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5話 村民会議

 カルデ村、村長宅。

 手狭な一室に村中の大人が集まっていた。

 これは定期的に行われる寄り合いではない。

 緊急の集会である。

 一同は何事かとまだ30代半ばと若い村長に注目している。


 村長のレオナールは重苦しい表情で淡々と言った。


「アイアンシザーグリズリーが村付近の森に出たそうです」


 その一言に大人たちはざわめいた。


「待てよ、レオナール。そいつはつい最近退治されたんじゃなかったか?」


「そうだ!そうだ!またもう一頭出たっていうのかよ!信じられねえ!」


 村の存亡に関わりかねない魔物が一度ならず二度までも出たと聞かされては冷静ではいられない。

 ましてや最後に出没したのが先日討伐された個体を数に含めなければ100年以上前になる。

 強力な魔物というのは森と山の奥地を縄張りにして独特の生態系を築いているので、ねぐらから距離の離れすぎている村までやってくるというのは滅多なことではありえない。

 とても信じられなかった。


「残念ながら本当です。こないだ退治されたのとはつがいだったのかもしれない。ミゲルの息子のクリス君が遭遇したそうです。足を怪我していたらしく、なんとか逃げ帰ることができたとエレナさんから聞きました」


 この場に夫の代理として出席しているエレナが首を縦に振って頷く。


「なんだって!?クリス君は無事なのか?」


 クリスと同年代の息子、娘を持つ大人が心配してエレナの顔色を窺う。


「ええ、幸いクリスは服を破いただけで怪我はありませんでした」


 エレナがそう答えると皆安堵して胸を撫で下ろしたようだった。


 それを聞いた独身の若い男衆は、


「あの熊野郎!もしオレ(ぼく)達のクリスを爪にかけでもしていたら絶対に許さねえ!八つ裂きにしてやる」


「決めたぜ!オレは明日から仕事放り出してでもクリスにつきっきりで傍にいて守ってやる。怖い思いをしただろうからな、もちろん風呂でも一緒だ」


「ずりいぞてめえ!公平に当番制でやるべきだろうが!おい!くじを用意しろ!」


 などと息巻いたり、争ったりしている。

 息子の人気ぶりに苦笑しつつ、エレナは言った。


「皆さん気にかけてくれてありがとうございます。あの子は大丈夫ですからいつも通りお仕事に励んでくださいね。それよりこれからどうやって村を守るか相談した方がいいと思います」


