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18話 これからのこと

 

 大きな欠伸を繰り返し、眠たそうに瞼をこするアルをなんとか席につかせ、朝食をとる。

 献立は昨日の残りのスープに具材をつけ足したものと焼きたてパン。そして茹でた朝採れの卵。

 アルの前には特大の鹿ベーコンが大皿に盛られている。昨日燻製にしたものなのだろう。

 煙の元となったカルデチップ特有の香ばしい香りが漂ってくる。

 食欲を刺激されたのか、アルは寝起きの不機嫌もどこへやら、ぱっちりと目を覚まして元気にかぶりつきだした。

 母さんは恒例となりつつあるアルの食べっぷり鑑賞をしてから口を開いた。

「クリスが元気になったことだし」と前置きして、


「そろそろ聞かせてもらっていいかしら?」


「この体のことだね」


「アルマリアちゃんと関係があるのよね?」


 一晩休んで覚悟は決まっていた。ボクは頷いて伏せていたこれまでの経緯を語った。

 父さんは竜の姿をしたアルを見ていないらしく半信半疑の様子だったけど、しっかりと耳を傾けてくれた。


「そんなことがあったの」


「森に封印されていた古代竜(エンシェントドラゴン)との誓約か。性別を変える魔法だけでもにわかに信じがたいが」


「現実に起きていることだものね、受け入れるべきよ」


「そうだな。アイアンシザーグリズリーのこともある。死体を検めたところ頑丈な骨まで粉微塵に粉砕されていた。体内から破壊されたような形跡が気にかかるが、竜の力でなければ説明はつかないだろうな」


「それはアルが石弓(クロスボウ)に形を変えたんだ。伝説のドラゴンウェポンみたいに」


「竜が石弓(クロスボウ)にか。昔親父に聞かされたことがあるな」


「おじいちゃんに?」


「ああ。小人の竜騎兵(ドラグーン)という話だ。うろ覚えで悪いが小人の王エルヴィンと大地の竜ナサリスの冒険譚だったと思う。その中で竜の石弓(クロスボウ)が登場していた。エルヴィンは遠い空から巨大な岩に乗って飛来した侵略者、星態蟲を討つために石弓(クロスボウ)に姿を変えたナサリスの力を借りたという。ナサリスから放たれた矢は無限に再生する星態蟲の殻の鎧を無限の鏃で完膚なきまでに破壊しつくして絶命させたと。ナサリスの矢が再現できたなら成程、あの死体の損壊ぶりも納得できる」


 へえ。そういえばアルから石弓(クロスボウ)になったのは誰かの真似だって話を聞いたような気がする。

 確かあの絶体絶命のピンチの時に。

 父さんがおじいちゃんから聞いた話は実話だったのかもしれない。


「ナサリスか久しぶりにその名を耳にしたな」


 ベーコンを頬張って至福に蕩けていたアルが懐かしさを滲ませて言う。


「知り合いなの?」


「うむ、妾に謁見を求めてやってきたことがあるのじゃ。道楽で世界を見物して回っていると言っておったな。ミゲルの話に出てきた蟲を潰すのに力を貸したこともある。そやつらの石弓はその折に見せてもらったのよ。しかし得心がゆかぬことがあるな」


 アルが真面目な顔をして首を捻る。


「どの辺が?」


「ナサリス共の名は語り継がれておるのに妾の名を知る者が誰もおらぬではないか。逆であろう。偉大なる古代竜(エンシェントドラゴン)の女王の名こそ心に刻み語り継ぐものであるぞ」


 嘆かわしげに肩をすくめると小さな唇で半分にまで減ったベーコンをくわえた。


「それはその人?達が世界中を回っていたからじゃないかな。きっと接した人の数が多かったから記憶に残ったんだよ。こんな格言があってね、『大道芸人が名前を売りたいと思ったら自分の足で稼ぎなさい』って言葉があるんだ。芸の腕前ももちろん大事だけど、たくさんの人に見てもらえる努力もすべきなんだって説いてる」


