奇想天外
再アップです。
追記 2020年10月
「睡眠」
最近、寝付きが悪いです。
どうしても寝ようと思っても物思いにふけ、
明朝、地獄をみます。何とか出来ないものかと、
寝る前にクラシック音楽を聴いてみたら
思いの外効果がありました。
安心して次の日寝ると、また寝れない!
どうして?と思ったらクラシック音楽を
寝る前に聴いていないことに気がつく……
気怠さに見舞われた怠惰的な学校生活が
始まった。ソワソワしていた同級生達は、
各々のペースで友人を作り、着実に
青春を謳歌していた。
俺、自身は日々日光がよく当たる机に座り、
詰将棋本を読んでいた。喧騒に包まれている
この教室では、俺という存在は隔絶された世界に
いると感じることを容易にさせた。
そうこうしている内に入学してから1週間が経過した。
1週間が経つとそろそろ自分なりの生活リズム
というものが確立され始めていた。今のところ、
学業が将棋に影響することがなくホッとしていた。
そのようなことを思いながら、俺は将棋部という
マジックで殴り書きされた紙が貼られている
部室の前に立っていた。
俺は、あの時ホッとしていた自分を殴りたいと
衝動的な欲求に駆り立てられていた。
そもそも、 なぜ俺がこんな所にいるかということを
語らなければならない。
事の次第は1週間前に遡る。
「先生。 部活に入らなければならないって
どういうことですか!?」
俺は入学式後の放課後に職員室で安水先生に
自分が奨励会員であり、部活に入ることは将棋に支障が
出ることと、将棋部に入っても大会には出られないことを
力説していた。周囲の先生方が怪訝そうな表情や
好奇的な目を向けるのを感じた。
そして確信していた。入学式の日に担任の先生に
激しく詰問した生徒は自分が初めてだということだと。
「まぁまぁ、隣くん、落ち着いて」
白髪混じりの髪を掻きながら安水先生は苦笑している。
確かに、入学式後にいきなり担任に噛み付く生徒など
前代未聞だろう。
「落ち着けませんよ!」
「隣くん、ここは職員室ですよ。 黙りなさい」
安水先生の低く威厳のある声に思わず黙り込む。
それから急に声色が変わり、穏やかな声になった。
「隣くんが心配することはないと思います。
今年から部活動が始まったわけですから」
「はい? それがどうかしたんですか?」
言っている意味がよく飲み込めない。
安水先生は、出来の悪い生徒に優しく教えるように
言葉をよく噛み砕いて言った。
「わかりませんか?
そもそも将棋部には人が
集まらないということですよ。
つまり部として成立しないと
思いますよ。だからどっちみち大会にも
出れないでしょう」
「え? あ、そうか……」
そして、安水先生はデスク上の烏龍茶の
ペットボトルを手に取った。
安水先生は、将棋という競技はあまり
人気がないということを暗に言っているとわかった。
「だから隣くんの心配するようなことはありません。
将棋部に行ってご指名通り入ってみても
いいんじゃないでしょうか?
まぁ、どのみち廃部になるでしょうが……」
俺は、その言葉に多少の取っ掛かりを感じた。
それは暗に将棋が人気ではないと言っているのだろう。
そして、ある想いが胸の内に生まれた。
将棋部を有名にしてやりたいという気待ちだ。
あの厭世的な俺がまさかこのような前向きな
気持ちになるとは、自分でも驚いていた。
俺は、決意から拳を握りしめた。
「ありがとうございます。 先生!」
そして、俺は将棋部を訪ねてやってきたという訳だ。
何しろ俺をご指名の先生に会ってみたいという
思いも強かったからだ。
後に聞いたことだが、どうやら顧問の先生が
将棋に興味があり、無理に将棋部を押し通したそうだ。
そのせいか、割り与えられた部室は長年使われなかった
和室だったとか。
そのとき、1人の女生徒が俺に話しかけてきた。
身長は、160センチくらい。
髪型は、黒色のロングヘアー。
前髪にお洒落な髪留めをしている。
ぷっくりとした唇、品の良い鼻、ぱっちりとした目。
一般的に言う可愛いという条件を満たしているように
感じた。おまけに天真爛漫系な性格だろうと
認識出来るような雰囲気も醸し出していた。
いかにも好かれそうな人間だ。
この学校の制服であるセーラー服を着ている。
「隣くんだよね!
