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恋だけが残る  作者: 青木りよこ
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暖かい場所

「スーパー寄ってくけど」

「ああ」


冷蔵庫には何も入っていない。

この三日間冷蔵庫に入ってあるものを適当に食べて水を飲んでいた。

寒いのにお茶も入れなかった。

アイスとかヨーグルトとかチーズとか冷たいものばかり食べた。

自分だけ温まりたくなかった。

そのくせお風呂は入った。

睡眠もしっかりとった。

いつもより広すぎるベッドでぐっすりと目覚ましもかけずに眠った。

暖かい場所には夫がいるような気がした。


「何か食べたいものある?」


店内の入り口の傍にある青果コーナーの林檎を彼は無表情で見つめている。

あの人は林檎が好きだった。

高校に入ってお料理教室に通いだした私は何かできるようになるたびに彼にして見せた。

兎の林檎、複製の彼は知っているのだろうか。


「兎さんにしてあげましょうか?」

「いい、普通にむいてくれ。林檎の皮は美味くない」

「知ってるんだ?」

「何回もむいただろ。最後まで一度も切らずに皮むけるようになったって言って」

「あー」

「あーじゃないだろ」

「あの人、嫌がって、たの?」


そんなわけないって知っているけど一応聞いてみる。


「嫌、アイツはあんたのすることなすこと何でも喜んでいた」

「そう」

「アイツは可笑しいんだ。仕事以外全部あんたのことを考えていた」

「そうなの?」

「嬉しそうだな」

「嬉しいに決まっているでしょ。ねえ、あの人そんなに私のこと好きだったの?」


自分の顔は見えないけれど、彼は私と正反対の顔をして見せ、買い物かごに赤い林檎を入れスタスタと歩き出した。

質問に答えてもらえないと言うのは悲しいことだ。

例え答えがわかり切っているとしても、だ。


「ねえ、何が食べたいの?」

 

私は彼の背に話しかける。

見たことのない背中のような見たことがあるような。

でも一番好きな背中にこの世で一番近いもの。


「何でもいい」

「食べたいものとかないの?」


彼は八分の一に切り分けられた白菜と四分の一に切り分けられた白菜を見比べている。


「お鍋にする?」

「野菜と魚をぶち込んで終いだろ。もっとちゃんとしたもの食わせろ」


なんて偉そうな。

あの人はお鍋が好きだった。

一人じゃする気しないからと言って喜んでくれた。

まだ寒くなかったからあんまりお鍋をしていない。

こんなことならもっとお鍋をしてあげたら良かった。

お料理教室の成果を見せたくて張り切っていっぱい作っていたけど、そんなんじゃなくてもっと簡単なもので良かったんだきっと。

あの人は私のすることなら何だって喜んでくれたんだから。


「おい」


彼が私の髪を軽く引っ張る。

あの人はこんなことしなかった。

いつも優しく私の髪を長い指で梳いてくれた。

奈緒ちゃんの髪は綺麗だねとまるで労わる様に、何度も何度もずっと。

その顔はいくらでも思い出せた。

声も。

私は自分で自分の髪を指に絡める。

サラサラとした指触りは他では得られない感触で、あの人が褒めていてくれたのはこの髪だと今更のように気づいた。









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