「……道化の真似事とは甚だ不愉快だが致し方あるまい。元の勇壮なる体躯を取り戻したならば天を舞う妾の偉容を民の目に焼きつけるとするか。ふむ、よくよく考えてみれば名案ではないか。民がひれ伏し麦の穂先のように頭を垂れる姿が目に浮かぶようじゃ。くっくっくっ、凱旋の時が待ち遠しくてならぬ」


 巨大な黒竜がこんな田舎じゃなくて都会の空を飛んでいたら住民は大パニックだろうなあ。

 この世の終わりのような目をして空を仰ぐことだろう。

 そうなった時ボクは止めるどころかお助けする立場なので、できるだけ穏便に事が運ぶようにしておきたい。



「話が脇道に進んじゃったわね。クリスのことを話したいんだけどいいかしら?」


 母さんの指摘に我に返る。

 アルのことを考える以前に自身の身の振り方を話さないといけないんだった。


「クリス聞かせて。あなたはどんな生き方をしたいの?」


 真剣な目で問いかけられた。

 中身は範囲を限定しない漠然とした質問だ。

 ――けれど落ち着いて考えるまでもなく答えは決まっている。


「父さんの跡を継ぐよ。アルのお世話をしながらだけど」


「思っていた通りね。女の子としての幸せも悪くないわよ?」


 母さんみたいに男の人に嫁いで支えるということだろうか?

 子供を産んで育ててお母さんになる?そんなの無理に決まってるじゃないか。


「女の子としての幸せって、心まで女の子になったわけじゃないから……」


「そうだったわね。危険な仕事をパパの代わりだって自分から立候補するぐらいだもの。立派な男の子だわ。ね、パパ」


「ああ、クリスは俺達の自慢の息子だ。信じた道を進むといい。だが、一つ約束して欲しい。……嫁には行かないでくれ」


 母さんと父さんの気持ちが嬉しい。――って悲しそうな顔で変なこと付け足さないで父さん!


「お嫁さんになんて行かないよ父さん!何言ってるの!?」


「…………本当か?」


 どうしてそれを疑うの!

 父さんがわからないよ!


「ミゲルよ。クリスは既に妾の側室じゃ。妾のものである故どこにも行かぬ。安心せよ」


「そうか、それならいい」

 

 父さんはホッとしたように微笑んだ。

 女の子の側室になる女の子というのも色々と疑問符が付きそうだけどいいのか。


「パパったら息子と言っておきながらすっかり娘を持った父親の気分ね。私も心の中では同じだけど。それじゃあ、クリスは外でも男の子として生きていくつもり?」


 父さんと母さんが内心で思っていることはこの際置いておくとして、これはさっきより格段に難しい質問だ。

 女の子初日につまずいたお風呂の問題を筆頭に生活スタイルから人との付き合い方まで考える必要がある。


「駄目かな……?お風呂とか人のいない時間に入ってなんとかしていたし。体の線も服で誤魔化せていたから。もちろんいつまでも黙ってはいられないから心の整理がついたら村のみんなに女の子の体のこと、ちゃんと話すよ」


「クリスの意思を尊重するわ。バレちゃったら母さんとパパが協力してとりなしてあげる」


「ありがとう」


「いいのよ。クリスが決心するまで女の子の服を集めておきたいから。アルマリアちゃんは綺麗なドレスを着てるから着せ替えする必要はないけど、クリスは可能性の宝庫だわ。何が似合うかしらね」


