後悔しても仕方がない過去を、私は背負っていく。
※少年は願い、少女は求めるシリーズ19弾
私は幸せだった。
ずっと、ずっと大切で、一緒に過ごしてきた幼馴染と結婚して。
彼と一緒に過ごしてきて。
子供は居なかったけれど、彼の兄夫婦の子供を一緒に可愛がって。
穏やかで、楽しい日々。
私は貴族なんかじゃなかった。宿屋で働いている夫婦の娘。本来なら貴族の彼とかかわりのない身分だった。でも、幼い頃に出会って、幼馴染として暮らしていて。気づいたら、私は彼のことが大好きになっていた。
優しくて、いつも一生懸命で。
幼い頃から、大好きだった。ずっと一緒に居れたら嬉しいなと思っていて。
だから騎士学校を卒業した時、結婚しようといってもらえてうれしくて結婚して。
幸せだった。
時々、何故か違和感を感じる時があったけれど、私はずっと一緒に居たいと幼い頃から願っていた彼———ルイスと一緒に居れて本当に幸せだった。
ディークは、大好きな幼馴染を困らせる存在だったから、嫌だと思った。ルイスが大好きで、ルイスの味方で、ずっと、ずっといようって。そう思っていて。
人気者で、優しくて、私にとっては一番かっこよくて、ずっと一緒に居たいと思っている存在と夫婦になれて嬉しかった。私を選んでくれて、嬉しかった。
嬉しくて、幸せで。ルイスを悲しませていたディークのことなんて忘れていた。
なのに、ある朝、目が覚めた時、私は気づいた。
私の幼馴染は、ルイスではなかったって。私が、一緒に居たいと願っていた幼馴染は、ディークだったんだって。唖然とした。意味が分からなかった。私はディークが好きだった。ディークが笑ってくれるのが嬉しかった。ディークに、アルノって呼んでもらえるのが好きだった。
ディークが、楽しそうにしていると私も楽しくて。ディークが悲しそうにしていると、私は悲しくて。ディークと、もし結婚できたらっていつも夢見てた。ディークは、私にとって一緒にいたい男の子だった。ずっと、一緒にいようねって子供の頃いった言葉に、ディークは「ああ」って恥ずかしそうに、だけど、頷いてくれて。私の誕生日に、毎年、おめでとうって、一生懸命考えてくれたプレゼントをくれて。
私が風邪を引いた時、家まで来てくれて。手を握ってくれてた。ディークは、貴族だけど、優しくて。領民たちにも、慕われていた。私とディークが一緒に歩いていると、「仲良いわね」って皆が笑ってくれて。ディークが与えてくれたものを、私もディークに返したい。この人と、ずっと、ずっと一緒に居たいって昔から、ずっと……思ってた。
なのに。
私は、叫んでしまって。話しかけてくる、ルイス———私の幼馴染の、従兄弟だった存在に声にもならない声を上げて、寝室を飛び出してしまった。
どうして。私が、ディークではなくて。その従兄弟と結婚しているの? どうして、ルイスが、ディークだなんて勘違いしてたの? 幼馴染はディークなのに。………ディーク。ディーク、なんで。私は。ディークが。ディークと。
頭が真っ白で。
ディークのお兄さんであるカークさんとか、ディークのお父さんとお母さんも、同じ状況に陥っていた。
皆、ディークが大切だったのに。ルイスを大切だって。何だかおかしなことになっていた。幾ら似ているからって大切な人を間違えるなんておかしいことでしかないのに。実家に帰りますと宣言して、止めるルイスを放って、帰った。
実家でも同じ状況で。両親も、私とルイスの結婚を祝福していたはずなのに。どうして、ディークくんとじゃなくて。とそういっていて。私は久しぶりに帰った実家の自室に閉じこもる。
身体を抱きしめる。そして思い起こす。
私は、心の奥底では、ルイスはディークではないとわかっていたのかもしれない。そう思ったのは、私がルイスに体を許していなかった。夫婦としておかしなことかもしれないけれども、私はキスさえも結婚式でしただけだった。ルイスとは一緒のベッドで寝ていただけだった。私はそれを、疑問にさえ思わなかった。
なんで、そんな、おかしなことが起こったのだろう。
ディークが、家を出て。ディークは、私でも知っているような、有名な冒険者になって。ディークは、家族を持っている。ディークは、奥さんが居て、子供がいる。なんで、私は今までそれを知っていても何も思わなかったのだろう。
