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7話 ミゲルの息子 2-2

 

 村長のレオナールおじさんの家を訪問するとボクがアイアンシザーグリズリー退治に志願してくれたことを歓迎してくれた。

 父さんに遠く及ばない半人前のボクでも戦力と見なしてくれたことは誇らしいと思う。

 みんなの足を引っ張らないようにしないとと心を決める。


「――とアイアンシザーグリズリーを倒す手順はこんなところです。クリス君、質問はありますか?」


 おじさんは自分の娘と同い年の子供が相手でも、穏やかで丁寧な調子を崩さず今後の対策を説明した。

 その間アルは話を聞いているのかいないのか、おやつに出された山盛りの木苺に夢中である。

 朝食を食べたばかりなのに健啖なことだ。


「はい。作戦の内容は理解しました。どんな仕事でも遠慮なくボクに言ってください」


「ありがとう。警戒できる範囲を広げたいところなんです。危険は承知の上ですが森の歩き方を知るクリス君には鳴子の数を増やしてもらいたいと考えています」


 一度森で遭難しておいて信頼を置かれるのはなかなかのプレッシャーだ。

 恥の上塗りにならないよう今度こそ慎重に行動しよう。


「分かりました。すぐに取り掛かりたいと思います」


 適材適所の方針の下にボクの役割が決定した。

 早速木工職人をしている人の所へ向かおうとしたところ、マギーおばさんとリズの親子が家に帰ってきたようだ。何やら口論しているのが耳に届いてくる。


「だからお母さん、言ったじゃない!男なんてみんな腰抜けなんだからあたしがやるって!」


「駄目だって言っただろう!何度言ったらわかるんだい!アンタが囮役をやったところでいい餌だよ。犬死にしようとする娘を放っておけるかい」


「そんなこと試してもいないのに決めつけないでよ!あたしだって男に負けないくらい走れる!」


「はあ……まったくこの子は頑固だねえ。誰に似たんだか」


「あなたの娘ですから」


「口の減らない子になったもんだね。嫁のもらい手がいなくなっちまわないか心配だよアタシは」


 玄関からでもはっきりと聞こえる言い争いに身構えていると2人がボクらのいる応接間に入ってきた。


「エレナおばさんにクリス?」


「おや、いらっしゃい。うちのダンナに相談に来たのかい?」


 こちらの姿を認めると喧嘩をやめていつもの調子で声をかけてきた。

 何かと衝突する母子だけど互いにさっぱりとした気性なので気持ちの切り替えが早く後をひかないのだ。

 すぐにボク達の事情に関心を寄せてくる。


「ええ、マギー。うちのクリスも村に残って戦うことに決めたのよ。そのことでレオ君と話していたの」

 マギーおばさんの質問に母さんが答えた。


「ハハッ!嬉しいね!ミゲルとエレナの息子だけのことはあるよ。可愛い顔してるのに芯の強い子だ」


 おばさんが快活に笑ってボクを賞賛した。

 幼馴染の母親に褒められるのは年頃の男としては、もう男じゃなかった……。

 とにかく気持ちの上では年頃の男として恥ずかしい。

 火照る頬を見せまいと黙って俯く。


「ふーん、まあカルデ村の男ならそれぐらいして当たり前よね。大人の邪魔にならないようせいぜい頑張ってちょうだい。ところで誰よその子」


 リズが明らかに場違いなドレスを着て木苺を貪っているアルに興味を示した。


「この子はアルマリアちゃんって言うの。うちの新しい家族よ」


 母さんが色々と説明の足りない紹介をする。


「えーと、エレナおばさん……?」


 大人にはともかく子供にはアルのことは伝わってなかったみたいだ。

 どこからツッコんでいいのか分からないリズは混乱してぎこちない笑顔を浮かべて母さんとアルに視線を往復させた。

 リズのもっともな疑問に母さんが唇に人差し指をあて困ったような表情で言う。


「うーん、クリスが森で拾ってきた子だからねぇ。そうそう、アルマリアちゃんは古代竜(エンシェントドラゴン)の女王様だそうよ。私が知ってるのはそれぐらいかしら」


「え?」


 母さんが付け加えるように発言するとこれまたリズの混乱に拍車をかけてしまった。


「要するに、どこに住んでいたかも分からない迷子をクリスが連れてきたってことですか?」


 いきなり古代竜(エンシェントドラゴン)の女王という突拍子のない単語が出てきたのでリズは忘れることにしたらしい。母さんの端折った説明で妥協することにしたようだ。


「そんなところよ。仲良くしてあげてね」


「え、ええ……。その、アルマリアちゃん?あたしはリズよ。よろしくね」


 リズがアルの顔を見てぎこちない笑顔を張りつかせたまま自己紹介した。


「うむ、昨日の娘か。くるしゅうない。この木苺は汝がとってきたものか?」


「……そうだけど?昨日の娘?」


「よい供物であった。今後は妾に仕える民として励むのだぞ小娘。働き次第では妾の女官の末席に加えてやろう」


 口元を木苺の果汁でベトベトにしたままアルは威厳を振りまいて言った。


「何よこの子!冗談はその奇天烈な格好だけにしてよね!」


 いきなり臣民の小娘扱いされたことに気の短いリズが激昂する。

 それに対してアルは、


「何じゃと!?妾の生み出すドレスの美しさが理解できぬというのか。おお、何と哀れな娘じゃ」


 と残念な生き物を目にしたかのように嘆いた素振りを見せた。


