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四話 意外と再会はあっけなく……?

 さて、件の二月十四日。

 ひなたと圭太は、最寄りの駅の新幹線乗り場へとやってきていた。


「……ついにこの日が来たな」

「うん」


 寒々しい空の下。

 二人の間に漂うのは、バレンタインに小旅行を……なんていう、甘々とした空気ではない。


 どちらも、まるで登山に行くような動きやすいジャケットを羽織っているし、ひなたに至っては、珍しく髪の毛を後ろに縛っている。

 言うなれば、あたかも決戦に赴く直前のような、緊迫した雰囲気。


 それもそのはず。

 二人が向かおうとしているのは、各々の実家だった。


 もっとも、『西宮 ひなた』と『十倉 圭太』のものではない。


 ――『日向ひゅうが』と『ケイ』。

 つまりは、現在地からは遠く離れた、前世での生家なのである。


「……母さんたち、どうしてるかな」

「なにせ、二十年ぶりだもんね。一応、マップアプリで下調べはしてあるけど、思った以上に様変わりしてて迷っちゃうかも」

「かも、な」


 あの日の再会以来、二人は図書館やネットで事故について調べ続けていた。


 だが、いくら検索してもわかったのは事故の詳細についてだけ。

 死者リストで自分たちの名前を確認することは出来ても、遺族のその後の足取りに関しては、当然ながら一切触れられていなかった。


 ……残された家族は、今どうしているのだろう。


 興味というほど生易しいものではない。

 記憶がある以上、胸を掻き立てられるのは必然で、ひなたたちはずっとその想いを抱え込んで生きてきた。


「実行に移すまで、ずいぶんと時間かかっちゃったよね」

「でも、そうじゃなきゃいけなかった」


 困ったように笑う幼馴染に、ひなたは毅然として言う。


 きっと、両親に頼み込めばもっと早く実現したのだろう。


 正直にすべてを話す必要はない。

 例えば、合同の家族旅行で近くへ連れて行ってもらって、そこから自由行動と称して二人で向かうとか。


 しかし、ひなたにはそれが正しいとは思えなかった。


 前世の家族に会いに行くのならば、あくまで自分たちの力だけで。

 そうでないと、育ててくれた今の家族に対し、酷く不義理な行動に思えたのだ。


 その旨を打ち明けたところ、どうやら圭太も同じ考えだったらしく、二つ返事で了承してくれた。


 もっとも、校則でアルバイトが許可されたのは高校生になってからのこと。

 その上、家族からは、勉学と両立するという条件が付与された。


 結果、かなり忙しいシフトを組んだにもかかわらず、年度末までかかってしまったのだが……。

 それで都合のいい日が命日・・だったというのだから、なんとも皮肉な話である。


「一応確認しておくけど、ちゃんと家族に行き先を伝えておいた?」

「……言っても理解してもらえないだろ。それに、ケイと一緒だとわかったら、兄貴達うるさいだろうし」

「あー、まあ、僕はお兄さんたちに嫌われてるけど。でも、ダメだよ。ヒナちゃんが女の子である以上、何かあったらすごく心配されるんだから。きちんと筋は通しておかないと」

「う……、わかったよ。ただし、連絡は出発してからな。なんか、今すぐ駅に来て、一緒に行くとか言い出しそうで怖い」


 ピシャリと窘められ、唇を尖らせるひなただが、幼馴染の言うことも理解できるようで渋々とだが頷いた。


「よし……。じゃ、行こっか」

「ああ」


 そんなやり取りをしている間に、新幹線が到着していたらしい。

 ひなたは促されるまま席に乗り込むと、むむむと唸りながらスマホと睨めっこするのだった。



 


 目的地の駅からバスを乗り継いでみれば、早朝に出発したにも関わらず、時刻はすでに昼を過ぎている。

 とはいえ、準備に要した時間に比べれば些細なもので、体感的にはあっという間のことだった。


 そうして到着したのは、寂れた住宅街。

 その一角、色褪せた壁の大きな一軒家の門の前で、ひなたたち二人は佇んでいた。


「じゃあ、事前に決めておいたとおり、僕の家から行こうか。その間、ヒナちゃんはどうしてる? ここは暑いから、木陰で休んでいてくれてもいいよ?」


 かなり南まで来たからだろう。

 サンサンと日が照りつけていて、周囲に雪は殆どない。


 薄着をするほどではないだろうが、雪国の冬に備えた厚着では暑すぎる。 

 どうにも微妙な天気で、圭太の提案は渡りの船と言えた。


「……そうだな。じゃあ、そうさせてもらおうかな。時間は気にせず、好きなだけ話してこいよ」

「とは言っても、帰りの新幹線を考えれば、それほど余裕はないけどね。でも、ありがとう。行ってくるよ」


 穏やかに微笑むと、そう言って圭太は一歩踏み出した。

 一方、ひなたは反対側の木陰に向かい額の汗を拭うと、圭太がゆっくりとインターフォンを押すのをじっと見つめていた。





 オーソドックスなメロディが響いた後、出迎えたのは気品のある初老の女性だった。


「ええと、どなたかしら?」

「突然すみません。僕たちは、この辺りに住んでる友達の家へ遊びに来たんですけど、途中で道に迷ってしまって……。申し訳ありませんが、待ち合わせ場所の公園への行き方を教えていただけませんか?」


