興味
「奈緒は何も買わなくていいのか?」
「私はお洋服いっぱい持ってるもの」
「アイツに買ってもらったのか?」
「ええ」
「アイツ甲斐性なしのくせにな」
「そんなことないわよ」
「アイツは奈緒の服見るの好きだったんだ。自分の服興味ないくせに」
「いいの。あの人は背が高くて足が長くて何着たってかっこいいの」
「おい、アイツを褒めるってことは俺を褒めてるのも一緒だぞ」
「貴方もかっこいいわよ。でも私は眼鏡をかけてる方が好きだけど」
「眼鏡なんか鬱陶しいだけだろ。くもるし」
「そうね。じゃあ、お買い物はいいとしてお茶でも飲みましょうか?」
「ああ、ドーナツ食いたい」
買い物を終えると彼の両手は紙袋でいっぱいになった。
服の趣味は変わらないのか黒い色のものばかり買った。
ただ違うのはクルーネックのセーターとTシャツばかり買ったこと。
あの人は冬になるとタートルネックのセーターばかり着ていた。
似合っていたのにもう見れない。
でも同じ顔をした彼に着て欲しいとは思わない。
私が見たいあの顔はあの人だけだ。
「本当に食わなくていいのか?」
「お腹空いてないからいいの」
彼はドーナツを六つも頼んだ。
あの人も良く食べる方だったけど彼はそれ以上だ。
「美味しい?」
「ああ」
随分淡々と食べるのだと思った。
あの人もそうだった。
美味しいとは言ってくれるけど美味しい顔はしていなかった。
顔に出ない方だったのだろう。
食にも本当は興味なかったのかもしれない。
なら私に興味を持ってくれたというのは奇跡なのかもしれない。
「ねえ、あの人私のどこを好きになってくれたの?」
彼は露骨に嫌な顔をした。
ドーナツを食べてる時の顔でないことだけは確かだ。
その顔は無防備で警戒がないのだと言え、単純に信頼してるとも取れそうだった。
家族に見せる顔、といったら一番近いのかもしれない。
「顔だろ。それ以外なんもないだろ」
「顔はわかってるの。でも思うの。あの人何にも興味なかったでしょ?それなのにどうして私にだけ興味を持ってくれたのかなって。だってこの世には数えきれないくらい人間がいるのよ。なのにどうして私だったの?どうして私だけがあの人の特別になれたの?」
「知るか。好みってのはそういうものだろ。説明なんかできない。あんたはできるのか?」
「私?」
「ああ、アイツのどこが好きか」
「初めて会った時から好きよ」
「その理由は?」
「理由なんかないわ」
「ならアイツも一緒だろ。理由なんかない。ただ手中に収めたい。それだけだ」
「不思議ね」
「そうだな」
「同じこと考えてたなんて」
「そうだな」
「違う人間なのにね」
「自分と同じ人間を好きになるか?」
「ならない」
「一個食うか?」
彼は私にエンゼルクリームを差し出した。
お腹は空いていなかったけど、エンゼルクリームは好きだったので素直に受け取った。
「有難う」
「別に」
別に、か。
あの人が私に別にと言ったことがあっただろうか。
でも私以外の人間には言ったのかもしれない。
私以外に雑なあの人。
何て素敵。
あの人が私に別になどと言うわけがない。
だって私はあの人にとって特別だった。
いつだって私だけはずっと。