21話 移住希望者
穴底から助けを求める見知らぬ女の子。
ボクはリズと顔を見合わせて小声で相談する。
「旅人さんかな?」
落ちている荷物に野営の道具が見受けられたのでそう判断した。
「そのようね。近づくなって立札があるのに気付かなかったのかしら」
「落ちたときは暗くて見えなかったのかも。とにかく助けてあげよう」
「近くの倉庫に縄梯子をしまった覚えがあるわ。アマロックさんの畑の隣よ」
リズは穴掘りの手伝いにも参加していたそうで作業に使われた縄梯子の保管場所を知っていた。
「ボクが取りに行ってくるよ」
倉庫に走ろうとして一旦立ち止まる。
肝心なことを忘れていた。彼女の状態を確かめていない。
安心させる意味を含めて先に声をかけておこう。
「今から助けますので少し待っていてください。怪我はありませんか?足を捻ったりは?」
「あたいは平気だー。ありがとなー少女」
快活な返事が返ってきた。
自力で縄梯子を昇ってもらえるならボクらだけで救助できる。
持ってきた梯子を降ろすと女の子は大きな荷物を背中に背負ったままぐいぐいと力強く昇っていった。
「ふー、到着早々穴ぼこで足止めなんてついてねえや」
女の子は体中についた土を払うとひとりごちた。
そしてボクらの顔を見ると歯を見せてニッと笑う。
「ありがとよ。あたいは鍛治師のユミルってんだ。ここはカルデ村で合ってるかい?」
鍛冶師。その言葉を裏付けるように彼女のエプロンに縫い付けてある太いベルトには大小様々なハンマーや板金ハサミ、用途も分からない工具が挟んである。
「ええ、そうですよ。ボクは狩人見習いのクリスっていいます」
「あたしはリズよ。あなた、旅人なの?」
「まあな、出身は南部のミッドフィール領にあるゼゴットって街だ。独り立ちして家を出てからは国内をあちこち転々としてる」
ボクらの住む国、アナトリア王国。
ミッドフィール領は国内でも最南端に位置する。
最北端であるメンシス領カルデ村まで徒歩で移動したなら最低でも3カ月以上はかかるんじゃないかな。
「あなたみたいな女の子がそんな遠くから一人で?危ないじゃない!」
リズの心配はもっともだ。
ユミルと名乗った女の子は12、3才の幼い容姿で、背は140センチに満たない。むき出しになっている腕は鍛冶師としての筋肉のつき方なのかやけに筋張っているものの、細い。
まだ親の庇護下にいるべき年齢としか見えない。
ユミルさんはボクが女の子と間違えられた時と似た困ったような表情で頭をかく。
「えっとな、あたいはこれでもとっくに成人してんだ。歳は今年で二十二さ」
一見して人族の彼女はどうやら外見年齢と実年齢が一致しない種族らしい。
「え?でもあなたどう見ても人族じゃ……」
ボクの気持ちを代弁してリズが首を傾げる。
「それな、見た目がガキっぽく見えるのはあたいの親父がドワーフだからだよ。お袋は人族で顔とか体型はそっちよりなんだけど背は親父のを受け継いだらしい」
ユミルさんの事情にリズは納得したようだった。
言葉遣いを直して神妙な面持ちで謝罪する。
「すみません。年上だとは思わなくて」
「いいよ。ガキに間違われるのは慣れっこだからね。ま、女の一人旅ってのは年に関係なく危険なもんだから途中までは冒険者に護衛してもらったんだ。ナスカだかムスカだかって名前のでっかいクレイモア背負ったおっちゃんにな」
「そうでしたか。護衛くらいつけて当たり前ですよね。魔よけの酒は温存しておきたいでしょうから」
「リズっていったっけ?年上だからって敬わなくていいぜ。最初みたいに砕けた口調の方が嬉しい。あたいのことは気軽にユミルって呼んでくれ。クリスもそうしてくれよな」
「ユミル……がそう言うなら」
「うん。ところで助けてもらったついでにききたいことがあるんだけどさ。あたい、この村に移住を希望してるんだ。村長の家がどの辺か教えてくんないかな?」
