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恋だけが残る  作者: 青木りよこ
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結論

「雅、もういい加減結論を言ったらどうだ?」


目の前の男は退屈を隠そうともせず言った。

夫と同じ声で。

私は夫の声が私以外の女性の名を呼ぶのを初めて聞いた。

別段不愉快ではなかったが、夫だったらと思うとぞっとした。

夫には姉も妹もいなかったが、いたとしたら私は恐らく嫉妬していたと思う。

夫が私以外の女の名を呼ぶなど耐えられそうもなかったからだ。

兄の所の子は三人とも男の子だったので、親戚が集まると私より小さな女の子はいつもいなかった。

夫は一人っ子で両親もすでに他界していて親戚もいなかった。

私は夫にとって唯一の家族だった。

やっぱり十六歳になった時に結婚してあげたら良かった。

もっと早く出逢えていたら良かった。


「奈緒さん」

「はい」

「もう結論を言いますね。彼を佐倉君だと思って欲しいんです。実際彼は佐倉君なんですから」


違うでしょうとは言いかねた。

彼が私の夫の佐倉奏ではないということは間違いないのだが、世間における佐倉奏ではないと証明することは私には困難だった。

私の夫じゃない佐倉奏もこの世にはいたし、夫じゃない時間の方が長かったのだから。


「遺言」


目の前の男が投げやりな調子で言う。

まるで他人事のように聞こえた。

夫じゃない。

夫はこんなぞんざいな言い方しない。

言葉をもっと丁寧に優しく扱う人だった。

言葉だけじゃなく全てに夫は優しかった。


「奈緒さん。これは佐倉君の意思でもあります。これが彼の遺言書の写しです」


佐藤さんは透明なクリアファイルから白い紙を一枚出した。

確かに夫の字だ。

お手本の様な綺麗な字。

昔何枚も書いてもらったことがあった。

今も大事に取ってある。

複製と言うことは目の前の男も同じ字を書けるのだろう。

ならこれは夫の字とは言えないのではと思ったが呑み込む。

どうでもいいことだ。

私はコーヒーを一口飲み、誰も手を付けようとしない白いお皿に盛られたピンク色のマカロンに手を伸ばし、口に含む。

美味しい。

どこのお店だろう。

夫も食べたのだろうか。

目の前の男は黄緑色のマカロンを一口で食べてしまう。


「ピスタチオ」


どうやら黄緑色はピスタチオ味らしい。

夫はアーモンドや胡桃が好きだった。

というより好き嫌いがなかった。

何でも美味しいといって食べてくれた。

目の前の男は黄色いマカロンを口に入れる。


「レモン」


別に教えてくれなくていい。


「キャラメル」


誰に向けて言っているのだろう。

独り言か。

不思議だった。

夫が一緒にいる時夫から出た言葉は全て私に向けられていると思った。

事実そうだった。

だから同じ声で一緒にいるのに私に向いている言葉じゃないのが目の前の彼が夫でない何よりの証拠だと思えた。

彼は夫ではない。

でも彼は佐倉奏なのだ。









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