8話 スキル概念とクリスの悩み
説明回です。
囮役を引き受けた後、ボクは本来の仕事である鳴子の設置と偵察のため森に入った。
ついでに食料になる山菜や木の実の採取もやっておきたいところだ。
備蓄されている食糧の多くを街に向かう人達に持たせたので蓄えはあればあるほどよい。
また、診療所のオリビアさんから可能であれば薬草も採ってきてほしいと頼まれている。
彼女の治癒魔法では追いつかない重傷者が相次いで出た場合に怪我の軽い者への処置として出番がある。
これからの状況次第では嫌でも必要になるのだから希望に沿うようにしたいと思う。
で、一人で行動するつもりだったけどリズとアルがついてきた。
リズは『鳴子を設置するなら二人でやった方が早いでしょ。それに採取をするならあたしのアイテムボックスが必要じゃない?』という理由で同行を求めてきた。
現在の森の危険性を鑑みてリズはボクとの行動をおじさんとおばさんに止められていたのだが、自信はあるのに志願した囮役を頑として認めてもらえなかったことがよほど腹に据えかねていたらしい。
根気よくご両親を説得してボクと行動する許可を得てきた。
彼女が負けず嫌いなのは幼少からの付き合いでよく知っている。
ただ、昔と違い無理にわがままを押し通そうとする子供ではなくなっているので、妥協点を探った結果が森での仕事への従事なのだろう。
アルの方はというと森の植物に興味があるらしい。
木苺がかなりお気に召したらしく自生している木の実を見つけては『クリスよこれは美味いのか?』と訊いてくる。
こちらが胸焼けするぐらいおやつを食べたのにまだ食欲があるなんて竜の胃袋は小さくとも特別な出来なんだとある意味感動してしまう。
リズもそんなアルをげんなりとした目で見ていた。
気の遠くなるような長い年月の絶食がアルの食欲を爆発させたのかもしれない。
幼体になったことで食べ盛りというのもあるだろうけど。
アルはいつか最初見たときのような大きさに成長するのだろうか。
「クリスよ、うまそうな匂いのする実を見つけたぞ。これはどうなのじゃ?」
アルが掌に収まる大きさの赤い木の実を持ってきた。
表面が艶々としていて光沢があり、皮の内側から果肉がはちきれんばかりに膨らんでいる。一目見ただけで甘い果汁のジューシーさが伝わってきた。眺めているだけで口の中に唾がたまりそう。
「それはアルカロの実だね。とても美味しいそうだけど――」
「ほう。美味いのなら食わぬわけにはいかんな」
2~3ヶ月は目が痒くなったりくしゃみが止まらなくなる速効性の毒がある――と言う前にアルは一口かじってしまった。
「美味い!美味いのじゃ!」
伝聞に違わず美味しいらしい。
アルは目を輝かせてさらに一口とアルカロの実にかぶりつく。
「アル!それは美味しさと引き換えに毒があるんだって!」
アルを止めようとしたものの時すでに遅し。
猛烈な速度で完食してしまった。
「うむ、実に美味であった。もう1つ味わいたいところじゃがあれ1個しかなっておらんかったのが残念でならぬ」
「ねえ、アル……」
「何じゃクリス?」
「その、体なんともないの?目や鼻が痒くなる毒があるんだけど……」
見たところ平気そうではあるが、油断はできない。
「汝は妾が古代竜であることを忘れておるのか?毒など効くわけなかろう。古代竜には生まれつきこの世全ての毒を無効化するスキルが備わっておる。下僕として魂を共有した汝にも妾ほどではないが、毒への耐性がついておるのだぞ」
そんなことも知らぬのか?常識だろうと呆れた態度で言う。
確かにアルの言葉を裏付けるように一向に症状が表れないので、つくづく竜というのは規格外の存在だと思い知らされる。
「赤い実は美味いものなのだな。もっと探すのじゃ」
アルはすっかり木の実の虜になってしまったらしい。草木をかきわけ目を凝らし始めた。
毒が効かないのなら心配しなくてもよさそうだ。
ボクも小なりそのスキルの恩恵を受けているというのは意外だったけど。
それにしてもスキルか……。
世界を生み出した神があらゆる生き物に与えた魔力とは別の魂の力。
人の強さを語る上で外すことのできない要素。
昔、父さんからそう教わった。
ただその説明だけではあまりに漠然としているのでもう少し掘り下げていきたいと思う。
まず父さんのもつスキル、【弓術】を引き合いに出してみよう。
これは読んで字の通り弓を扱う術に関わる技能だ。
弓術のスキルが発現すると、集中力が高まって狙った的に正確に命中させる技術が身についたり、重い弓の弦でも軽く引けるようになるのだという。
また、スキルは鍛練を続けることで『成長』する。
そしてそれは成長するとその性質を向上させ、より様々な恩恵を人に与えるのである。
達人の域まで熟練したスキルは魔法に匹敵する奇跡を起こす。
父さんであれば既に射られて宙を飛ぶ矢を頭の中で思い描くだけで、少しではあるものの軌道を変えさせることができる。
騎士時代、常に動き続ける敵に確実に命中させる方法はないかと試行錯誤しているうちに矢と一体化するような錯覚を覚え、いつしか自らの意思で可能にしたのだという。
