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恋だけが残る  作者: 青木りよこ
12/32

他人の人生の続き

お客様用のお茶碗とお箸を初めて出した。


「炬燵で食べましょう」

「どこでもいい。早く食わせろ。腹が空いた」

「それは良かった。いっぱい食べて」


彼は豚汁の大根から食べた。

あの人もそうだった。

いつもお野菜から食べ始めお肉に行った。


「悪い。いただきます、だったな」


彼はそう言って手を合わせた。

あの人がそうしていたように。


「そんなこと気にしなくていいのに」

「礼儀だろ」

「そう」


少し薄味になってしまった豚汁を飲むと身体がじんわりと温まるのがわかった。


「美味いな」

「そう?良かった」

「美味いに決まっているか。アイツと味覚も一緒なわけだから」


そう言う彼はとても寂しそうに見えた。

少なくとも美味しいものを食べているあの人の顔とは違った。

ふと他人の人生の続きを生きるとはどんな気分だろうと思った。

彼はそれを望んだわけじゃない。

自分で手に入れたわけじゃない。

それは楽だともいえるし、この上なく苦しいことのようにも思えた。

他人にお膳立てされすぎた人生。

強制された未来と自分ではどうにもできない何一つ意思のない当事者でない過去。


「複雑な顔だな。何か思うことがあるなら言ったらどうだ?」


向かい合う彼は私の顔を見て満足そうに唇に緩い意地の悪い笑みを浮かべた。

あの人もそんな笑い方が出来たのだろうか。

出来たなら見たかった。

それとも私に見せるために彼はこうなのだろうか。


「何も思ってない。ごめんなさい。ちょっと豚汁薄かったね」

「美味いぞ」

「そう。それならいいけど」

「俺に聞きたいこととかないのか?」

「特にないけど」

「本当にあんたはアイツ以外興味ないんだな。アイツそっくりだ」

「そう。あの人もそうだったの」

「ほら、またその顔だ」

「え?」

「アイツの話すると本当に顔が変わるな、あんた。露骨すぎるだろ。育ちがいいのに」

「育ちがいいって、お金があっただけだよ。古い家柄とかそういうんじゃないもん」

「金有るだけで十分だろ。ない家のが多い」

「それはあの人がそう思っていたの?」

「さあ、どう思う?」

「あの人他人に興味なかったし、お金にも興味なかったから」

「そうだったな」

「あの人本当に美味しいと思ってくれていた?」

「思ってたよ」

「あの人私と結婚して幸せだった?」

「ああ」

「ずっと?」

「ずっとって?」

「私と出逢ってからずっと?」

「ああ。何がそんなに気になるんだ?」

「わからない。だってもう確かめようがないから」

「俺の方こそあんたがわからないな」

「私?」

「あんたは何不自由なく育ってるよな。よく何不自由なくというがあんたはそれ以上の暮らしだ。結婚祝いといってこんな馬鹿高いマンションを買ってくれる兄がいて、株の配当金だけでアイツの年収なんか軽く超える。確かにあんたは生まれてすぐに母親に死なれて所謂母の愛を知らない子供と言うことになるがそれが特別だとは思わない。あんたには優しい兄と姉がいて家政婦がいて、いつも気にかけてくれる伯母もいる。父親は仕事熱心だったがあんたに無関心だったわけじゃない。なのにあんたは何でそうなった?」

「どうなってると思うの?貴方は」


この場合貴方はじゃなく、あの人は、だろうか。

これはあの人の記憶が言わせてるの?

ならあの人の言葉になる。


「あんた異常にあいつのことが好きだよな。依存と言ってもいい。何でだ?」

「何でって言われても」

「アイツがあんたに執着するのはわかる。アイツと初めて会った時のあんたは天使みたいに小さくて可愛かったし」


天使か。

あの人は奈緒ちゃんは天使みたいに綺麗と言ってくれた。

奈緒ちゃんだけはきっと神様が作ったんだと。


「でも、あんたがアイツにそこまで執着する理由はない。顔だけなら俺だって一緒だろう?」


おかしな光景だ。

あの人と同じ顔をした男の人と向かい合って食事をしてあの人の話をしている。


「あさりの酒蒸しはどう?」

「美味いが、話を逸らすな」


あの人はあさりや牡蠣が好きだった。

あの人はもう食べれない。

そう思うと涙が出そうになって慌てて立ち上がって、冷蔵庫から水を出して飲んだ。


「おい、どうした?」

「何でもないの」


泣くわけにはいかない。

あの人の前以外で。

 

私はあの人に何をしてあげられただろうと思う。

それがこれからわかるのだろうか。

あの人が私をとても好きでいてくれたことは彼に言われなくてもわかっている。

でも私はそれをちゃんと返せていただろうか。

あの人はたった二十九年間しか生きていなかったのだ。

生きられなかったのだ。

たった二十九年間しか。



























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