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三話 視線を合わせることはなく

 それから数年後。

 日向ひゅうがが意識を取り戻したのは、縁もゆかりもない人間、西宮 日向ひなたとしてだった。


 生まれ変わり、とでもいうのだろうか。

 正直なところ、最初の数年――一般的に、物心つくと言われる年齢までだ――は、一度死んだことすら理解できず、ゆめうつつな状態だった。


 脳みそが未発達だったからか。

 もしくは、精神の一種の自衛作用か。


 どちらにせよ、混乱から立ち直ったひなたの関心は一つだった。


『あの日、自分の身に何が起きたのか?』


 ……確かめられずにはいられなかったとはいえ、図書館の絵本コーナーそっちのけで古新聞を読み漁る幼児の姿は、さぞ周囲には奇妙に写ったことだろう。

 実際、母親も困惑していたような記憶がある。


 しかし、そのおかげで『バレンタインの悲劇! 高速バス転落事故!』という記事を見つけ、


「……もしかして、君も?」


 同じように資料を探しに来ていた子供と出会い、奇跡的な再会を果たしたのだった。





「あのときは驚いたよね。生まれ変わってるだけでもすごいのに、二人ともすぐ近くにいるんだもん」

「……ああ」

日向ひなたって名札を見て、パッと連想した僕のファインプレーだね。もしあのときを逃してたら、もう一生気づかなかったかもしれないし」


 うむうむと頷いて誇らしげにする圭太。

 だが、ひなたは対象的に苦々しげである。


「そりゃ、普通は気づかないだろうよ。オレが女でケイが男。お互いに性別が入れ替わってるとか……」

「それに、あの格好だもんねえ……」

「ケイっ!」


 ……この姿になっての初対面のとき、ひなたはいかにも幼女らしい、フリフリのピンクのドレスを着せられていた。

 曰く、今まで男の子ばかりだった両親の反動らしいのだが。


 当時のひなたは現状把握で頭の中がいっぱいで、自分の性別含め、そのことに全く気がついていなかった。


『ケ、ケイが男!?』

『そういう日向ひゅうがは女の子だよ? ……えっ、まさか三才になるまで気づかなかったの?』


 呆れたように白い目で見られ、格好を自覚したときの衝撃は、いつ思い出してものたうち回りたくなる黒歴史である。


「あはは、ごめんごめん。でも、あのときのヒナちゃん、とっても可愛かったよ? もちろん、今もかわいいんだけどさ」

「……そういうこと、いつもサラッと言うけどな。あんまり嬉しくないぞ。オレは日向ひゅうが、男なんだからな」


 前世からの付き合いという贔屓目を抜きにしても、圭太の顔は整っていると言っていいだろう。

 

 普段はのほほんとしているが、真面目に授業のノートを取る姿は意外と絵になる。

 運動神経も悪い方ではなく、体育なんかで汗をかいても爽やかに思えるタイプ。


 それを裏打ちするように、今日に至るまでの間、女子に告白されたのは一度や二度ではないことをひなたは知っている。


 もっとも、何故かといえば単純で、そのたびにひなたは「私が告白するけどいいんですか!?」と女子に問い詰められ、最後には「ずっと好きな人がいるって断られました……」と謎の結果報告を受けているからなのだが。


 ……閑話休題。


 だから、普通の女の子が同じことを言われれば、顔を真っ赤にして恋に落ちてしまうのかもしれない。


 だが、が可愛いと言われて何が嬉しいというのか。

 自然と返事はジト目になる。


「その割には、ちょっと嬉しそうだけど」

「違う。断固として、喜んでない。ああもう、ケイといい、クラスの女子といい……」


 この姿になってからはや十数年が経とうとしている。

 順応の度合いは圭太ほどではないが、否応にも女子のアレコレは身についていて、今では(・・・)男子トイレに間違えて入るようなポカは起こさない。


 しかし、人間関係となれば話が別である。


 どうやらクラスの女子たちにとって、いちいち反応が面白いひなたは小動物的で、いわばマスコットのような存在らしい。

 抱きしめたり頭を撫でたり可愛がる……といえば聞こえはいいが、何かとオモチャにされていて、どうにも苦手だった。


 特に困るのが圭太との関係性についてで、「お似合いの二人だよね」とか「何時から付き合ってるの?」とかなんとか言われるたび、


『だから恋人じゃない!』


 と叫ばずにはいられないのだ。


 ……『日向ひゅうが』が好きなのは『ケイ』であって、男の『圭太』ではない。


 いっそのこと、前世の話を打ち明けられればどれほど楽だったことか。


「まあまあ。みんな、ヒナちゃんのことが好きだから、ついついからかっちゃうんだよ。今日の放課後も強引だったのは確かだけど、ここ最近遊べてなかったのが寂しくて、一緒の話題で盛り上がりたかっただけじゃないかな」