「……バレたら女の子の服着なきゃダメ?」


「無理強いはしないけどたまには母さんを楽しませてくれると嬉しいわ」


 母さんが楽しいなら着せ替え人形を演じてもいいか。



 これからのことについて決まったところで、食後のお茶を飲んでいると、「ごめんくださーい」と玄関から声が響いた。

 よく通る快活な声の持ち主。間違いなくリズだ。

「はーい」と返事をしてドアを開けて迎えるとリズだけでなく隣には息子さんを抱きかかえたギンジさんもいた。


「おはよクリス。元気そうね。心配したんだからもう。怪我はなんともないの?」


 こちらの顔色を見て胸をなでおろしたリズ。

 ボクは安心させるように笑って言った。


「おはよう。リズ、ギンジさん。特に後遺症もないよ。オリビアさんとアルが看病してくれたからね」


「よう、無事でよかった。こいつは俺の息子のケンタロウだ。よろしく頼む」


「ケンタロウくん?珍しい響きの名前ですね。ギンジさんもですけど」


「ああ、こっちじゃそうかもな。最初の息子と同じ……なんでもねえや。忘れてくれ」


「はあ。ところで朝から2人ともどうしてうちに?」


 オリビアさんから退院したって聞いたのかな。

 眠っている間会いに来ようとしてくれてたみたいだし。


「決まってるじゃない。お見舞いよ。無駄足だったみたいだけど」


「心配かけてごめんね」


「アイアンシザーグリズリーをやっつけたんだから赦してあげるわよ。よく頑張ったわね」


「アルがいなかったら勝てなかったよ。ボクよりもアルのことを褒めてあげて」


「アルマリアちゃんか。不思議な子ね。何をしたか知らないけど何もできなかったあたしより役に立っているわね」


「当然であろう。妾は古代竜(エンシェントドラゴン)の女王であるぞ。人の小娘如きが一生かけても及ぶところなどないわ」


 アルがいつの間にか隣にやってきて尊大な態度で言った。


「この無駄に偉そうなところがなければいい子だと思うんだけどね。まあいいわ。これはお見舞いの品よ」


 リズが持っていたバスケットを差し出した。

 受け取ってかけられた布を少しめくってみると中には木苺が詰まっている。

 厳選して摘んできたのだろうか、どれも甘くて美味しそうだ。

 覗き込んだアルが唾を飲み込む。


「ほう、務めご苦労であるぞ木苺娘」


「あたしにはリズって名前があるんだけど。いい加減に覚えなさいよまったく。今日のところは帰るわね。お母さんのお使いもあるから」


「うん、お見舞い来てくれてありがとう」


 リズは踵を返しひらひらと手を振って去っていった。



「クリス」


 リズを見送ると次はギンジさんの番である。


「ギンジさんもお見舞いに来てくれたんですか?」


「おう。あん時熊公の気を引くのに必死でな。お前を見ている余裕がなかった。オリビアさんから面会謝絶と聞いたときゃ肝が冷えたが、ピンピンしててよかったぜ」


「ギンジさんこそ怪我がなくてよかったです。助けにきてくれてありがとうございます。ギンジさんが時間を稼いでくれなかったら突破口を見出す前に死んでいたかもしれません」


「よせやい。俺はお前の足を引っ張っただけだ。一発もらっただけでのびちまって情けねえったらありゃしねぇ。助けに来たつもりがかえって迷惑かけちゃ世話ねぇよ。すまなかった」


 ギンジさんがケンタロウくんを抱いたまま深々と頭を下げた。

 オリビアさんといい、年上の人に頭を下げられるといたたまれない。

 ボクは慌ててギンジさんを止めた。


「やめてくださいギンジさん。迷惑をかけてしまうのはお互い様ですから」


「クリス、お前は優しいからな。そう言うと思ってた。でもな俺の気が済まねえんだ。こうして生きて息子と一緒にいられんのもお前が熊公を仕留めてくれたおかげだ。恩を返させてくれや。俺は大工だからな。家が欲しけりゃいくらでも建ててやるよ。ひ孫の代まで世話してやらあ。黒い龍の嬢ちゃんの分もな」


 気持ちは嬉しいけど家を建ててもらうほどのことをしたとは思っていない。

 遠慮しようとしたところで木苺を味わっていたアルが先に反応した。


「ギンジと言ったな。苦しゅうない。妾のために生命をなげうった忠義、誠に快いものであった。家と言わず汝には妾の城を築く栄誉を与えようではないか。妾の威光を轟かす絢爛な城を所望するぞ」


 アルがギンジさんの厚意に対して規模を大きくするよう要求した。

 まるで王様が家臣に褒美を与えるように。

 

 お城は流石にギンジさんと他の大工さんがみんなで力を合わせても完成は何代か先になりそうだ。

 しかし、そんな無茶を彼は豪快に笑って請け負った。


「龍ってのはちっこくても心のスケールってもんが違うな。城ときたか。おう、任せてくれや。一度でけえ仕事をしてみたかったんだ。天守閣に嬢ちゃんのシャチホコを飾ってどこの唐変木でも嬢ちゃんの城だってわかるようにしてやらあ」


「テンシュカクとシャチホコって何ですか?」


 大工さんの使う専門用語だろうか?