「むっきー!あなたに美的感覚をけなされる覚えはないわよ!失礼な子ね!」


 ……。

 なんとなくアルとリズの相性が悪いだろうなと思っていたら案の定だ。


「煩い娘じゃのう。クリス、妾の命令じゃ。この木苺娘をしつけよ」


 間に入り込めず静観を決め込んでいたこちらまで巻き込んできた。

『木苺娘ですって!?ぐぬぬ……!』と怒りに震えているリズを宥めるべくボクは声をかけた。


「まあまあリズ。お姉さんなんだから子供の言うことぐらい真に受けないで受け流してあげようよ、ね。クッキー焼いてきたんだ。ほら、これでも食べて落ち着こう?」


 クッキーを取り出してテーブルの皿の上に並べる。


「そうね、子供の言うことにカリカリするなんてあたしらしくないわ。じゃあ、いただくわね」


 リズは気を取り直したように皿に手を伸ばした。

 が、

「む、クリスよ妾への供物を持ち歩いておるとはよい心がけじゃ。褒めてつかわす」


 アルはまだ食べ足りないのか皿を手元に寄せて全て自分のものだと独占するように抱え込み、クッキーをつまみ、口いっぱいに頬張った。


「ちょっと!それクリスが私のために焼いてきたものよ!横取りじゃない!お皿いっぱいの木苺でも足りないっていうの!?」


 鎮静剤として出したクッキーはかえって火に注ぐ油の役目を果たしてしまったようだ。

 だが、アルは絶叫するリズのことなど霞関せずクッキーに夢中になっていて相手をする気もなくなっていた。リズだけを相手にすればよい分楽なはず。

 意地汚いアルには後できちんと話すとして。


「リズ、クッキーぐらいあげたっていいじゃないか。代わりに今日のお昼ボクが作ってあげるからそれで機嫌直そう?」


 興奮するリズの手を握って目を合わせる。

 すると彼女は子供相手に短気を起こしてしまったことにばつが悪くなったのか沈静化して下を向いた。


「…………もうクリスは誰にでも甘いんだから。……お菓子なんかで子供と喧嘩なんて大人気なかったわね。反省するわ。それよりいつまで手を握ってるつもり?」


 怒りの余韻が残っているのか真っ赤な顔をしたリズに責めるような目つきで睨まれた。


「へ?わわっ!?ごめんねリズ!」


 慌てて手を振りほどいて引っ込める。

 リズの手指の柔らかさが握った手の中に残っていて、脈絡なく昨日見てしまった彼女の裸を思い出してしまっていつの間にか心臓がバクバクと激しい動悸を訴えていた。



「若いねえ……」

「そういえばマギーにもレオ君とあんな頃があったわね」

「その話はよしとくれよ。アタシも30超えてるんだからさ」

「いい思い出じゃない。昔話がしたくなっちゃったわ」


 母さんたちはそんなボクらの様子を何やら遠い目で見ていた。


「あのー、皆さん。時間に余裕もありませんし相談の続きをさせてもらいたいのですがよろしいですか?」


 すっかり影の薄くなっていたレオナールおじさんがおずおずと切り出してきた。

 今は村の危機的状況にあると思い出し、クッキーにご執心なアルを除いてボクらはおじさんの話を聞く姿勢に戻る。

 彼は安堵したように一息空気を吸って、間を置くとマギーおばさんの方を向いた。


「マギー、囮役の件どうでしたか?」


 その質問に対しおばさんはかぶりを振った。


「駄目だったね。足の速いのに声をかけてみたけどタルカスもソラルも自信はないそうだよ。一番厄介な仕事だからね、無理強いはできなかった」


「そうでしたか」


 レオナールおじさんは断られるのを覚悟していたような面持ちで頷いた。


「お父さん、お母さん、囮役ならあたしがやるって言ってるじゃない」


 リズが玄関先の口論と同じことを繰り返して言う。

 母子で平行線を辿ってきた話だ。

 マギーおばさんが娘を叱るべく口を開きかけたが、おじさんが手で制して先に話す。


「リズ、それは僕も許可できません。リズがどうしてもやるというのなら僕がやります」


 おじさんがそう言ってリズを止める。

 最初にされた説明で聞いていたけど、アイアンシザーグリズリーを罠に誘い込む囮役はまだ決まっていなかったらしい。

 ボクは昨日のことを思い返す。

 巨体であり、足を負傷しながらもボクを見失わずに追ってきた速さ。

 己の肉体だけで木を伐り倒す鋭い爪と怪力。

 純粋な殺意に満ちあふれた獰猛な双眸。

 ただただ、恐ろしい。

 遠目にだって視界に入れたくない。

 絶対に死にたくない。

 せっかく助かったばかりの我が身を危険にさらしたくない。

 けれど、

 けれど……

 母さんやリズを失うことに比べればそれがどうだというのか。

 力があろうとなかろうと、リズがしようとしたように愛する人に体を張ることはできるのだ。

 そこに無謀と勇気をはき違えたりせず、勝算を見いだせればほぼ完璧だ。

 今のボクは無策か?

 違う。みんなが知恵を絞って考えてくれた作戦もあれば、最低限の仕事をこなす能力があるはずだ。


 気づけばボクはみんなの前で自分でも驚くほど流暢に、魂の根幹ともいうべき箇所から湧き上がった気持ちと共に己の意思を伝えていた。


「囮役、ボクにやらせてもらえませんか?ボクは何回かアイアンシザーグリズリーから逃げるのに成功していますし、どんな動きをしてくるかもこの目で見て知っています。アルの力も借りればより確実に勝利に近づきます。ボク以外に適任者はいないはずです」




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