「同感だね。アンタ、何か考えはあるかい?」


 姉御肌の村長の妻、娘のリズと同じく赤毛の女性、マギーがエレナに同意して夫の意見を求めた。


「ミゲルが街での用事を最短で済ませて戻ってくるにも10日以上はかかります」


 その情報は村人全員の共通の認識にあったので誰も口を挟む者はいない。

 元弓聖、カルデ村最高戦力のミゲル。

 彼ならば単身でもアイアンシザーグリズリーを容易に討伐してのける。


「今からでもミゲルに戻ってくるよう伝えるのに誰かしら使いを送るべきです」


 村長の案に対して農耕馬を飼っている男が手を挙げた。


「それなら俺が行こう。必ずミゲルを呼び戻してくる。うちの馬は足はとろいが歩きのミゲルよりは速い。追いつけるはずだ」


「よろしくお願いします。アマロックさん。では次の議題に移りたいと思います。ミゲルが戻ってくる前にアイアンシザーグリズリーが村にやってきたらどうするかです」


 村長の言葉に全員が考えに没頭して黙り込んだ。

 アイアンシザーグリズリーは村の男全員をかき集めて迎撃にあたっても追い払うのがやっとだ。

 数を揃えれば良いというものではない。

 むしろ足の引っ張りあいになりかねないだろう。

 手負いとはいえ大型の凶器がついた剛腕の魔物なのだ。

 取り囲もうが、真正面に立った者は確実に命を失うことになる。

 大木のような腕にまとめて薙ぎ倒され、蹴散らされる情景が想像されて、血気盛んな若者も顔を蒼白にして震えた。

 あれと相対しても平気なミゲルと先日までいた手練れの冒険者が異常なのだ。

 現状では犠牲者が出るのを覚悟して備えるしかないと男達は表情を沈痛なものにさせた。


「……」

「……」

「…………」

 暫しの間沈黙が続く。

 そこに皆の緊張を和らげるような落ち着いた声が静寂を破った。


「あの、すみません。発言をしてもよろしいですか?」


 発言の許可を求めたのは、人で言えば二十代前半の容姿であろうか。

 美しいエルフの女性だった。

 最盛期を迎えた小麦畑のような黄金色の長い髪。

 静謐な湖を連想させる涼しげな碧眼。

 若干細面ではあるが、神が彼女の造形において理想の数値を選んで作り上げたとしか思えない整った顔立ちの美女である。

 すらりとした長身にゆったりとした白いローブを着込んでいる。

 人を安心させる穏やかな表情を浮かべて、村長の返事を待っている。

 彼女の名はオリビア。実際の年齢は200歳以上。

 村で司書と医者の二足のわらじを履いて活躍している人である。


「どうぞ。オリビアさんは何か考えがあるのですか?」


 オリビアの治癒魔法や薬の調合スキルは村では大変に重宝されている。

 戦いで傷ついた男達の命を預かる人といっても過言ではない。

 彼女を失っては村の存続に重大な影を落とすであろう。

 男達はいざというとき彼女が戦場に出るつもりならば止めるべきだと身構えた。


「はい。といっても正確には私の考えた対策ではないのですが」


「アイアンシザーグリズリーを仕留められるような強力な魔法があるのですか?」


 エルフは魔法に長けた種族である。

 村長はその点に望みを懸けて質問をしたのが、オリビアは首を横に振って答えた。


「いいえ、遠い国で暮らしている私の姉、アリスお姉様でしたらできるでしょうが、私には攻撃に用いる魔法の心得がありません。私が申し上げたいのはもっと単純で個人の才覚に頼らない方法です。ご先祖様の知恵ですね」


 ミゲルという天才をあてにしている状況でオリビアの言う個人の才能に頼らない手段で退治できるなら願ったりである。

 彼女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けた。


「昨日村の記録を整理してまして、たまたま目にしたのですが、過去に追い払うのではなく、退治に成功した例を発見しました」


「その方法とは?」


「アイアンシザーグリズリーが脱出できない深さの落とし穴を掘ったのです。囮役がうまく誘導して落とした後は上から油を撒いて焼いたそうですね」


 聞いてみれば実に簡単な方法である。

 真っ向から戦うより遥かにマシで確実性の高い案に思えた。

 だが、それを実行するにはいくつかの問題点を解決していかねばならなかった。


 どれだけの深さの穴を掘れば良いのか?

 またどこに掘るべきか?

 掘り出してからどかすことの不可能な固い巨石にあたっては目も当てられない。

 掘る場所の吟味をしなければ時間を浪費するだけに終わる。

 そして落とし穴が首尾よく完成したとして最も危険な役割となる囮役は誰が務めるのか?

 アイアンシザーグリズリーを焼死させるに足る油の量は?

 それらを突き詰めていく必要がある。


「なるほど。こちらは攻撃をされず一方的に攻められる。いい案だと思います。しかし穴を掘るとなるとかなりの時間がかかりそうだ。いつ襲撃されてもおかしくありませんから早急に取りかからなければなりませんね。後は最悪のケースを想定しておきましょう。作業中に現れた時の対応なのですが……」


 もし作業中に現れた場合は戦うしかないだろう。

 その時こそ犠牲者が出るのを覚悟しておかなければなるまい。


「その時は戦うしかないね」


 男達の誰よりも肝のすわっているマギーが後を続けた。


 戦闘になれば昨日まで軽口を交わして笑いあっていた隣人が呆気ないほど簡単に冷たい骸となる。

 それを鮮明に想像できてしまった者が臆病風に吹かれて言う。


「なあ、戦わずに村のモン全員で街に移動するのはどうなんだ?街道にゃ魔物は滅多に出ねえし、出てきても弱っちいのばかりだ。俺たちでもなんとかなる。さらに途中でミゲルを拾えりゃ百人力だ」


