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恋だけが残る  作者: 青木りよこ
23/32

ベッド

広いベッドだと思う。

この家の家具はほとんどが結婚祝いに兄が買ってくれたもので、義姉が選んでくれた。

あの人は家具に興味はないし、私もなかったからお義姉さんに全部任せた。

おかげで最高の寝心地の未亡人には向いていないベッドが選ばれた。

あの人がいないベッドは冷たすぎる。

この広いベッドがあの人だったらいいのに。

そうしたら私は一生眠っているわ。

私は寝返りを打つ。

ごろごろと転がってみる。

広い。


私はあの人の身体を思い出してみる。

あの人の重み。

首の暖かさ、ちょうどいい太さ。

何度も手を伸ばした、伸ばせば簡単に掴めた背中。

もう私の手は何も掴めない。

だから手は伸ばさない。

もう虚空しかないから。


あの人がいないのに、どうしてこんな風に普通に眠れるんだろう。

あの人がないのにお腹が空いて、美味しいと感じて、お風呂を気持ちいいと思う。

どうしてこんなに普通でいられるんだろう。


私は身体を丸めてみる。

胎児がお母さんのお腹の中にいる時みたいに。

自分の身体で暖を取っているみたいで虚しく思う。

あの人の身体は暖かかった。

このベッドにはまだあの人の暖かさが残っているように思う。


私は想像する。

夢を見ることができないから。

あの人が生き返るというのはどうしてもできると思えない。

寧ろ幽霊になって出てきてくれたらと思う。

幽霊になったあの人は私にしか見えなくて、私達は二人きりでいつまでも仲良く暮らすのだ。

幽霊は触れられるものだろうか。

もし触れ合えないなら私に憑りついて私の身体に入ってきてほしい。

この身などいくらでも捧げる。

私はあの人のものだ。


誰もいないのにお布団はとても暖かい。

まるで裏切りの様に。


「カナちゃん・・・」


私はポツリと呟く。


「カナちゃん・・・」


答える人はいない。

この部屋にカナちゃんはいない。

この部屋どころかこの世のどこにもない。

もうこの世界の誰かの記憶にしかあの人は存在しない。

死んだことすらなかったことになっている。

あの人が死ねるとしたら、それは複製の彼が死ぬ時だ。


涙すら暖かくて嫌になる。

私は掛け布団に深く潜り込み頭からつま先まで覆い隠す。


「カナちゃん・・・」


私がずっと涙を流し続けたらあの人あの世から帰ってこないだろうかと思う。

帰ってきてくれたらどれほど嬉しいだろうか。

まず思い切り抱き着きたい。

それこそ一晩中。

身体中触りたい。

もう絶対離れたりしない。


あの人と学校の先生と生徒ごっこをしたことを思い出す。

あの人が先生で私が生徒。

その時あの人は私を加賀美と呼んだ。

あの人に名字で呼ばれたのはその時だけだ。

私はあの人が買ってくれた白いセーラー服を着て、あの人は生物教師、放課後の補習授業という設定だった。

今思えばお酒も入っていないのによく私達は灯りの煌々と輝く部屋であんなことができたと思う。

恋に狂うとはきっとそういうことなんだ。

よくできたな、偉いぞ加賀美と言うあの人。

あの人は楽しかっただろうか。

私は楽しかった。

それは甘くてしびれる様な切実さだった。

何をしてても恥ずかしくなかった。

一人じゃなかったから。

今はもう何もできない。

辺りは真っ暗闇で誰も見ていないけど。

涙が止まっていることに気づく。

あの人を思い出したから。


これじゃああの人出てきてくれないわ。

だって私はあの人を思い出せる限り冷たい身体をいくらでも一人で暖めることができるから。

引き出しはいくらでもある。

長い夜の夢も、夢から覚めた朝さえも。


























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