「村長ならあたしのお父さんよ。移住者はいつでも歓迎だから案内するわ」
予定を変更してリズの家に向かうことになった。
道中、ユミルが当然ともいえる疑問を呈する。
「そういや何であんな場所に穴なんか掘られてたんだ?畑仕事で出たゴミを捨てる場所にしては村の外側で遠いよな。見たとこあの1カ所しかなかったし不便だろ。深さに対して狭すぎるのも不自然だ」
その疑問にボクはリズと目を合わせると互いに苦笑いを浮かべる。
アイコンタクトを交わした結果ボクが説明することにした。
「実はあれ、魔物を退治するために掘られた落とし穴なんだ。旅人さんがはまってしまうなんて思いもよらなかったけど」
それを聞いたユミルは肩を揺らして豪快に笑った。
「あっはっはっ!あれは罠だったのか!どうりで出られない深さになってるわけだ。あれだけ深く掘らなきゃ片付けられないような魔物がいたのか?」
「アイアンシザーグリズリーが出たの。滅多に森の奥から出て来ることはないのに」
「なるほどな。正面きって戦うには厳しいやつだから落とし穴を使ったってことか。そんで土の柔らかい所を選んで掘ったんだな」
リズの答えに腕を組んでうんうんと頷くユミル。
「結局使わなかったんだけどね」
端的に補足するとユミルは目を丸くする。
「なんだい、それじゃあ落とし穴の最初の犠牲者は魔物じゃなくてあたいなのか。そりゃ傑作だ」
その事実がツボに入ったのかユミルは吹き出して笑う。
だが、ボク達は笑えなかった。
穴を掘った加害者側なのだから。
作業には加担していないけど村を代表してリズ共々頭を下げる。
「すみませんでした。ユミルには迷惑をかけてしまって」
ユミルは笑いすぎて滲んだ涙を指で拭うと表情を精一杯の真顔に引き締めてこう言った。
「謝らなくてもいいよ。ご丁寧に立て札まで立ってんのに気付かなかったあたいがとんだ間抜けなだけなんだ。近道しようとして道がある方を通らなかったあたいが悪い」
「それでも柵で囲って人が入らないようにできたわけだし……」
「気にすんなって。あたいは全然怒ってない。むしろキミらと知り合えるきっかけになって感謝してくるぐらいだ。こうして村を案内してくれてるし、水に流そうぜ」
ユミルはもうこの話はおしまいだと手振りで示した。
そして彼女は次に興味をもった事柄に話題を移す。
「罠が役に立たなかったんならどうやって魔物を退治したんだ?」
その質問にリズがあっさりと答える。
「クリスがアルマリアちゃんっていう女の子と協力してやっつけたのよ」
「こんな細っこくてかわいい少女がアイアンシザーグリズリーを?」
「女の子じゃないわ。こう見えてクリスはれっきとした男よ」
リズが慣れた調子で述べると、ユミルは驚きにぽかんと口を開いてまじまじと見つめてきた。
女の子に胸や腰回りを注目されるのは恥ずかしい。
「は?ちょっと待った!これで男?肌はキレイだし、睫毛は長いし、髪だってさらさらのふわふわで柔らかそうだぞ。何度見ても女の子にしか見えない!」
上から下までじっくり鑑賞したユミルが絶叫する。
「そうよ。男でこれなの。女としての自信を無くすわね」
「信じられない……。クリス、キミは本当に男なのか?」
「うん、一応は」
首を縦に振って肯定する。
少し前なら事実だが、今となっては嘘であるだけに後ろめたく感じる。
「一応ってあんたね、見た目だけの話じゃなくて自覚がないから女の子に間違われるのよ。……まあいいわ。クリスはお母さんがすっごい美人で母親似なの。双子の姉妹かっていうぐらいそっくりよ。おじさんの方もハンサムで一見の価値アリだわ」
「そっか。あたいと同じで親から受け継いだ特徴じゃ仕方ないよな。話がそれちまったけどクリスはどうやって魔物を倒したんだ?」