これこそが父さんを弓聖たらしめた技なのである。
このスキルというもの、先天的に備わっているケースと後天的に身に付けられるケースの2通りがある。
アルの【全ての毒を無効化】は先天的なものに分類される。
古代竜という種族の枠にある固有のものである。
これとは別に親から子へスキルが受け継がれる場合もある。
父さんには生まれつき弓術のスキルがあったという。
ボクの一家は代々狩人をしていて、亡くなったおじいちゃんもひいおじいちゃんも生まれた時には既に弓術を宿していたそうだ。
全ての親子の例に当てはまるわけではないが、スキルは子に受け継がれるケースが圧倒的に多い。
親にはないスキルを持って生まれてくることはあるし、ごく稀に2人といない特異な才能の持ち主も世の中にはいるらしい。
次は後天的に身に着けることのできるスキルについて。
こちらは元々才能として持っていなくても後から訓練で獲得することができる。
そもそも弓術自体は特別珍しいスキルじゃない。
ある程度体ができていて最低でも1ヶ月は弓の練習をすればほとんど誰でも発現するものなのだ。
後は成長させる意思があるかどうか。
父さん曰く後天的に身につくスキルならば生まれつき持っているかなど所詮誤差でしかないという。
ただひたすら修練に打ち込み、実戦を重ねてスキルに対する理解を深め、能力の極みを探求し続けることこそが重要なのだと説いていた。
しかし、鍛練をし続けたからといって誰もが父さんのようになれるわけではない。
同じスキルを持つ2人の人間がいても性格は違って当たり前だし、肉体のスペックも異なる。
個々の適性によって明らかに成長速度と強弱に差が出てしまうのである。
そこでボクの場合なんだけど、弓術のスキルがボクにはない。
ボクが7歳の頃、父さんに街まで連れていってもらったことがある。
冒険者ギルドに立ち寄った時、触れただけで人の才能を示すという水晶玉の形をしたアーティファクトのことを教えてくれた。
既に父さんからみっちり弓の稽古を積ませてもらっていたボクは当然弓術スキルが発現しているものだと思っていた。
しかし戦闘における才能を示す欄にはボクの期待していたものはなかった。
ただそこには1つだけ【機巧武器術】というスキルがあっただけだった。
経験豊富な父さんも見たことがなくギルドにいる人の誰もこんなスキルは知らないと首を傾げた。
何らかの武器を扱うスキルではあることは字面で分かる。
けど、『機巧武器』という文字を見てもそれが何の武器を指すのか皆目見当もつかなかった。
水晶玉はスキルの存在を示してくれるだけでどのように使うスキルなのかは何も教えてくれないのだ。
村でも手に入る剣や槍、斧、短剣など色々と試してみたけれどしっくりくるものはなく、適当に振ってみてもスキルの後押しを得られている実感もなかった。
扱うべき武器の正体が分からなければせっかくの才能も無いのと同じだ。
ボクは機巧武器術については追究するのを諦め、弓術が開眼するのを待つことにした。
そして現在、未だにボクに弓術が現れる兆しがない。
アーティファクトに多少の造詣があるオリビアさんがギルドにあるものと同じ水晶玉を用意してくれたのだけど、ほとんど毎日触れても機巧武器術以外のスキルは表示されることはなかった。
スキルを得る条件を満たす上で一体ボクに何が不足しているのか?
それを知らなければならなかった。
弓を始めて2週間で弓術が発現したという6歳の少年に練習の風景を見せてもらったことがある。
クセの少ない初心者であれば、一人で練習するだけでは見つけられないヒントを発見できるのではないかと考えたのだ。
しかし、彼はボクが父さんから教わったのと寸分も違わない基本を踏襲しているだけで参考にはならなかった。
スキルそのものが存在しなければ成長どころの話ではない。
狩人の息子として父さんの後を継ぐのなら致命的だ。
Dランクまでの弱い魔物や鳥獣ならばスキル無しでも通用する。
が、そこまでだ。
Cランク以上の魔物にはまったく歯が立たなくなる。
森の奥から不意にやってくる村の脅威を取り除くことができない。
父さんとて体は一つだ。
万が一強力な魔物の群れに襲撃されたら手が足りなくなる恐れがある。
だから腕前が上がらないことについては実のところかなり焦っている。
来年には16歳。成人として、一人前として扱われるのだから尚更だった。
昨日の遭難の原因が焦りに起因していると指摘されても否定できないだろう。
その点は大いに反省して、強くなることに近道はないのだと肝に銘じることにした。
一人前への道は霧がかかっていて見通すことはできないけれど、一歩ずつ進んでいこうと思う。
「んなあぁぁぁっ!!!!辛い!こやつは赤いのに辛いのじゃあ!!クリス、水じゃ!水を用意せよ!
あんぎギャあぁぁぁアアァァ!!」
ほんの微量ならば香辛料として料理の良いアクセントになるが、とてつもなく辛いトンガラ草の実を丸ごと口に放り込んで咀嚼したアルは口から火でも吹きそうな表情で悶絶した。
優れたスキルがあるからといって性能を過信しすぎてはいけない。
ボクはその教訓をアルから学んで本来の仕事に戻るのだった。