6話 ミゲルの息子 2-1
アルと出会ってからの翌朝。
朝食の準備を済ませ、女の子の姿をした寝ぼけ眼のアルをテーブルにつかせる。
「くぁぁ……妾はまだ眠り足らぬぞクリス。朝ぐらいゆっくりすればよいではないか。汝ら人間は何故にそうも生き急ぐのじゃ……ふぁぁ」
愛らしい欠伸をしてそのままうとうととするアル。
その姿を母さんは我が子であるかのように慈愛に満ちた瞳で見守っている。
「やっぱり可愛いわぁ。子供がもう一人できたみたいで母さん嬉しい。アルマリアちゃん、クリスが作ってくれた朝ごはん冷めちゃうわよ?」
「むにゃ……それはならぬ。食べるのじゃ……くぁ……」
アルはもう一度大きな欠伸をするとのろのろとした手つきで食事を始めた。
それを見届けてボクと母さんも食器を手に取る。
黙々と料理を口に運ぶなか、母さんが真剣さを滲ませた表情で言った。
「ねえ、クリス」
「何?母さん」
「昨日教えてくれたアイアンシザーグリズリーの件なんだけど、パパが帰ってくるまでに村を襲ってきたらみんなで協力して退治することになったわ」
「そうなんだ」
ボクが出会ったアイアンシザーグリズリーは獲物を追うことに関して執拗な性格だった。
今も人間の姿を求めて森を徘徊している可能性がある。
諦めて森の奥まで戻ってくれるなんて都合の良い考えは捨て去るべきだろう。
「それでね、クリスに選んでもらいたいの。成人扱いになる16歳以上の男だけを村に残して、女と子供は街に逃げることになったわ。でもそうすると人手不足が深刻でね、村長は年齢を問わず村を守る準備を手伝う希望者を募っているのよ」
村のみんなが束になっても敵わない魔物を相手にするのだ。
父さんが戻るまで戦う力のない人を優先的に避難させる考えには賛成だ。
「母さんは街に行くの?」
「私は残るわよ。男の人に家事を任せていたら帰ってきたとき家が大変なことになりそうだもの。クリスにその心配はいらないけどね」
「母さんが残るならボクも残るよ。ボクが不用意に森に入ったせいで村を危険な目に合わせちゃったんだから、責任はボクが取るべきだ」
村の生活にとって森の恵みは不可欠である。
誰が入っても同じ事は発生したのかもしれない。
けれど、ボクはカルデ村の男、その中で村の誰よりも強く優しい父さんの息子なのだ。
父さんなら誰の責任だろうと関係なく自分のもののように背負いこんで行動するだろう。
尊敬する父さんに近づくためならボクだってそうでありたい。
「クリスが負い目に感じることはないのよ?魔物の気まぐれは人には想像できないわ。仕方のない事よ」
「ううん、それとは関係なくボクの意思で残りたい。ボクは狩人ミゲルの息子だから」
「…………母さんの知らないうちに大人の男になってきてるわね、クリス。パパの若い頃を思い出すわ。じゃあ朝ごはんを食べたら村長のところに相談に行きましょうか」
息子の男としての成長を喜ぶ母さん。
嬉しくないわけではないのだけど、隠していることを思うと後ろめたく感じてしまう。
その気持ちを表に出さないように努めながらボクは会話を続ける。
「ボクに出来ることなら何でもするよ。そうだ、アルはどうする?街に行く?」
眠たそうに食事をしていたアルだが、問いかけた時には体が温まってきたのか、弛緩していた表情が消えて凛とした小さな女王様の威厳を取り戻していた。
「ふん、ここは妾の寝床であるぞ。己の分をわきまえぬ獣風情になぜ譲らねばならぬ?古来より神聖な竜の巣を侵した者は死をもって償うものと決まっておる。道理を解さぬのならその貧弱な脳に後悔を刻んでやるまでよ」
アルは竜としての矜持を語って、村に残ると態度と共に強調した。
彼女の暗闇を生み出す能力は撹乱に役立つことだろう。
猫の手も借りたい状況で、幼態になったとはいえ伝説上の竜の手は頼もしい。
「言うと思ってたよ。ありがとう、アル。あ、母さん、アルのことを村のみんなに紹介しないといけないよね。挨拶に行かないと」
アルがどこの誰だと聞かれたら正直に伝えるべきか迷うところだけど新しい村人が一人唐突に増えたというのはよろしくない。
「その必要はないわ。母さんがアルマリアちゃんのことを昨日の寄り合いでお願いしてきたから。少し人と変わったことはあるけれどいい子だってね」
『少し』に疑問符をつけたいところだけどボクではうまく紹介できる自信がなかったのでありがたい。
「エレナよ、民への我が名の啓蒙。大儀である。妾が覇道を究めた暁には汝に望むだけの褒美をとらそうぞ」
アルは口元にパンくずをはりつけたままふんぞり返って言った。