「言われてみればアルマリアちゃんのおかげとしか聞いてないわね」
2人から視線が集中して肩をすくめる。
はぐらかしたりせずありのままを語ることにした。
ボク自身の手柄ではないので気楽なものだ。
「荒唐無稽な話だけどいい?」
「それは聞いてから判断するわ」
話を聞く姿勢になったリズとユミルにアルのこと話す。
アルが古代竜であること。
彼女が魔法でクロスボウに姿を変え一矢でアイアンシザーグリズリーを倒したことを。
「あの子本当に御伽噺の竜だったの!?」
真実を知ったリズは驚愕した。
初対面で母さんがした紹介をまったく信じていなかったらしい。
ボクだって同じ立場だったら信じていなかっただろう。
力持ちで変わった魔法を使う食いしん坊な女の子という認識で終わっていたはずだ。
ユミルの方は特に疑った様子はない。
どの道村に住んでいれば嫌でもアルに会えるのだ。
「竜と会って話ができるなんて異文化コミュニケーションだな」と楽し気に語った。
アルがクロスボウになったことについては、
「まるでナサリスのクロスボウだな」
鍛冶師として伝承の武器にも詳しいのか父さんと同じ感想を持った。
国の最南端の人まで同じ話を知っているなんてアルが知ったらなんと反応するやら。
「小人族の王エルヴィンは魔法に長け、誰よりも瞬足だったが力はなかった。だからナサリスは力がなくても扱えるクロスボウとなって友であるエルヴィンに力を貸したんだったかな」
「変わった伝説ね。竜ってそもそも無敵じゃない。わざわざ武器に変身しなくたってナサリスが直接戦えば済む話じゃないの?」
それはボクも思った。
ボクらの場合、半人前と幼体の組み合わせだったからなけなしの力を合わせていたけど、彼らの場合は違う。
ナサリスが前面に出て、魔法の名手であるエルヴィンがサポートをするのが理想的なのではないか。
「親父に寝物語で聞かされた話だからあたいだって知らねえ。本人に問いただすわけにもいかねーしな」
「当たり前のこと訊いちゃったわね。ごめんなさい」
「あたいだってガキの頃同じ疑問を持ったんだ。気にしなくていい。そうだな、ドラゴンウェポンに匹敵する武器を打つってのはあたいの鍛冶師としての夢だ。実物が現存するなら不可能じゃないかもしれない。住むところを紹介してもらったらクロスボウ、試しに作ってみるか」
クロスボウ。色々な武器に触ってみたけれど、アルと出会うまで見たこともなかった。
何しろスキルの介入をことごとく否定するデメリットをもった武器だ。
入手する機会に恵まれなかった。
もし、アルやナサリスの力をほんの一部でも人の手で再現できたならとてつもない革命をもたらすことになるだろう。
ボクのそんな思惑が表情に漏れていたのかユミルが先回りして提案する。
「クリスは狩人なんだろ?完成したら試射に付き合ってくれないか?竜のクロスボウとの違いを教えて欲しい」
「ボクだって興味があるからそのくらいお安い御用だよ」
「気に入ってくれたらお近づきのしるしにやるよ。弓術のスキルがきかないからお荷物になるかもしんないけどな」
そうして雑談している内にリズの家に到着した。
応接間に通され、マギーおばさんの淹れたハーブティーで舌を湿らせたレオナールおじさんはいつも通りの穏和な表情でユミルを歓迎した。
「お若いのに鍛冶師としての技術をお持ちとは。職人さんは貴重ですから是非この村で鎚を揮っていただければと思います」
「ありがとう村長。できれば鉱山の近くに住みたいんだけどそこに空き家はあるかな?」
「20年前から人が住んでいない家があります。痛みが激しく倒壊の危険性がありますから大工に依頼して改装させましょう」
とんとん拍子に移住の手続きが進行していく。
家の下見と改装は大工さんに任せることが決定。
しばらくの間ユミルは村長の家に居候して旅の疲れを癒していくことになった。