11話 複合弓
「できた!新しい弓だよアル」
鳴子の設置を終えてからボクは仕留めた三角ウサギの角を使って新たな弓の製作に取り組んでいた。
5日間寝る間も惜しんで作り上げた弓は会心の出来で試し撃ちするのが楽しみでならない。
「最近夜なべをして何をしているかと思えば。前の弓とどこが違うというのだ?あの兎の角を使っているようじゃが、その程度で変わるものなのか?」
竜の姿で安楽椅子の上に寝そべり船を漕いでいたアルがのっそりと頭を起こしてボクが掲げた弓を見た。
リラックスしている竜の姿はこれはこれで見慣れると可愛い。
アルは短い間に大分村に馴染んできた。
母さん同意の下、竜の姿に変身できる特殊な魔法の使い手だとボクが広めてからは本当の姿で村をうろついても誰も驚かなくなっている。
「ふっふーん、気になる?」
「別段興味はない」
「そうなんだ……」
竜のアルが人間の作る道具なんかに興味あるわけないよね。
価値観の違いはあるけれど、喜びを分かち合えないのは寂しい。
「ク、クリス……?」
しょんぼりしていると心配するように名前を呼んだ。
「……いいんだよアル。弓なんてつまらないよね……ボクは集めるのも見るのも人に語るのも好きなんだけど……好みを押し付けちゃいけないよね……あ、ねえアル、お腹すいてない?退屈させちゃったお詫びにおやつでも作ってあげるね…………」
「ええい!そのような顔をするでないクリス!汝が楽しそうであるからな!その弓のこと聞かせてもらおうではないか!愛妾と睦言を囁き合うのも甲斐性というものじゃ!」
「そう?素直じゃないなあアルは♪えっと、じゃあ説明するね♪」
「モノへのこだわりようは男の子じゃな……」
「何か言った?」
「独り言じゃ。で、それは今までの弓とどこに差異があるのだ?」
「これは合成弓っていってね。複合弓の一種かな」
「こんぽじ……?」
「コンポジットボウ。以前は木材だけで作られた弓を使っていたけど、これは複数の素材を組み合わせて作るんだ。柔軟性の高い木材に頑丈な角や骨、鉄なんかを合わせるとしなりがよくなってね、張力が強くなる仕組みなんだよ。
これなら弓術のスキルがないボクでもそれなりの威力が出せる」
付け加えるなら弦の素材に三角ウサギの足の腱を使っていて威力がさらに増している。
以前は植物の繊維から作った弦を張っていて、引きにくさと強靭性に難があったからかなり改善したと言える。
「……要するにさらに上の獲物も狙えるようになったということでよいのか?」
「多分ね。アイアンシザーグリズリーに効くかは試してみないと分からないけど」
「便利な道具ならば何故作らなかったのじゃ?」
「性能のいい武器に頼ると腕が鈍ると思ってたから。
父さんに一人前って認めてもらうまでは作らないようにしようって決めてたんだ。
でもこないだリズに道具を使いこなすのも個性だみたいなことを言われてね」
「成る程な、木苺娘の言う事も一理ある。それで妾への貢物が増えるのならば何よりじゃ。
ふむ、この弓、つぶさに見れば妾の審美眼に訴えるものがあるではないか。
洗練された機能美の中に美術品としての趣がある。
妾の財宝に加えてもよい逸品であるぞ」
ボクの手製の弓でもお眼鏡に敵ったのは不思議でしょうがない。
アルは弓の中に武器以外の価値を見出だしたのか、うっとりと魅入っている。
竜は財宝に目がなく巣に溜め込む性質があるとお伽噺で聞いたことがあるけれど、本当だったんだ。
「高価な素材は何も使ってないよ?
角はとりわけ質のよいものが使えたけど珍しくはないし」
「美しいものに貨幣の価値など関係なかろう。
斯様な職人芸は一朝一夕にできるものではない。
これは初めて作ったにしては精巧にすぎるな」
「自分でも驚いてる。
眠気が気にならないぐらい集中できたんだ。
オリビアさんに作り方について記述された本を見せてもらっただけでここまで上手にできると思わなかったよ。
前の弓は丸木弓っていうんだけど、長弓にしろ短弓にしろ単一の素材で作った時は納得のいく品質にはならなかったから」
「構造が複雑なものほどできがよいのか。
普通逆ではないか?いかなる分野でも応用というものは基礎という土台の上に立っているものじゃろう」
言われてみれば変だ。
どうしてボクはあべこべなことができてしまったのだろう。
凝ったものを作るのが楽しかったからかな?
料理のレパートリーを増やそうと試行錯誤しているときもそうだしね。
「とりあえず試し撃ちしてみようか。威力と飛距離は測っておきたいし」
矢筒を掴んで外に出る。
練習用の巻き藁を設置していると――
「クリス、誰か近づいてきておるぞ」
三角ウサギを発見した時といい、気配に敏いアルが来客を告げた。
アルの声に従って振り向くと人が走ってくるのが見える。
「あれは、大工のギンジさんかな?どうしたんだろう血相変えて」
「おーーい!!クリス!」
ギンジさんが息せき切ってこちらまで駆け寄ってきた。
「ギンジさん何があったんです?そんなに慌てて」
全力疾走してきたのか荒い息を吐いていて、膝が崩れそうになっている。
ギンジさんは冷たい汗が滝のように流れているこめかみを袖で乱暴に拭うと呼吸を整える間も惜しんで言った。
「逃げろクリス!アイアンシザーグリズリーが出やがった!
もう村の近くまで来てる!!」
ギンジさんの言葉が事実であることを証明するように物見やぐらの鐘の音が村中に鳴り響いた。