「別に、本気で怒ってるわけじゃないけどな……。下手すりゃ変人扱いされてもおかしくないのに、気にせず仲良くしてくれてるわけだし」


 もっとも、そんなひなたとは裏腹に、眼の前の少年はクラスメイトのからかいなどどこ吹く風。

 それどころか、ニコニコと嬉しそうにしている節が見受けられる。


 果たして、再三の注意が伝わっているのかは怪しいものだ。


「はぁ……」


 隣に座る横顔を見る限り、いくら話しても無駄な気がして、ひなたは大きくため息をつく。

 そして、ぶるぶると大きく身震い。


「ううっ、寒っ……」


 暖を取るためのコーヒーは、いつの間にやらすっかり冷めきっていた。

 その上、空模様も怪しくなっている。


「また降ってきそうだね。そうなる前に帰ろっか」

「……ああ」


 雪を見るだけで気分を害するひなたにとって、しんしんと降り積もる光景は尚更耐えられるものではない。


 いわゆるトラウマというやつで、めまいと吐き気に襲われて、酷いときは気絶してしまう。


 ……何が怖いのかは、いくら説明しても家族ですら理解はしてくれなかった。


 だが、薄れゆく意識の中で目にした――いや、目にしてしまった光景は、ひなたの記憶の中に、今なお鮮烈に焼き付いているのだ。


「じゃあ、捨ててくるよ」

「いや、さっきケイが買ってきてくれたんだし、今度はオレが捨てに行く番だろ」

「大丈夫?」

「心配するなって」


 そのことを完全に理解しているのは幼馴染だけで、だからこそ気遣ってくれたのだろうが、これ以上甘えるわけにはいかない。

 半ば強引に空き缶を受け取って、ゴミ箱に捨てに行こうとしたそのとき――


「うわっ……!」


 除雪用の水で濡れたタイルにつるりと滑り、コケてしまいそうになるひなた。


「だ、大丈夫?」


 すんでのところで支えたのは直ぐ側にいた少年で、尻もちをつくことだけはギリギリで避けられた。


「あ、ああ……。ありがとう、助かった。そっちこそ平気か? 肘とか当たらなかったか?」

「あー、うん、なんとか。……むしろ、役得かな?」

「お、お前なっ!」


 言われてみれば、お腹の辺りに手を回され、抱きしめられるような形である。

 とっさに飛び出したからだとわかっていても恥ずかしくて、ひなたはパッと離れ、慌てて体制を立て直す。


 一方、圭太はその姿を見て微笑むと


「良かった、その様子なら怪我はなさそうだね」


 と。


「ヒナちゃんが雪を見たくないのはわかるけど、無理をして足元を気にしないのは危ないよ?」

「それは……悪かった。次から気をつける」

「よろしい。ほら、空き缶捨てて、今度こそ帰ろっか」


 反省するひなたの頭をポンポンと叩くと、スッと反対の手を差し出してくる。


 できる限り雪を目にしたくないひなたを、手をつないだ圭太が先導する。

 このやり取りは、雪の日の二人にとって、ごく自然な決まりごととなっていた。


「あんまり気分が悪くなったら、目を瞑っていてね」

「ああ」


 ……握った手は手袋越しでもゴツゴツしていて、否応がなく男の手なのだと感じさせられる。


 先程支えられたときもそうだ。

 細身にもかかわらず筋肉質で、かつての彼女・・の身体とは程遠い。


 身長を追い抜かれたのは、声変わりが始まった頃だったろうか。

 生まれ変わってからも随分と長い間、自分のほうが高かったはずなのに。


 こみ上げる感情は悔しさに似ていて、ついひなたは背中から視線を反らしてしまう。


 そうしてひなたの家にたどり着き、別れ際。


「……覚えているよな。十四日の約束」

「もちろん、忘れるはずがないよ。そのためにずっとお金を貯めてきたんだからね」


 誤魔化すように尋ねると、圭太は当然のように頷いた。


「なら、いい」

「じゃあまた明日、学校でね」

「ああ、また明日。……気をつけて帰れよ」


 見えなくなるまでぶんぶんと大きく手を振る圭太に、ひなたは軽く手を振り返すと自宅へと入っていった。


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