私は……私が、そこにいたかった。ディークの隣に。ディークの奥さんに。ディークの、子供を産みたかった。ずっと、ずっと幼い頃からそうだった。いつか、いつか——って、大好きだった。
だけど、ルイスが現れてから、おかしくなった。どうして、私はルイスが一番大事だなんて思ってしまったのだろう。なんでなんだろう。ディーク、ディーク……ディーク、ごめんね。
ディークが悲しんでいたのも当然なのだ。皆、ルイスを優先していた。ディークが居なくなった直前の誕生日の日だって、私は……ルイスのことだけを祝っていた。どうして。私はディークを、お祝いしたかった。ディークのことが、大好きだった。なのに、何で。
閉じこもっていた私の元へ、カークさんたちがきた。
カークさんの息子さんの二人は、二人とも私たちがおかしな状況だって気づいていたそうだ。そしてこの世界の神様の話を聞いた。我儘な神様が、ルイスに加護を与えていたのだと。その影響で、私はルイスのことをディークと認識して、ルイスを優先するようになってしまったのだと。ルイスが、ルイスが居たから、私は、ディークを……。誰よりも、味方でいようと、誰よりも、ずっと、ずっと傍に居たいと、思ってた。思ってたのに。
そう感じた瞬間、ディークに私が何をしてしまったかを思い出して、自殺しようと思った。死んでしまいたいって。だけど、それは、リュシュエルに止められた。
リュシュエルは、私の持っていた刃物をつかんで、止めた。
気持ちはわかるって、言われた。わかるわけないって答えた。そしたら、リュシュエルの過去を聞いた。生まれる前の記憶があるのだと。そして、ディークの前世にあたる人物に対して、私と、同じことをしてしまったのだと。
それを苦しそうにいった。信じがたいことだったけれど、嘘だと思えなくて。ああって、思った。皆、その神様の加護のせいで、人生が狂ったのだなと。その神様は、封印されたらしい。封印されたから、ルイスへの加護の力が失われたのだと。
神が、人の世にまた現れ始めたと世界で言われているのはその結果であるらしい。神様の世界はずっと、その我儘な神のせいで八百年物間、くるってしまっていたのだと。
それは世界にとって衝撃的なことなのだろうけれど、私は神様のことよりも、ディークのことを考えていた。
ディーク。
私の記憶の中にあるディークは、ずっと、昔のディークだけ。ディークは、どんな大人になっているのだろう。ディークに笑っていてほしいと、ずっと願ってた。ディークは、幸せに、家族に囲まれていると噂に聞いた。私が傍に居れないのも、私が……ディークを傷つけてしまったことも、とても悲しい。悲しいけれど、私はディークが幸せであることは嬉しいと思う。
過去に戻れたら、って思うけどそれは無理なことで。もし、こういう気づいたのがもっと昔なら私はディークを追いかけられたかもしれない。もし、私が、加護なんかに影響されなきゃ。もし——、考えても仕方がないけれど、もし、ということを考えてしまった。
ディーク、ディーク……。私はディークに酷いことした。幾ら、神様の加護とやらに影響されていたからって私はディークを傷つけた。そんな、そんな私がディークに、会いたいと思うのはいけないことかもしれない。でも、会うことを、許してくれるなら、私は……ディークに会いたかった。ごめんなさいって、伝えたかった。
リュシュエルは、そういった私に「協力するよ、アルノ伯母さん」といってくれた。リュシュエルは、前世で謝れもできなかったと、いっていた。現世でも、まだこちらの対応をしていて謝れてないのだと。失ってからでは謝れも出来ない。
ディークに、どんな罵倒をされることも覚悟して、私は——ディークに会いに行こう。
ごめんなさい、って。
胸が痛い。死にたいって思う。どうして、って感じる。ディークに酷いことをしてしまったって、苦しい。だけど、きっと、私たちが急にルイスを優先し、ディークへの態度を変えたのを、ディークは私たち以上に苦しんで、悲しんで、貴族だったのに冒険者になって大変だっただろう。
私よりも、ディークが、悲しかったんだ。
………私は、もう誰とも結婚なんてしないだろう。ずっとずっと、大好きだよ、ディーク。家庭を持って、幸せになっているディークにはそんなこと言えないけど、私は、ディークを大好きだという思いを抱えている。
――――後悔しても仕方がない過去を、私は背負っていく。
(彼女は、目を覚まして。後悔し、だけど、その過去を背負って生きていく)