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9話 採取と狩猟

 

「おおお……ひどい目にあった……。まだ舌の上で針が踊っておるようじゃ……」


 トンガラ草の実の辛さに怪鳥のような叫び声を上げたアルは、たらふく水を飲み、対処療法的に木苺を大量に口に詰め込むことで落ち着いた。


「アル、見た目じゃ味は判断できないんだから何でも口に入れるのはよくないよ。というかアルは長生きしているのに木の実の味を知らないの?」


 封印されている間、植物も環境の変化で形を変えていったのかもしれないが。


「妾は女王であるぞ、妾の舌を満足させぬ貢物など一つとしてなかったのじゃ。こんなものは食い物ではない」


 アルの下にいた竜達はこぞって豪勢なお食事を提供したらしい。

 贅沢に慣れきったアルに激辛のトンガラの実を出すツワモノはいなかったんだろうね。

 でもボクは料理で使いたいのでいくらか採取していくことにした。


 アルの介護とトンガラの実の採取を済ませた後は本来の目的である鳴子の設置に戻る。


「リズ、ロープの端っこ持ってくれる?」


「分かってるわよ。こんな感じね。結んだわ」


「うん、――よしっと。こっちもできた」


 ロープに緩みがないことを確認し、触れて音が鳴るか確かめる。

 問題がないことを確認して次に設置すべき場所へ。

 それを繰り返し、村長に任されたエリアが完了する。


「やっぱり2人だと早いね。ありがとうリズ」


「当たり前のことをしたんだから礼を言われるようなことじゃないわ。日の高いうちに薬草を採って帰りましょ」


「了解。アル、薬草を探そうか」


「薬草というのは美味いのか?」


 美味しいか不味いかのシンプルな基準で生きているアルがちょっとだけ羨ましい。


「塗り薬になるものもあるけど、内服薬になるものは大体は苦いね。ギムネーマ草っていう薬草があるんだけど、あれは一日中何を食べても味を感じないぐらい苦かったなあ」


 ギムネーマ草に限らずこの辺りで採れた薬草を使ってオリビアさんが調合してくれた薬は抜群に効果はあるけれど、失神しそうなほど苦い。オリビアさんが言うには味と香りは効能の一部なんだそうで文句をつけてはいけない。

