第6話 ふたば その2
二人の少女は毎週のように図書館に来ていたけれど、最初の時とは違って小声で勉強をしていた。
俺以外には人がいないし、やっていることはちゃんとした勉強なのだからこれ以上うるさく言うのは無粋だ。
そう思っていたのだが。
「しょうぶよ! あんたをぎゃふんと言わせてあげるわ!」
二か月ほど経った後、小説を読んでいるところをふたばに絡まれていた。もう一人の少女はいない。ふたばの勉強に付きあいきれなくなったのだろうか。
「勉強はもういいのかよ」
「べんきょうはもう終わりよ! それよりもわたしのほうが英語ができるって教え上げるわ」
「うん、そうだな。わかったわかった。俺の負けだ。じゃあな」
読んでいた小説に視線を戻す。
「バカにして! べんきょうのせいかをみておどろきなさい!」
無理やり俺の小説を取り上げ、この間の英語の本を俺に渡してくる。
「どこでもいいわよ。全部おぼえたから」
嘘を言っているようには見えない。
ページをぺらぺらと捲ってみる。以前見たときは動物のイラストばかりだったので図鑑のようなものだと思っていた。改めて見てみると、動物だけではなく乗り物や家具などの無機物も載っていた。子供向けの英語の教材なのだろう。身近な物が並んでいる。数も図鑑というには少ない。だけど。
「これ全部覚えたのか。すごいな」
本当なら天才といっていい。俺のような二度目でもないというのに恐ろしい学習能力だ。受け取った本には双葉と漢字で名前が書いてあった。
「じゃあ、問題を出すよ。英語を言うから日本語で答えてね」
とりあえず、最後のページの索引を利用して問題を出すことにする。
アルファベット順に一問ずつ出せば十分だろう。双葉に見えるように目次を開いて、単語を指さしながら読み上げる。
「Animal」
「動物!」
「Book」
「本ね!」
「Cup」
「コップ」
「Desk」
「机」
「Eraser」
「ええっと、消しゴム」
簡単なもの、難しいものを織り交ぜて問題を出していく。時々、詰まって考えるものの全て正解していく。
そして最後の問題を出す。
「Zoo。本当にすごいな全部覚えてるんだな」
「……」
最後の一問当然答えられると思って問題を出したのだけど、なかなか答えない。これまでと違って考え込んでいる。
「…………………………水族館」
「え?」
当然のように正解すると思っていたので思わず声が出た。
そんな俺を見て双葉は怒りをあらわにした。
「やっぱり! おぼえてなさい! 次こそ勝つわ!」
俺から本を奪い取って双葉は去っていった。
あっさりと戻って来た静寂に戸惑いながらも、読書に戻った。
いきなりいなくなった彼女のことが気にかかって内容は全く頭に入ってこなかった。
「順一元気ないようだけどどうしたんだい?」
図書館から帰った後、彰兄さんに心配されてしまった。双葉を怒らせてしあったことを引きずっていて、それ表情に出てしまっていたようだ。
「ちょっと友達と喧嘩しちゃって……」
馬鹿正直に答えるわけにもいかないので言葉を濁す。
「そうか。ちゃんと仲直りできるといいね」
「でもなんで怒らしちゃったかよくわかんなくて……」
「順一がちゃんと謝れば大丈夫。きっと許してくれるよ」
「そうかな。って、なんで俺が悪いことになっているの?」
「順一は優しいからね。相手が無茶いっても笑って済ませちゃうところがあるだろ? 今だって相手に怒ってるようには見えないし、仲直りしたいんだろう?」
「そうだね」
「だから大丈夫だよ」
何も解決していないけれど話して気は楽になった。原因が何だったのかちゃんと考えて今度会ったときに仲直りができるようにしよう。
まずは怒らしてしまったときのことを思い返してみよう。
俺は図鑑の目次を見て問題を出す。
そして双葉はその単語を見て日本語の意味を答える。
正解だと繰り返していただけで、って。
「ああ、そういうことか」
理由が分かった。
俺は目次から別のページを一切開かなかったのに正解だと言い続けた。
目次にはイラストも日本語名も載っていないのに、だ。
適当に正解だと言い続けたのなら、最後に間違えた時もそのまま正解だというはずだった。
なのに俺はきちんと間違いだと指摘できた。それにアルファベットで書かれた単語を全部読み上げることができたのもショックだったのではないだろうか。
自分が苦労して勉強してきた単語を完全に答えられたようなものだ。
双葉が悔しくなるのは当然だった。
そうなると謝るのは逆効果になるんじゃないだろうか。
考えた結果。
「しょうぶよ!」
「返り討ちにしてやるよ」
煽ることにした。ある意味浩司との関係と同じだ。
全力で向かってくる。それならば全力で相手にしてあげるだけだ。
「こんどこそ負けないわ!」
「おう。じゃあまた来週な」
こんな関係もまあ悪くないか。