「街道の魔物は基本的に臆病で、人間を避けようとします。ですがあまりに大勢では縄張りを侵された魔物をいたずらに刺激してしまうだけでしょう。必死になった魔物が群れで襲いかかってくるかもしれません。

 それにアイアンシザーグリズリーと同格の魔物を引き寄せる恐れがないとは言いきれません。

 いくらミゲルでも我々を背にして戦うのは難しい。

 少人数であればともかく、村人全員ではかなり厳しいでしょう。

 ミゲルが街道を離れるとは思えませんが、道中で必ず会えるとも限りません。

 それに街に我々を迎え入れるだけの受け皿がありませんし、滞在費のことを考えると金銭的にも寂しい状況です。ですので女性と子供を優先しましょう。街までの道中、女子供の護衛をしてもよいという人は?」



「俺の妻は赤ん坊を産んだばかりなんだ。どっちも目が離せねえ」


「こっちは娘がまだちいせえ。旅になるなら守ってやらねえと」


 まだ幼い子を持つ男が街に向かうメンバーとして選ばれた。

 といっても過剰な人数の護衛はいらない。

 何人かは他の親に我が子と妻を託して村に残ることになった。


 街に向かうメンバーは託された仲間の妻子を守らなければならない重責を負うことになる。

 が、村に残留する組の方が危険の度合いは高い。

 先ほど村人全員で移動することを提案した者を含め、不公平を訴える者が出るかと思われたが、


「さすがカルデ村の男はみんないい男たちだねえ!アタシゃ感動したよ!見てな、あの熊が出てきたらアタシもきっついのを一撃くれてやろうじゃないかい」


 とマギーが豪快に笑って檄を飛ばした。

 彼女は残って戦う気満々である。

 マギーは豪放磊落で気っぷのよい女性だが、男からすれば小柄だ。

 彼女に戦わせて自分達は逃げるなどというのは男としての沽券に関わる。


「男の人たちだけに村を任せては洗濯も料理もお掃除も不安です。女手も必要でしょう?

 私の息子は手がかかりませんからお世話させていただきますね。それにマギーが戦えるのなら私だってやります」


 重い武器など振り回せそうにないエレナまで気丈な態度を見せて残ると意気込んでいる。


「微力ながら私も治癒魔法と調合で協力させていただきます。援護はお任せください」


 オリビアも優しげな瞳に強固な意思を宿して言った。

 3人の美女が参戦を決意したことで村から出たいと言い出せる男はいなくなった。

 皆腹を決めたようだった。


「マギー」


 レオナールが妻の名を呼ぶ。


「なんだい?」


「ありがとう」


 謝意を伝えた瞬間、マギーはパァンッ!と景気よく夫の背中を叩いてにっこりと微笑んだ。


「何言ってんだい。アタシは村長の妻だよ。アンタを支えるのは当たり前じゃないか。ほら、時間もないんだ。決めることはまだ山ほどあるだろう?」


 マギーの言う通りである。

 いつやってくるか分からない脅威に備え、ヒトとモノをどのように動かしていくか決めて、細かな調整を素早く行わなければならない。

 ミゲル(幸運)に頼むのはやるべきことを全てやった後だ。

 妻から心尽くしの渇を入れられたレオナールは己の役割に徹するべく口を開いた。



昨日仕事帰りでの運転中、某国道で5、6台を巻き込んだ追突事故に遭遇しました。


恐らくスタッドレスタイヤの性能を過信したかそもそも交換していないことによるスリップ事故でしょう。

私もタイヤを交換したばかりですが、同じ場所でスリップしてブレーキが思ようにきかず危うく追突しそうになりました。

散らばっていた部品にタイヤをとられたというのもありますが。

今年最後に最大の冷や汗をかかされました。


皆様も交通事故にはお気をつけて年末年始をお過ごしください。

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