 見知らぬ訪問客に、女性は眉をひそめて訝しげ。

 しかし、圭太の説明に「あらあら」と呟くと、手渡された地図を片手に懇切丁寧に教えてくれる。


「……これでわかったかしら? ちょっと入り組んでるけど、すぐ近くのはずよ」

「ああ、なるほど。突き当りまでまっすぐ行って、左に曲がればいいんですね。ありがとうございます。助かりました」

「お~い、まだか? そろそろ再放送始まるぞ~!」

「ちょっと待ってください、あなた! 今、お客さんが来てるんですから!」


 ちょうどペコリと頭を下げたタイミングで、家の中から呼びかける声がする。

 それに大声で返事すると、女性はほんのり顔を赤くして、圭太へと向き直った。


「ごめんなさいね、恥ずかしいところをお見せしちゃって」

「いえ。旦那さんですか……?」

「そうなの。数年前に定年退職したんだけど、それ以来、私とドラマを見るのが趣味になっちゃって。昔は頑固一徹を気取ってたのに、子供がいなくなって寂しいのかしらね」

「……すみません。立ち入ったことを聞きました」

「いえいえ、こちらが勝手に言ったんだもの。気にしないで。……そうねぇ。なら、こちらも質問させてもらおうかしら。えーっと、あちらの可愛らしいお嬢さんとは、もしかして恋人同士だったりするのかしら?」

「そ、それは……。まあ、そうなれたらいいなと思ってるんですけど、中々一歩が踏み出せなくて」


 おそらくは悪気のない質問なのだろうが、圭太は頬をポリポリと。


 木陰までそこそこな距離があるとはいえ、下手なことを言って、もし幼馴染の耳に入ればどんな反応をされるだろうか。


 ……きっと、いつものようにムッとした顔になる違いない。

 それを思い浮かべると、どうにも曖昧な返答をするしかなかった。


「それは、残念ね。……大きなお世話かもしれないけど、そう思える人がいるのは素敵なことよ。頑張ってね」

「あはは。はい、がんばります」


 微妙な関係を察したのか、激励の言葉が飛ぶ。

 少なくとも、嫌な気持ちではない。

 おおよそ初対面・・・とは思えない、和やかな空気。


「ふふふ、昔、娘と似たような話をしたのを思い出すわね。久しぶりに若い子とお話したおかげかしら? 老人の二人暮らしを心配してか、時々近所の子が遊びに来てくれるけど、あなたぐらい年代の子は中々いないから」

「…………」


 だが、次の言葉を受け、圭太は黙り込んでしまう。


「せっかくの旅先で、老人の身の上なんて聞かせてごめんなさいね。……年を取るのはいやね。つい、聞かれてもない思い出話をしがちというか」


 その様子を、興味のない話に困っていると受け取ったのだろう。

 女性は慌てて頭を下げた。


 ……もっとも、圭太からすればその反応は本意ではない。

 なにか別の話題を探そうと目を凝らすと、ちょうどドアの向こうから、もふもふとした白い塊が。


「あの子は?」

「あら。あなたも待ちきれなくて来ちゃったのね。ごめんなさい、ちょっと待っててね」


 確か、スピッツとかいう犬種だったろうか。

 飼い主に似て落ち着いた雰囲気で、女性の足元にトテトテとやってくると、甘えるようにまとわりついてくる。


 女性はそんな飼い犬を優しく抱き上げると、「よしよし」と撫でながら、再び圭太の方へと向き直る。


 ……恐らくは、彼女にとって日常的であろう光景。

 それを目にした圭太は、思わず呟いていた。


「……今、幸せですか?」


 唐突な質問に、女性は一瞬だけ驚いた顔になる。

 だが、うーんとおどけるように考え込むと、


「ええ、幸せよ。一時はどうしようもない悲しみに暮れたこともあったけど……。さっき二人暮らしだと言ったのは間違いね。今は、この子も大切な家族だもの。寂しくなんてないわ」


 と。

 そして、屈託なくニッコリと微笑んだ。


「……すみません、変な質問をして。でも、ありがとうございます」

「いえいえ。きっと、心配してくれたのね。なら、私からも文字通り老婆心。遠くから来たのなら、ちゃんと親御さんのところに帰れるように気をつけないとダメよ。どんなに安全だと思ってても、いつ何が起こるかわからないんだから」

「……はい、気をつけます。じゃあ、本当にありがとうございました」


 お互いに名残惜しげではあったが、催促の声が再びしたのが契機となった。

 圭太がペコリと頭を下げると、女性は軽く手を振ってから室内へと戻っていった。


 そうして、バタンと玄関のドアが閉じられるまでを見届けてから、圭太はひなたの方へと戻ってくる。


「……おまたせ。行こっか、ヒナちゃんの家に」


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