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恋だけが残る  作者: 青木りよこ
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同じ顔、同じ声

目の前に夫がいる。

嫌正確には夫と同じ顔をした男が何食わぬ顔で座り暖かいコーヒーを飲んでいる。

その白いコーヒーカップを持つ指を私は知っている。

でも夫はこんな風にしていただろうか。

私をこんな目で見ただろうか。

目の前の男はさっきから私をちらちらと見ては私の中の何かを引きずり出そうと画策するかのような瞳を一瞬向けてきた。

私は目の前の男の隣に座る白衣姿の女性に目を向ける。

夫の同僚の佐藤雅さんと言うらしい。

年は夫と同じくらいだろうか。

ひっつめ髪でやや釣り目がちの美人。

勿論初対面。


私は飲まないのも失礼なのでコーヒーを一口飲む。

少し熱い。


「いい加減話したらどうだ?」


夫と同じ顔をした男が口を開く。

夫と同じ声で。

今頃気づいたけど目の前の男は黒いクルーネックのセーターを着ている。

夫は仕事へ行くときにこんなラフな格好で一度も行かなかった。

いつもスーツを着ていた。

亡くなった日もそうだった。

いつも通り朝ごはんを食べて出かけて行った。


「そうね、いつまでもこうしているわけにいかないわね。時間が惜しいわ」


賢い人と言うのは言うことが違うなと思った。

少なくとも私は時間が惜しいなんて思ったことがない。

夫がいないなら余計だ。

もう夜ご飯の用意をしなくてもいいし、お部屋だって自分一人なら綺麗にしなくたっていい。

もう何もすることがない。

時間などなくたって構わないけれど他人の時間を無駄に消費させるのかと思うと申し訳ない。


「奈緒さん。彼はね、佐倉君なの」


佐倉と言うのは夫の名字だ。

名は奏。

佐倉奏。


「いきなり言ってもびっくりするだろうけどそうなの。正確に言うと佐倉君の複製」


頭のいい人の言うことはわからないと思っていた。

私は特に理系はからっきし駄目だった。

夫は家で仕事の話はしなかったし、私も聞かなかった。

父も教えてくれなかった。

唯凄いことをしていると言っていた。

凄いことは私には想像できなかった。

想像できる凄いことが私には限られていた。

発想の底が浅かった。


「複製って言ってもわからないかしら。簡単に言うとコピー」


私はコーヒーカップに再び口を付け目の前の男を見る。

男も私を見ていた。


「彼は佐倉君の複製なの。記憶も完全にコピーされてるの。だからもう彼は佐倉君と言っていいの。この研究所ではね人間を複製する技術を研究しているの。

そしてね、もうその技術は完成されているの。ただ世間にはまだ公表されていないだけ。

一般化にはまだ当分時間がかかるし」

「そうですか」


何故合いの手を入れたのだろう。

またコーヒーを一口飲む。

まだ熱い。


「それでね、彼は佐倉君としてこれから生きていってもらうの。佐倉君の死を公表しなかったのはそう言うことなの。奈緒さん。佐倉君はね、彼は天才なの。彼を死なせるのはこの国の、ううん、この世界の損失なの。彼にしかこの研究はできないの、だから彼を死なせるわけにはいかないの。ここまで理解して貰えたかしら?」

「はい」


理解はしていないけど頷いた。

目の前の男が夫でないことなど最初から気づいていたからどうでも良かった。

夫の能力さえあれば良かったのなら同じ姿にしなくても良かったのではと思ったが、やっぱり夫の顔は大好きなのでこのまま暫くこの時間が続けばいいと思った。














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