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第9話 双葉 その3

 平和だなぁ。

 教室から喉かな秋の空を見上げながら、そんなことを思う。

 学年が順調に上がってきたため、学力を取り繕う必要がなくなってきた。

 テストであれば、気にせず満点をとっても目立つことはなかったけれど、夏休みの日記のようなものを書くときはつらかった。

 習っていない漢字も書いてしまわないよう気を付けないと行けなかったからだ。

 しかし、ある程度学年が上がって来たので、自然に使える漢字も増えたし、図書館で勉強しているからという言い訳もできる。

 そのためずいぶん気楽に過ごすことができるようになっていた。


「うおぉお。母ちゃんに叱られる。これ、まずいよな」

「うう、どうしよう」


 そんな俺とは違って浩司と双葉はうなっていた。

 返却されたテストの点数が悪かったらしい。


「いや、浩司はともかく一花はそんなに悪くないんじゃないか?」


 確かに点数はクラスの平均点以下のようだが、間違っている内容は計算を間違えていたり、難問を答えるのに時間が間に合わなかったものだったりだ。

 その問題も一花なら時間をかければ解けないことはなかったはずだ。少々とろいのが問題なだけで、少しずつ改善していけばいいだけだ。


「そういうこと言うなー。おれだけダメみたいじゃないかー」

「ダメとは言わないけどもっと頑張れ」

「くそー」


 実際の所本当は褒めたいくらいだった。前世の浩司はもっとひどい点数をあたり前のように取っていた。

 そのうえ点数が悪いことは全く気にしていなかった。

 そういった点を踏まえればむしろほめてもいいのだけれど、そうしたら調子に乗るのは間違いないので、褒めないことにしていた。


「順一。また今度勉強を教えてくれな」

「じゃあ、さっそく今日勉強な。間違えたところを重点的に教えてやる」

「うげぇ。テスト終わったばっかじゃん。今日くらい……」

「許すと思う?」

「思わねー。純一は母ちゃんの次にきびしい」


 そりゃあ、まあ厳しくもなる。

 浩司と遊ぶ時間は俺にとっても貴重な娯楽の時間だ。

 そのため朝から遊ぶ時熱が入ってしまう。

 だが、そのせいで浩司は授業で寝てしまうことになっているのだ。

 その責任はきちんと取らなくてはならない。


「それじゃ、今日は家で勉強を――」


 しようか。という言葉は教室の外からの言葉によって遮られた。


「たのもー! テストで勝負よ!」


 声の主は俺のよく知った少女だった。俺をまっすぐ見据え、近づいて来る。


「順一、知り合いなのか?」

「一応知り合い」

「一応って何よ! れっきとしたライバルでしょ!」

「ライバルだと! 順一のライバルはこのおれだー! このおれを倒してから順一のライバルを名乗ってもらおうか!」


 ライバル発言に浩司が過剰に反応し、双葉の前に立ちふさがる。


「なによ! ならあんたから相手をしてあげるわ! 私のこのテストに勝てるかしら」

「見よ! 俺のテストの点数を!」


 自信満々に浩司はテストを広げる。

 が、自信満々であろうとテストの結果は変わらない。


「負けたー!」

「ふふん。楽勝ね」

「うわぁすごいなぁ。満点がある」

「むしろなぜ勝てると思った」


 俺のダメだしに浩司はグハっと机に倒れこむ。


「順一……、俺はここまでだ。敵を取ってくれ」

「あー、はいはい」


 つきあい悪いなー。と浩司は不満げだけど、さすがに結果が見えてるのに茶番を繰り広げる気はない。


「はい、俺のテスト」


 双葉のテストの横に並べていく。するとどんどん双葉の顔が青くなる。


「ぜ、全部満点……。負けた……」


 双葉はがっくりと膝をついて落ち込む。


「ううぅ、英語がダメなら別の教科で勝てばいいじゃないなんて思うんじゃなかった。しかも『一応知り合い』何て言われるし」

「一応なんて言い方をしたのは悪かったけど、そもそも双葉は俺の名前もしらないんじゃないか?」


 図書館でよく会う間柄なのは間違いないけれど、一度も名乗ったことがないし、聞かれたこともない。

 逆に俺も双葉という名前は、呼ばれていたことと本に名前が書かれていたのを見たから知っているだけだ。さっきまで双葉が名前なのか、苗字なのかも知らなかった。

 今は先ほどのテストに書いてある名前を見たから知ってる。

 双葉は名前で苗字は立花。


「ということで問題です。俺の名前は何でしょう」


 問いかけと同時に俺は机にあるテストを全てひっくり返す。


「え? ええと、じゅんいち」


 さっきまで浩司に呼ばれていたからそこは分かるだろう。


「苗字は?」

「そんな分かるわけないじゃない」

「点数ばかり見てないで名前も確認してればよかったんだよ」


 ある意味、双葉も俺の点数ばかり気にしていて、俺のことは全く知ろうとしていなかったと言える。


「く、いいわ。当てて見せるわ」

「おう、イニシャルだとMな」

「イニシャル?」

「なんだそれ?」


 まだ知らない横文字に一花と浩司は首をかしげる。

「イニシャルM……。ううぅなんだろう」


 ただ一人意味が分かった双葉はMから始まる苗字に頭を悩ませる。

 散々悩んだ結果、ハッと顔を上げた。


「いいわ。決めたわ」

「決めた?」


 双葉の言葉に何か不穏なものを感じた。


「あんたの名前は、ミラー! 順一・ミラーよ!」

「ちょ、ミラーはどこから来たんだよ」

「いいじゃない、ミラー。アメリカではよくある名前よ! イニシャルもちゃんとMよ!」

「よくねえ!」

「これからはちゃんとミラーって呼んであげるわ! じゃあね!」


 自分のテストをひっつかんでダッシュで去っていった。


「あいつこれからずっとミラーって呼ぶ気か?」

「いいじゃねえか。じゃあ、帰って勉強しようぜミラー」

「おいこら、浩司。便乗して変な呼び方をするな」

「いいじゃん。かっこいいじゃん。三鷹・ミラー・順一」

「勝手に挟んでミドルネームにするな」


 その後、三鷹・ミラー・順一がクラスに広まることになり、先生にいじめじゃないかと心配されることになる。

 俺の静かな学校生活は終わり、とても賑やかになっていくことになる。

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