 ギンジさんと会話をしているとたまに知らない単語に出くわすことがある。


「天守閣ってのは平たく言やあ城の主が住む天辺の部屋だな。屋根に嬢ちゃんの像、シャチホコを飾るんだ。きっと気に入ると思うぜ」


「ほう、妾の像とな」


「金ピカにすんのが常識だが嬢ちゃんは黒いのが好きそうだからな。黒いシャチホコだ。漆でも塗って目立たねえのはカバーしてやるよ」


「それでよい。ギンジよ汝に改めて言い渡す。妾直々の勅命である。妾の城をこの地に建てよ」


 口調は厳かだけどかわいらしく胸を張るアル。

 見た目には子供がねだる約束みたいだけど彼女は本気だ。それが誓約を通して理解できる。


「あいよ!承った」


「よい返事じゃ。さて築城となれば金も民もいるな。民を集めるには金がいる。金を集めるには力が必要じゃ。クリスよ、昨夜も言ったが力を手にするのが急務と心得よ」


「父さんみたいになりたいからね、努力するよ。それにしてもアルのお城に大勢の人が行き来するカルデ村かあ、ちょっと想像できないかな」


 貨幣を用いた経済活動がほとんど機能していないこの村にどれだけ人が来てくれるだろうか。

 こちらの懸念を読んだかのようにアルが答える。


「人が思うように集まらぬなら不足分はゴーレムで補う手もある。この地にはゴーレムの動力源たる魔石が豊富に眠っておる。術師を確保さえすれば問題なかろう。それこそ地竜であるナサリスの得意分野であったのだがな。ないものねだりはすまい」


 労働力不足の問題をゴーレムで解決か。アルもちゃんと考えているんだな。

 術師の確保だって難題だけどね。

 ちゃんとしたところで学んだ専門の術師というのは高いお給料を出さないとまず雇えない。

 冒険者にしても戦士と魔術師、同じランクでも魔術師の方が雇用にかかる費用の相場は上。

 魔法の威力や汎用性が魅力的なため需要がひっきりなしなのもあるけど、彼らは単純に数が少ないから人件費が高いんだ。

 魔法は学問。難解な魔導書を読み解くには教養が必要。学問に王道なしと言われるように学ぶにはかなり時間がかかる。魔導書を一言一句逃さず暗記したとしても読み手が正しく知識を理解していなければ魔法は発動しない。

 したがって頭の良さに潤沢な魔力量という肉体の資質が問われるのは言うまでもなく。さらに学びに時間を割ける豊かな生活環境があって初めて魔術師が育成できる。

 魔術師の大半は学ぶために投資した費用と時間を取り戻すためお金にうるさいのだという。

 しかし何事にも例外はある。

 治癒魔法に薬の調合スキルまで修めているオリビアさんはどこの村でも街でも引っ張りだこの存在で、いくらでも大金を稼げるにも関わらずカルデ村に住んでくれている。

 その理由はこの辺りに生えている薬草の質が高く種類も満足いくの量だから。

 彼女の、研究を進めてより知識を深めたいって欲求に適ったわけだ。

 知識のある人がお金以外にも魅力を感じられるメリットを提示できればよしだね。

 まずその人を探し出すところから始めないといけないんだけど。

 狩りをして高額で換金できる素材を貯めて、都会で売り、そこで求人を出す。移住者に村を気に入ってもらえるよう環境を整備する。

 大雑把にまとめても一つ一つが大変な仕事だ。



「手伝いはありがてえ。魔法のことはちんぷんかんぷんだからよ。期待してるぜ」


「本当にいいんですか?アルの夢というか欲望に付き合ってもらっても」


「構わねえよ。俺がやりたいからやるんだ。ま、大工仕事に限らず俺にできることなら何でも力を貸してやるから遠慮せずに頼ってくれ」



 カルデ村にお城を建てる。

 目標が一つ追加された。









Drワイリーの信念に感銘を受けたため、タイトルを変更しました。

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