君も将棋部入るの!?」
間隙を割って入ってきたその女には俺は
覚えがなかったので、当然誰だかわからなかった。
「誰ですか?」
そもそも向こうが交流のない俺の名前を
知っていることがおかしい。
不信の目を向ける俺に頬を膨らませつつ、その女は
「隣くん、私だよ! 千原萌だよ!」
「ていうか、なんで君、俺の名前知ってるの?
ストーカー?」
「違うよ! だって、隣くん前に放課後で先生に
怒鳴りつけてたじゃん!」
「どうしてそれで、名前覚えてたんだよ!」
まさか、あれを見られているとは……
もう少し感情を抑えていれば、
名前を知られなかったのに。
今更ながら自分の行為に後悔する。
千原萌というネームタグを
胸につけた女生徒は俺があの時のことを思い出して
後悔している様子を見ながら、
「それより、隣くんも将棋部入るの?」
「えーーと……そのつもりだ」
「じゃあ、早く入ろうよ!」
実はさっきから将棋部に入らなかった理由があり、
それは将棋部の部室が幽霊が出てきそうなぐらい
不気味で暗い雰囲気のところだったからだ。
確かに、この様では新入部員も入るわけないだろう。
この時点で俺の意思は、蝋燭の火のように
消えかかった。
「ここ、ほんとに将棋部か?絶対違うと思うんだが、、」
ここだよ~! さぁ入ろ!」
千原は俺の腕を掴んで強引に中に入っていく。
「こんにちは」千原が扉を開け放ち、
将棋部の顧問であるらしい人に挨拶をした。
中は意外にも小綺麗にしてあり、一面畳が張ってあった。
「あら、いらっしゃい? 入部希望者?」
年は30代半ばか?スーツ姿でストレートの髪を
ゴムで縛り、メガネをかけている。
バリバリのキャリアウーマンといった印象を受けた。
「そうです。私達入部希望者でーす」
俺達の他に人影はいない。この先生一人だけか。
「よろしくね。私は簗瀬宏美
この将棋部の顧問です。」
「それじゃあ、早速この紙に学年、組、番号、棋力を
書いてね。」
俺は紙を受け取り、畳の上に座って書き始めようと
した時、静止を受けた。
「君はいいよ、私が指名したんだから」
そのとき、千原がか細い声で
「隣くん~、棋力ってなに??」と聞いてきた。
「え、お前、棋力って知らないのか?」
「うん! なにそれ美味しいの?」
「はぁ、棋力っていうのは将棋の段級位のことだ。」
「お前、将棋アマ何級?」俺がそう聞くと、
「え、私そもそも将棋やったことないんだけど?初めてだよ」
おいおい、この将棋部大丈夫か。奨励会員と
ど素人しかいねぇじゃねぇか。
「じゃあ、初心者って書いとけ!」
「うん、わかった!」
その千原はこの紙を簗瀬先生に出した。
簗瀬先生は、一通り紙に目を通すと、ふむふむと
頷き、指を俺に指し示した。
「じゃあ、君が部長ね!」
と俺を部長に指名した。
さっきの発言、前言撤回。
俺の心には絶望的な気持ちしかなかった。
「はぁ!?ちょっと!」
「何故ですか?嫌ですよ、部長なんて!
面倒くさいだけでしょ!」
「これは顧問命令だ! 逆らうことは認めん!」
簗瀬先生の職権乱用ともとれる発言に千原も
「私も賛成でーす」
「おい、ふざけんな! バカ!」
「じゃあ決定ね! ありがとう、隣和也部長!」
俺が反論する暇を与えぬように、
「私これから彼氏とデートだから! 帰るわよ。」
「え、ちょっとまっ」
「じゃあね~、それと隣! 千原に将棋のこと
教えとくのよ!」
次の瞬間、簗瀬先生の姿は跡形もなくなっていた。
キャリアウーマンかと思ったら
普通に適当な顧問であった。
人は見かけによらない。
今日一日で得たことはそれだけだった。
肝心のどうして俺を指名したのかということには
知り得なかった。
「そうそう、隣くん私に将棋教えてね!」
「あ……」
そうだった、泣きっ面に蜂である。
「じゃあね~」
辺りに静寂が訪れた。
どいつもこいつも自己中心的すぎる。
エゴまみれだ。
「ハァ、早くやめたい」
ため息を漏らした俺に
夕刻のチャイムが答えた。
「もうこんな時間か...…」
急いで身支度を済ませ俺は部室を後にした。
そして、俺にとって
まったく無益な将棋部活動初日が終わったのだった。
ではでは。また会いましょう!