 でも傷薬ならしみる程度で済む塗り薬が一番マシだね。


「妾は苦いのは嫌じゃ。好んでそのようなものを口にするなど、汝ら人間は気でも触れておるのか」


 薬の味を想像して寒気でも走ったかのようにぶるりと体を震わせるアル。

 こういう仕草は幼い女の子の見た目に相応しくてかわいい。


「好きで口に入れてるわけじゃないよ。ボクらはアルみたいにほっといてもすぐに傷が治ったりしないからね」


 正確にはボクを除く人間か。


「まあよい。民が健康でなくては妾への奉仕に差し支えるというもの。薬が必要なのは理解した。退屈しのぎに付き合ってやる。む、クリスよ」


「どうしたの?」


「あれを見よ、トンガラ草とやらが生えておる隙間に丸々と太った兎がおる。うまそうではないか」


 アルの隻眼の視線の先を追うと確かにいた。

 三本の鋭利な角を頭頂に並べた、三角ウサギだ。

 アルの7割ぐらいの体長でウサギとしてはかなりのサイズだ。


「今宵はあれの丸焼きを所望するぞ。じゅるり」


 涎を垂らして三角ウサギに食欲という名の秋波を送るアル。


「本当によく食べる子ね。あたしアルマリアちゃんがあれを一羽丸ごと一晩で平らげても驚かないわ」


「ボクもそう思う」


「のんびりしている場合ではないぞクリスよ、早う仕留めるのじゃ。妾の馳走が逃げる」


「もう気づかれてるかもしれないけど。外したらその時は諦めてね」


 アルに急かされて背負っていた短弓を取り出した。

 幸い三角ウサギはまだ射程範囲内にいる。

 この場から動かずとも当てられるだろう。

 腰のベルトに吊っているスタビライザーと照準器(サイト)を素早く取り付ける。

 矢筒から矢を1本抜いて弓に番え、照準を三角ウサギの首へ。

 弦を引き絞り息を止めて狙いを定める。

 この瞬間に緊張しすぎたり殺気を籠めると獲物に察知されやすい。

 気負いなく矢を放った。


 飛翔した矢は狙い通り首に吸い込まれる。

 白い毛並みに赤い点がひとつ咲いてじわりと滲む。

 急所を射抜かれた三角ウサギは数回体を痙攣させると間もなく絶命した。

 残心を終えると背後で見ていたリズが息を飲むのが感じ取れた。


「見事じゃ。流石妾の下僕である」


「そうね。クリスの弓の腕、初めて見たけどすごいじゃない」


 2人が口々にボクを賞賛する。

 しかし、ボクには素直に喜べない事情があった。


「褒めてくれるのは嬉しいんだけど、ボクの腕が通用するのは三角ウサギがせいぜいだよ。

 当てるだけならアイアンシザーグリズリーにだって走りながらでもできるけど、絶対に毛皮は撃ち抜けない」


「そうなの?」


「うん、弓術スキルがないから威力は出ないんだ。それにスタビライザーとサイトなしじゃこの距離でもボクは三角ウサギにもまともに命中させられないんだよ」


「スタビライザーとサイト?そういえばあたしの知ってる弓と違ってごちゃごちゃと棒みたいなのがついてるわね」


「ああ、ボクが勝手にそう名前をつけて呼んでいるだけで、普通こんなもの取り付けたりしないよ。

 ボクの腕で当てられないなら弓そのものに一工夫加えてみようと思って作ったんだ。

 スタビライザーは矢のブレを抑制するための部品で、サイトは狙いを簡単に定められるようにするためのものだよ。

 命中率が劇的に上がったのはいいんだけど、道具に頼りすぎると腕を鈍らせるだろうからどうしても獲物が必要な時だけ使ってる」


 そう、道具の補助でなんとか狩猟に成功しているだけなのだ。

 自分の実力を誤魔化していては成長に繋がらないだろう。


「へえ、あたしは別に悪いことじゃないと思うわ。そういうものを思いつくのはクリスの強みなんだから使えばいいじゃない。

 誰だってミゲルおじさんみたいに真っ直ぐ強くなれるわけじゃないんだから。

 もしクリスが道具の改良を進めてあたしたちでも村を守れるような武器ができたらそれが一番でしょ?」


「そんなものかな?」


「そんなものよ。今回のアイアンシザーグリズリーの対策だってご先祖様が力押しじゃない方法を模索した結果よ?

 どうしようもなく弱くて、努力したって強くもなれない人達が必死で考えたの。英雄が助けてくれるなんて神頼みしないでね。

 クリスはミゲルおじさん(英雄)にならなくていいんだから、クリスにできることで村に貢献してくれればいいのよ」


「ボクにできることで……?」


 ……リズの言う通りなのかもしれない。


 例えばここに千人の人がいたと仮定する。

 その中に父さんと同格かそれ以上になれるのは十人いればよい方だろう。

 無数の弱者の上に少数の強者が立つように世の中はできている。

 食物連鎖の構造と同じだ。

 ボクは千人中の十人に選ばれる器じゃない。

 弓の腕はいつまでも半人前のままの可能性だってある。

 確かに強さは一人前の狩人になる必要条件だ。

 しかしボクの目標は一人前の狩人だと人に認められることとは違うのではないか?

 本質は狩人として、父さんの息子として、カルデ村の一員として誇れる何かを成し続けることにあるのでは?

 ご先祖様が苦心してアイアンシザーグリズリーの討伐法を編み出したように手段を制限する必要はないんだ。

 道具に頼ることをリズは肯定してくれた。

 それこそがボクの持ち味だと信じるのもひとつの選択肢なのかも。

 理想に至る道筋はボク自身の手で開拓すればいい。



「――思えば父さんは基本以外は何も教えなかったね……。

 スタビライザーとサイトのことも何も言わなかった。

 ボクなりに狩人としての生き方を考えて結論を出せってことだったのかな?」


「おじさんなら有り得そうな話ね。

 クリスには自力で気づいて欲しかったんじゃない?」


 父さんが帰ってきたら話してみようかな。

 今後のボクの修行の方針。


「クリス、木苺娘。話は済んだか?」


 会話の輪の中に入ってこないと思ったらアルは仕留めた三角ウサギを担いでこちらまで運んできていた。

 三角ウサギはアルより小さいとはいえ、体重は大人でも引きずるのがやっとの重さだ。

 外見を裏切る凄まじい膂力に驚かされる。

 リズも目を丸くしている。


「ただの食いしん坊だと思ってたけど力持ちね……あなた」


「当然じゃ。力のない竜なぞいるものか。さあ宴にするぞクリス。アレに備えて英気を養わねばならぬからな」



 アルの頼もしい姿に率いられ、リズのアイテムボックスを薬草でいっぱいにしてからボクたちは村に戻った。


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