」
目の前が赤く染まるのを感じながらも
俺は強い語気で言い放った。
「面白いじゃん、かかってこいよ!」
「うおおおおおおお」
俺はこれ以上自分を抑えることができなかった。
一気に間合いをつめ、渾身のストレートを
こいつに……
だが、それは叶わなかった。
俺の拳が男の顔に直撃する瞬間、
ひらりと躱し、引いた右手からのアッパーを
俺に放つ。
「ぐあぁ」
吹き飛び、鼻から血が垂れる。口中に鉄の味が充満した。
頭がクランクランし、視界が薄らいだ。
「あ……」
気づいた時には、見知らぬ天井がそこにあった。
うすぼんやりと先ほどの出来事を思い出す。
「隣君!」
千原の顔が俺をのぞき込んだ。
心なしか目に涙がにじんでいた。
それから千原は矢継ぎ早に最寄りの病院に担がれたこと、
検査の結果、多少の打撲はあるものの異常がなかったこと、
明日には、退院できること、あの男は警察に連行された
ことを話した。
「ごめんね」
千原は、そこで言葉に詰まりうつむいた。
その前髪がやさしく垂れ下がっていた。
おそらく、迷惑をかけてしまったことを詫びているのだろう。
いつものようなテンションでない分、調子が狂う。
とはいえ、ここで俺が選ぶ選択肢は1つしかないわけで。
千原の泣きそうな声に俺はやさしく手を頭の上に乗せた。
千原が顔を上げ、驚いた顔色を示した。
「いいんだ。お前が無事なら良かった。
でも今回のような無茶はもうやめろよ」
「うん!」
千原は強く頷いた。
そして、ひと呼吸置いたのち、
次の瞬間千原の唇と俺の唇が重なり合った。
柔らかな滑らかな唇が俺の唇に密着した。
「ち、ちは……ら?」
「じゃあね!」
俺は頬を紅潮したまま動けなかった。
その後どうやって退院して家に帰ったのか覚えていない。
ただ俺自身も若干の好意を覚えてしまったことは
確かだった。