魔女の失敗
深い森の奥には魔女がいる
そんな戯言に踊らされて毎年森にはあまたの貢物が来て数百年。もはや村は一向に姿を表さず、気配すらない魔女を信じてはいなかった。しかし貢物は時として要らないものを捨てるのに便利と細々と続けられていた。
そして、今年送られてきた貢物は、1人の子供だった。黒い髪と黒い目。目に光はなく、身体は痣や傷だらけで髪もボサボサ。少年は生きているのが不思議と思われるほどに、ボロボロだった。
「最近の貢物は汚くなったわねぇ」
貢物が年々おかしくなってるわ。ちょこっと脅した方がいいのかしら?と首を傾げる女性を少年は見上げる。
女性は黒かった。それは少年を比べても差がないほどに。いやそもそも少年が虐待された理由が魔女の色で黒いからという理由ならば、この森にいるおそらく魔女だと思われる彼女が黒くないはずがないのだ。ただ、少年はぼんやりと眺めた。自分を殺すであろうその人を。
「最近の人間っていうのは魔女を馬鹿にしすぎだと思わない?」
たかだか百年の命、奪ってやろうかしら。
残忍に微笑む彼女はこちらを見て手を伸ばした。少年は黒い彼女を見上げる。彼女は笑っていた。
「いいわ。貢物を拾わない理由もないもの。せいぜい私好みに育ててあげる」
「手を取りなさい」
少年はゆっくりと手を持ち上げた。細い指は黒い彼女の、魔女の手に置けば彼女は少年を引っ張りあげる。
突然のことに反応すらできずされるがままに引き上げられ、彼女の腕に収まれば、魔女は変わらず笑いながら、まずは太らせるところから始めましょうと言った。
……………
「朝です。魔女様起きてください。朝ごはんができました」
「嫌よ。あと3時間は寝るわ」
「ご飯が冷めてしまいます」
「別に構わないわよ」
時が経ち、少年が青年へと変貌を遂げた。
青年は魔女の望んでいた姿とは多少なりと差異があったとはいえ、概ね成功といっていい。
青年は昔のボロボロ姿はどこにもなく、つややかに伸びた髪と昔に比べて表情が出る顔。光のなかった目は多少なりと光が見え、彼は美丈夫へと変貌を遂げていた。
しかし、彼女にとって彼の唯一の失敗と言えば煩いというところだろうか。
「ダメに決まってるでしょう。ご飯は暖かいから美味しいのです。さっさと起きてください」
そういうなり布団を剥ぐ彼。下には胸と下のみ衣服を着た彼女。彼にとって彼女のそんな姿など見慣れたものだが、毎朝思うのは、やはり心臓に悪いということだ。
「はぁ…どこで失敗したのかしら?」
「何を言ってるんですか。こんな成功例も無いでしょう」
起きてくださいと手を伸ばせば、魔女様は嫌そうな顔をしながら手を伸ばす。伸ばされた手を掴んであの日のように引っ張り上げて腕に閉じ込めれば、当然というように彼女は彼の胸に体を預け、欠伸をする。
彼は考える。
魔女を陥落させる日も近いかもしれないと。
深い森の奥には魔女がいる。
そんな噂に踊らせて村は貢物を定期的には捧げる。
しかし、噂は廃れある時から貢物は捧げられなくなった。それはとある少年を捧げた以降捧げた貢物を受け取った形跡がないからかもしれない。
その森には永く共に暮らす黒い2人と、数個の貢物のみがあった。




